魔王の花嫁の護衛の俺が何故か花嫁代理になった経緯について

和泉臨音

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第三章

86話

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 扉を開けてまず目に入ったのは、夜空にそびえる塔と大きな月だ。

 開け放たれた窓からそそぐ月明りで照らされたアルトレスト伯爵の部屋は、どことなく華やかで父さんの部屋とはまるで趣が違う。
 正装でなくラフな格好だというのに、アルトレスト伯爵もまるで配置された芸術品かのように、優美な姿でグラスを傾けていた。

「もう、来ないのかと思ってたよ」

 俺に気付けば悠然と微笑む。その姿からはやはり圧迫感を感じた。

「すみません。気付いたらこんな時間になってて……出直したほうがいいですか?」

 アルトレスト伯爵があえて威圧をしているわけでないことは判ってるけど、危機感を感じてしまうのは生存本能だから仕方ない。

「時間は平気だよ、夜は長いし。ここまで派手な魔族のパーティーは中々ないからね、楽しんじゃう気持ちは判るなぁ」
「そうですね。たくさんの種族がいて、ヒト族も、みんな争わず居るなんて……夢みたいな夜でした」
「夢か、たしかにね」

 俺の言葉にアルトレスト伯爵はふふふと微笑むと手招きする。

「そんなとこ突っ立ってないでこっちに来て座れば?」
「ええと、はい、失礼します」

 アルトレスト伯爵に手招きされて俺は伯爵の正面のソファーに座る。
 窓の外の月が綺麗だな、なんて見上げていたらいつの間にか伯爵が俺の隣に移動してきていた。

 ふわりと甘い林檎の匂いがする。

「カデルもどうぞ。美味しいよ」

 テーブルに乗っていたグラスに薄い紅茶のような色合いの液体が注がれる。よく葡萄酒が入っている形の瓶だから、これも酒なんだろう。
 そういえば俺がウェスペルの森の屋敷で酔いつぶれたことになってるのって。

「林檎酒?」
「そう、僕のお気に入り」
「……ええっと、その、ご迷惑をかけるといけないので」

 目を細めて楽しそうにグラスを差し出してくるアルトレスト伯爵から逃れるように、俺は身を引くと笑顔を作りグラスの受け取りを辞退した。

 伯爵は俺に渡そうとグラスを掲げたままきょとんとしてしばし考えた後、声を上げて笑う。

「あはははっ! ちょっとカデル笑わせないでよ。あんなウソ、みんなが居ないところで続ける必要ないって。あっ! そうだ、せっかくだから呑んで味知っておきなよ。知らないとみんなと話した時にボロが出るからさぁ」

 アルトレスト伯爵があんまりにも盛大に笑うので、手に持つグラスから林檎酒がこぼれそうになり、俺は慌てて差し出されたグラスを手に取った。

 笑い過ぎたのか、ひーひーと涙目で呼吸を整えている姿に、馬鹿笑いしててもこの人かっこいいな、と思わず見惚れてしまう。
 そういえば、いつもは不意打ちだったのでアルトレスト伯爵のことをちゃんと見たことがなかったけど、この人も相当整った顔をしてる。

「……えっと、ウェスペルの森の屋敷であったことって」
「んー? それが1つ目の質問でいい?」

 俺が戸惑いつつ尋ねれば、アルトレスト伯爵は猫のように目を細めて微笑む。

「え……っと?」
「だって流石に何でも答えたら面白くないでしょ?」
「面白い……?」
「そうだよ、僕の暇つぶしだからね! さぁカデル考えて! 質問はそうだね3つだ。3つで一晩分の生気を貰うよ。悪くない条件でしょ?」

 にこにこと微笑むとアルトレスト伯爵の提案が、妥当なのかそうでないのか全く判らなかったが、無条件に優しくされるよりはいい気がする。

「わかりました、その条件でお願いします」
「ふふ、いい子だねカデル。で、森の屋敷の話でいい?」
「……はい」

 他にもっと聞くべきこともある気はしたが、森の屋敷のことも気になっているのは確かだ。
 少なくとも、オルトゥス王が俺を助けてくれたのかは知りたい。

 俺は機嫌よくグラスを傾けるアルトレスト伯爵の答えを待った。
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