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第三章
78話
しおりを挟む医薬室とは呼ばれているが、それは王城とは別の建物だった。
うちの母屋と同じくらいの大きさの屋敷だ。奥にはここと同じくらいのガラス張りの温室もあるそうだ。サテンドラが知ったらきっと狂喜乱舞するんだろうな。
そんな豪勢な医務室にも魔法転移の扉で移動した。
「!!!!! アルトレスト伯爵が来たぞ!!!」
「ティス様ですって!! どこの部屋よ!!?」
「いや、入り口からだ!」
「はああああ? どんだけ恥知らずなの!!!」
最初に案内された塔でも謁見の間の廊下でも、扉を出た後に警戒なんてされなかったが、医薬室のエントランスホールへ出た瞬間、そこにいた数名の白衣を着た人たちが騒ぎ出す。
「あはは、みんなお仕事おつかれさまぁ」
どよめく人々に対してアルトレスト伯爵はいつもの軽い調子でひらひらと手を振った。
これ、絶対に歓迎されていない。
みんなのこちらを見る目が痛い、とっても痛い。言葉にされていないが無言で出て行けって言われているのがわかる。
恥知らずって……この人ここでもなにかやらかしてるんだな、絶対。
俺は周りの様子と軽薄そうなアルトレスト伯爵を見比べるとそう結論付けた。
「そんなに警戒しないでよ、今日は怪我人を連れて来ただけだから」
「そういってまたベッドでいかがわしい事はじめるんでしょう? 食事は自分の部屋だけでしてください」
「えー、だってこっちの方がみんな興奮するんだもん。その方が美味しいからさぁ」
全員ではないがほとんどの人が白衣を着ていて、いかにも研究施設といった場所だ。屋敷は簡素で装飾もなくヘルデの病院や学校がこんな感じの作りをしてたなと思い出す。
「あ、あのう、お連れの方、凄い火傷してますよ医長。アルトレスト伯爵はこの際置いといて、怪我人の治療を始めてもいいでしょうか?」
ざわめいていた人々のうち、俺の傍に近づき右手の火傷を見た女性が顔をしかめる。アルトレスト伯爵と会話していた医長と呼ばれた白髪の男はそれを聞き、俺の方へ視線を移した。
「……痛くないんですか?」
「結構痛いです」
怪我を見てから俺に視線を移した白髪の人物はヒト族だろう。眼鏡を押し上げて真顔で俺に聞いてきたので俺も素直な感想を返す。
「ですよね、アスカ、治療してください。あと、少し魔力の乱れも気になりますね。火傷の手当のあと診察しましょう。いいですね?」
俺は返答に困ってアルトレスト伯爵を見る。城の住人でない俺が勝手に診て貰ってもいいんだろうか。
「うんうん、ちゃんと診てもらうといいよぉ。僕に会ってからなかなかに怒涛の日々だったしね」
「あの、診てもらってもいいようなので、お願いします」
「ではまずこちらへどうぞ、人狼の方……あ、もしかしてクリスティア姫といらしたカデル様ですか?」
俺を気遣ってくれた女性、アスカ殿は俺と同じく頭部に耳がある獣人とくくられる種族、人兎族だ。ヒト族とほぼ同じ見た目だが耳と尻尾が兎と同じ形をしており、全体的に体が小さい。小さいと言っても小柄なヒト族と変わらない程度だ。
「あ、はい。カデル・リベルタースです」
「確かにルトラ様に似ている気がしますね」
「アスカは知らないだろうけど、ルトラの若い頃にそっくりなんだよ!」
「……アルトレスト伯爵とは話すな、と医長から言われています。行きましょうカデル様」
「ええええ? なにそれ酷い!」
騒ぎながら俺たちの後をついてくるアルトレスト伯爵を無視して、アスカ殿は診察室へ俺を案内してくれた。
「そこのベッドに座ってください。服が皮膚についてしまっている部分もあるので切りますね」
部屋の戸棚からハサミや消毒薬、もろもろを取り出している。その間にアルトレスト伯爵が脇に置いてあった机を動かして俺の前におくと、アスカ殿はそこに大き目のたらいを置いて俺に火傷した手を入れるように指示した。
言われた通りにすると、火傷にくっついていた服を器用に切り離してじゃばじゃば消毒液を掛け治療を開始された。
正直に言おう、物凄く痛いし染みる。
エリザベラ様の爪攻撃の方が痛くなかった!!
「あっ……つ、あ、あの! 魔法で治すんじゃ……」
「治癒魔法も使いますが、こういうの、ぱぱーって治すと怪我する人は怪我を意識しなくなるんですよ。それで治しても治しても治しても、どんどん酷い怪我をしてここに運び込まれます。なので自覚してもらう為に多少痛い思いしてもらう事にしてるんです」
ど、どんな理屈だよそれ。痛い思いなんて絶対しない方がいいじゃないか!
「これでカデルももう少し、自分の身体を大事にするようになるねぇ」
あああああああ、この人、これ目的でここに連れてきやがったな。
俺はまた不興を買うかもと少し怯えつつも、アルトレスト伯爵を睨む。伯爵は俺の反応など予想済みなんだろう、楽しそうににっこり微笑んだ。
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