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第三章
79話
しおりを挟むこの後、まあまあ、いやだいぶ痛い思いをしながら治療をしてもらい、続けて医長に診察をしてもらった。
ゆっくり休めば治るだろうと言われたが、魔力の急激な使用によるものなのか、精神に大きなダメージがあるから、二、三日はずっと寝てるくらい、しっかりと安静にするように指示された。
「あと、これもお伝えしておきますけど、アルトレスト伯爵と生殖行為をするのは構いませんが、きちんと身体が回復してからにしてください。そんな風にだましだまし回復して食べられていては衰弱死しますよ」
「……は?」
「あは、やだなぁ。ちゃぁんと僕だって考えてるから大丈夫だよぉ」
医長の恐ろしい言葉に俺が固まれば、俺の傍で話を聞いていたアルトレスト伯爵が俺におぶさるように抱き付いてくる。
「大丈夫じゃないでしょう。貴方それで何人の命を食い尽くしたんですか」
「えぇー、覚えてないけど、ここ100年位は王城では食べてないよぉ」
「代々この医薬室に貴方の悪行は伝わっています。命を奪い感謝して自らの糧にすることは仕方のない摂理です。ですが不要にそのような事をするのは悪行であると、肝に銘じてください」
「はーい。カデルに痛い思いしてもらおうと思ったのに、僕まで痛いこといわれちゃった」
いや、痛いこと言われたとかじゃなくて!
「あ、いや、あの、生殖ってその、あの……俺と伯爵はそういう関係でもないし、あれ?」
生殖ってあれだよな、セックスっていうか男女が子ども作るのにする、あの。
「カデル様はまだお若いですから、あまりそういう事に慣れてらっしゃらないんですね」
「ちょっと、僕を害虫のような目で見ないでよ!!! 生殖行為ってほら、次に子孫を残そうって自然と生命力が高まるんだよね。だからその状態だと、僕はとーっても美味しい食事にありつけるわけ」
「たびたび医薬室のベッドに侍女や兵士を連れ込み食事をされるので困っています」
「あーあー!!! オルトゥスには言わないでよ! 最近はやってないんだからね! また出歩ける場所が減ったらやだもん! あらら、ほんとに慣れてないんだね、もしかして童貞なの? 顔真っ赤だよカデル」
そう言ってアルトレスト伯爵は俺の頬に口づける。思わず奇声を発して伯爵から逃れるように椅子から転げ落ちた。
「すみません、身体の関係はなさそうですね。アルトレスト伯爵が怪我人をつれてくることなんてないので、てっきり愛人なのかと思いました。とりあえずカデル様は晩餐会にも出席されるのでしょうし、それまでは安静にしてください」
俺の醜態を見れば医長が申し訳なさそうに眉を寄せ、謝罪した。
ううう、本当にアルトレスト伯爵が絡むと碌なことがない。
診察を終え、医薬室を出た時には俺の右手の火傷はほぼ治っていたが、医薬室の痛みを与える方針により完治はしてもらえなかった。
この程度であれば俺の治癒魔法でも治せなくはなかったが、安静にしろと言われたのもあり、俺は燃えて失った服の袖を元に戻す再生の魔法を使うだけにした。
「ねぇ、カデル。キミの火傷は治るけど、心の方のもやもやはこのままだと治らないと思うんだ。それは可哀想だなって思うし、医長みたいに僕の所為にされても不愉快だから、僕が心の回復を手伝ってあげるよ。火傷を診てあげるっていったけど、結局なにもしてないしね」
みんなの元に戻ろうとした俺にアルトレスト伯爵が言う。先ほど謁見の間で声をかけてくれた時と同じように、普段とは違って落ち着いた声だ。
だけどその言葉の意味が解らない。
「心の回復ですか?」
「そう、いくつか気になる事が棘になって胸につかえてるよね? 例えばクリス姫がこの後だれの子を産むのか、とか」
「……っ!!! 何を言って、るんですか」
そんなの、決まって……いる、のか。馬車で聞いた姫の言葉を思い出す。
クリスティア姫ははっきりと「オルトゥス王と夫婦にはならない」と言ってなかったか?
「知りたいなら教えてあげる、僕はキミと違ってオルトゥスから色々聞いているからね。そうだな、晩餐の夜に僕の塔へおいで、魔法転移の扉でキミが来れるようにしておくから。ただし、来たらキミを食べさせてもらうからそのつもりで、ね」
魔法転移の扉など不要なのだろう。アルトレスト伯爵はそれだけ言い残すと、その場から消えた。
……俺とは格が違う存在なのだと、まざまざと見せつけられた気がした。
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