92 / 130
第三章
86話
しおりを挟む扉を開けてまず目に入ったのは、夜空にそびえる塔と大きな月だ。
開け放たれた窓からそそぐ月明りで照らされたアルトレスト伯爵の部屋は、どことなく華やかで父さんの部屋とはまるで趣が違う。
正装でなくラフな格好だというのに、アルトレスト伯爵もまるで配置された芸術品かのように、優美な姿でグラスを傾けていた。
「もう、来ないのかと思ってたよ」
俺に気付けば悠然と微笑む。その姿からはやはり圧迫感を感じた。
「すみません。気付いたらこんな時間になってて……出直したほうがいいですか?」
アルトレスト伯爵があえて威圧をしているわけでないことは判ってるけど、危機感を感じてしまうのは生存本能だから仕方ない。
「時間は平気だよ、夜は長いし。ここまで派手な魔族のパーティーは中々ないからね、楽しんじゃう気持ちは判るなぁ」
「そうですね。たくさんの種族がいて、ヒト族も、みんな争わず居るなんて……夢みたいな夜でした」
「夢か、たしかにね」
俺の言葉にアルトレスト伯爵はふふふと微笑むと手招きする。
「そんなとこ突っ立ってないでこっちに来て座れば?」
「ええと、はい、失礼します」
アルトレスト伯爵に手招きされて俺は伯爵の正面のソファーに座る。
窓の外の月が綺麗だな、なんて見上げていたらいつの間にか伯爵が俺の隣に移動してきていた。
ふわりと甘い林檎の匂いがする。
「カデルもどうぞ。美味しいよ」
テーブルに乗っていたグラスに薄い紅茶のような色合いの液体が注がれる。よく葡萄酒が入っている形の瓶だから、これも酒なんだろう。
そういえば俺がウェスペルの森の屋敷で酔いつぶれたことになってるのって。
「林檎酒?」
「そう、僕のお気に入り」
「……ええっと、その、お酒はまたご迷惑をかけるといけないので」
目を細めて楽しそうにグラスを差し出してくるアルトレスト伯爵から逃れるように、俺は身を引くと笑顔を作りグラスの受け取りを辞退した。
伯爵は俺に渡そうとグラスを掲げたままきょとんとしてしばし考えた後、声を上げて笑う。
「あはははっ! ちょっとカデル笑わせないでよ。あんなウソ、みんなが居ないところで続ける必要ないって。あっ! そうだ、せっかくだから呑んで味知っておきなよ。知らないとみんなと話した時にボロが出るからさぁ」
アルトレスト伯爵があんまりにも盛大に笑うので、手に持つグラスから林檎酒がこぼれそうになり、俺は慌てて差し出されたグラスを手に取った。
笑い過ぎたのか、ひーひーと涙目で呼吸を整えている姿に、馬鹿笑いしててもこの人かっこいいな、と思わず見惚れてしまう。
そういえば、いつもは不意打ちだったのでアルトレスト伯爵のことをちゃんと見たことがなかったけど、この人も相当整った顔をしてる。
「……えっと、ウェスペルの森の屋敷であったことって」
「んー? それが1つ目の質問でいい?」
俺が戸惑いつつ尋ねれば、アルトレスト伯爵は猫のように目を細めて微笑む。
「え……っと?」
「だって流石に何でも答えたら面白くないでしょ?」
「面白い……?」
「そうだよ、僕の暇つぶしだからね! さぁカデル考えて! 質問はそうだね3つだ。3つで一晩分の生気を貰うよ。悪くない条件でしょ?」
にこにこと微笑むとアルトレスト伯爵の提案が、妥当なのかそうでないのか全く判らなかったが、無条件に優しくされるよりはいい気がする。
「わかりました、その条件でお願いします」
「ふふ、いい子だねカデル。で、森の屋敷の話でいい?」
「……はい」
他にもっと聞くべきこともある気はしたが、森の屋敷のことも気になっているのは確かだ。
少なくとも、オルトゥス王が俺を助けてくれたのかは知りたい。
俺は機嫌よくグラスを傾けるアルトレスト伯爵の答えを待った。
10
お気に入りに追加
416
あなたにおすすめの小説

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる