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第二章
54話
しおりを挟む「わぁ、そうか、クリス姫の左目も蒼氷狼の魔眼なんだね! 凄い!! 偶然!」
「ティス様。カデル様を離してくださいませ。そしてこの状況をご説明ください。わたくしの大事な人たちが苦しんでおります。それを弄ぶようなことはなさらないで」
凛としたクリスティア姫の声が響く。
アルトレスト伯爵は俺から手を離してクリスティア姫に向き直った。解放された俺はその場に崩れ落ちる。
「んー、邪魔なモノ達の動きを封じただけだよ。ほんとにちょぉっとお話したかっただけなのに、酷い断られ方されたからさぁ、強引に時間を作っちゃったよねぇ。あ、サテンドラの治癒魔法は継続してるから安心して、クリス姫」
怒られた子どものようにおどけながら、アルトレスト伯爵はクリスティア姫に言う。そして崩れ落ちた俺の隣に屈めば、にこりと赤い目で微笑んだ。
「ごめんねぇ、カデル。怖かった?」
「すみません、俺が……失礼な態度を……」
「うんうん、判ってくれればいいよぉ、僕はこれでも寛大だからね! で、これはお家騒動なの? 次の伯爵位の争いとか?」
「違いますわ。ネスト様もわたくしの従者のアーニャも、突然様子が変になって……。二人はなにか通じているものがあったようですが、この世を悲観していたように感じました。ですからネスト様が自身の権力の為にカデル様を害そうとしたとは、とても思えません」
「そもそも次期リベルタース伯爵は兄のルードです。俺でも、ネストでもない」
「あれ? そうなの? てっきりオルトゥスはカデルを次のリベルタース伯にするんだと思ってた。まあ最後に決めるのはルトラだけど、お家騒動じゃないならこの屋敷のせいか。なら手助けをしてあげるよ」
「それはどういうことですの?」
「お家騒動なら僕は手を出すことは出来ないよ。これでも伯爵だから他家に手出しはできない、不可侵の決まりがあるんだ。だけど、そうじゃないなら安眠の為にカデルとクリス姫に手を貸してあげるってこと! ヒト族の娘は暫くは自力で動けないだろうから平気だね。問題はこっちの子か」
アルトレスト伯爵はそういうとゆっくり立ち上がり、ネストに近づいて観察するように見つめた。
「うん、やっぱりキミと造形は似ているね。でもこの子の方が色気があるなぁ。美味しそうだ」
そういうとアルトレスト伯爵は自身の唇をなめた。ああ本当にこの人にとっては食事なんだな、とその様子に思う。伯爵は手を伸ばし、この前俺にしたようにネストの両頬を手の平で包み込んだ。
ガクンと急に空気の重みが体にかかったような、不思議な感覚がした。それと同時に世界に動きが戻る。
魔力と生気を奪われたネストは、ぐらりと体を揺らすとアルトレスト伯爵の方へ倒れこんだ。
伯爵が抱き止めようと手を差し出すよりも早く、奪うようにラッツェがネストを抱き止める。
「思わぬ食事が出来たなぁ、ご馳走様。これで今夜はこの子もよく眠れるね」
「ネストに何したんすか!!」
「ラッツェ! 大丈夫だ。アルトレスト伯爵。ありがとうございました」
俺は立ちあがると深々と伯爵に頭を下げる。アルトレスト伯爵はラッツェを一瞥すると、俺の傍までやってきて俺の頭を撫でた。
「うん、謙虚なのはよいことだねぇ。ああ、ここ片付けなくても明日には直ってるから、キミたちも適当に休んだらいいよ。僕は先に寝るね。おやすみ。またね、クリス姫」
そしてそのまま、扉付近のクリスティア姫に挨拶すれば厨房を後にした。アルトレスト伯爵が立ち去るまで全員無言だったが、その姿を見送って最初に言葉を発したのはミードミーだ。
「カデル、いま何があったんですか?もしかして……」
「ああ、昨日の俺たちと同じ。アルトレスト伯爵がネストの魔力とか奪って、昏倒させてくれたんだ」
俺たちが必死になってやっていたことも、あの伯爵からしたら些細なことだったんだろう。そう実感すると悔しくて、唇を噛みしめる。
「ラッツェ、ミードミー。ネストを部屋まで運んで休ませてやってくれ。俺はサテンドラを手伝う」
「わかりました。ネストを運んだら私もこちらを手伝いますか?」
「いや、俺が戻るまでネストを二人で見ててくれ。大丈夫だと思うけど、もし目が覚めてさっきみたいに暴れられたらラッツェだけじゃ抑えられない」
「あーその通りなんでなんも言えないっすね。ネストの事は俺たちに任せて、カデルはアーニャたちを頼むっすよ」
ラッツェの言葉に俺はうなずく。今は出来ることをやらないといけない。
そう自分に言い聞かせて、俺はメリー殿とサヴィト殿の容体を確認することにした。
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