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第二章
58話
しおりを挟むことん、と何か小さな音がした気がした。
「んー……あれ、寝てた?」
目をこすりながらソファーから体を起こすと、目の前にミードミーとサテンドラがソファーに沈むようにスヤスヤと寝ている。俺の肩にラッツェが寄りかかって寝ていた。どうりで暖かいと思った。
先ほどいつものハーブティーとは違い、ちょっとスパイスが効いたお茶を眠気覚ましに飲んだ。だけど何を話したらいいのか判らずみんな無言で、ラッツェすら静かにしていたから、いつの間にか全員眠ってしまったのだろう。カップはそのままテーブルに置かれている。
俺はラッツェを起こさないようソファーに寝かせて立ち上がる。
部屋の蝋燭は消えていたが、そもそもこの部屋の明かりも勝手についたらしい。俺が動けば自然につくかと思ったが、部屋は薄暗いままだった。
窓から部屋に差し込んでいるのは月の光で、どのくらい時間が経ったのか判らないけどまだ朝でないことはわかる。
カーテンを閉めた方がみんな眠れるかな。その前にネストの様子を確認しよう。
俺は自分が目覚めた原因をすっかり忘れつつ、ネストの寝ているベッドに近寄る。
ベッドの下に小さな瓶が三つ落ちていた。
さっきこんなものあったっけ?
あれ、この瓶って……。
俺がそれに気付いた時には遅かった。
「……っ!!!」
ものすごい力で首を掴まれ、上に持ち上げられる。
足は絨毯から宙に浮いた。
見つけた小瓶は朝、俺とミードミーが飲んだ薬が入っていたのと同じものだ。
小瓶を拾おうとするのを待っていたのだろう。
ネストはベッドから腕を伸ばし俺の首を締めあげればそのまま立ち上がった。
……知ってはいたけど、どんだけ馬鹿力なんだ。
「……ネ、スト…………」
動けるうちに蹴りの一つや二つ入れるべきだ。
言葉が紡げるうちに魔法を使うべきだ。
判っているのに、どうにか引きはがそうとネストの腕をつかむことしかできない。
苦しい、思考がまとまらなくなる。
「カデル……トライドが寂しいって泣くんだ。カデルに会いたいって……なぁどうしてあの日、おれを置いていったんだよ、おれがいれば……三人で帰って来られたかもしれないのに」
ネストの頭は俺の視界の下にあって、表情は見えない。
ただ、耳が下がっているから、ひどく落ち込んでいるんだって事だけはわかる。
「あに……うぇ?」
「お前もおれの知らないところで死ぬのか? それなら、おれの目の前で死んでくれ。もう、いやだ。トライドもお前を待ってる。寂しい、悲しいって、一人は嫌だって泣いてる」
兄上が、そんなこと言うわけがない。
でもこれはネストがそう思ってるってことで、さっきのメリー殿のように会話が出来たとしても頑なに否定するだけだろう。どちらにしろ今の俺では会話もできない。
とにかくこの状態から脱しないと、さすがに、苦しい。
ネストに殺されるわけにはいかない。
俺にはオルトゥス王から与えられた任務もあるし、なによりこんな状態のネストを放っておけない。
「……ぐぁ!?」
そう思うのに、さらに力を込められて首が絞まる。
片手でこんなあっさり絞殺されるのか。
飲み込めなくなった唾が涎のように口の端から溢れるし、苦しくて涙が出てくる。
……ああ、俺、死ぬのか。死にたくないのに、ここで終わるのか。
力が抜けて、ネストの腕をつかんでいた両手がぶらりと下がる。
抵抗なんてできないもんなんだな。
真っ赤に染まる視界の中で、俺は馬鹿みたいに冷静にそんなことを思った。
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