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第二章
50話
しおりを挟む「いったい何が起きたんだよ」
俺は厨房への廊下を走りながらラッツェに聞く。
「見ればわかるっすよ、そもそも当事者の問題だからほっとけばいいんだろうけど、あれだと二人とも死にかねない」
???! どういう事だ。メリー殿とサヴィト殿が殺し合いでも始めたっていうのか? でもそれならサヴィト殿が圧勝するだろうし…。
「来ないで!!!!!」
厨房の入り口に差し掛かれば女性の叫ぶ声が響いた。メリー殿の声だ。まさか本当にサヴィト殿が?! と慌てて中に入れば包丁の刃を自分の首元に押し当てているメリー殿と、彼女に近寄ろうとしているサヴィト殿の姿があった。
「……これは、どういう」
「片付け物してたら、アーニャが突然包丁持ち出したっすよ。そんで最初は自分の手首を切ろうとしたから気付いた俺が声をかけて、そしたらああやって首に押し当てちゃって。俺とジークじゃどうにもならなそうだから皆を呼びにいったんすけど。よかった、まだ生きてた」
「突然って事は無いだろ、なにか話した内容に問題があったとか魔力を感じたとかないのか」
「なんもないっすよ。いや俺が気付いてないだけかもしれないっすけど」
これがもしかしてサテンドラの言っていた「何が起こるかわからない」やつなんだろうか。でもオルトゥス王への反逆ではなさそうだし……。
「とにかく、メリー殿。その刃物は置いてくれ。いきなりどうしたんだ」
俺がメリー殿に声をかければ、サヴィト殿は一瞬こちらを見てからすぐにメリー殿に視線をもどした。
厨房は長方形の部屋で入ると大きな作業用の台があり、入り口正面の壁にはかまどやオーブン、鍋などが置かれている。
左手の壁側には水がめや食材が置かれた棚があり、右手の壁側には食器が収納された棚が並んでいた。
作業台の向こう側、扉から入って前方左隅にメリー殿は立っており、3メートルくらい離れた位置にサヴィト殿がいる。
「そうだアーニャ、そんなことは止めてくれ。何度も言っている、私が……いやオレがここにいるのは君との関係のせいじゃない」
「いいえ、私がいるから、私がいるせいでジークロード様もクリスティア姫も、昨日のっ、そう昨日だってカデル様やミードミー様が危険な目にあったのです!! 全て、全て私が悪いんです!」
見開いた目はいつも冷静に姫に進言するメリー殿からは考えられないほど血走っている。別人とまでは言わないが、明らかに先ほどまでの様子と違った。
自分の所為だと狂乱したかのように首を振るメリー殿の皮膚を、構えた包丁の刃がうっすらと切り裂く。
あれは、ちょっと位置がずれてもっと大きく動くと、結構ヤバイ。首の大きな血管を傷付けると致命傷になりかねない。
「メリー殿、とりあえず落ち着いてくれ。責任問題とかはその刃物を置いてから話そう。大丈夫だから」
「いやです! もう、死ぬしかないんです!! 止めないでください!!!」
あーこれは絶対俺じゃだめだ、止められないっていうかメリー殿の心に届く言葉が俺ではわからない。
ただまだ会話をする気はあるみたいだ、とりあえずクリスティア姫が来るまでの時間稼ぎをすることにした。
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