49 / 130
第二章
45話
しおりを挟む褒められても少しも嬉しくないって事もあるもんだな。
俺がアルトレスト伯爵の正面に立ち剣を向け、ミードミーはクリスティア姫を庇いながら後ろに下がる。
俺たちよりは反応は遅れたが、状況を察したサヴィト殿とラッツェがクリスティア姫の傍に立ち、いつでも抜刀できるよう警戒する。俺は自身の剣を鏡代わりにして背後の状況を確認した。
サテンドラとネスト、メリー殿は厨房へ向かったからこちらの様子に気付いていないだろう。
「えっと、ゴッホン。カデル、昨日の非礼は詫びよう。それと赤毛のキミは何て名前なのかな?」
「俺っすか? 俺はラッツェですけど」
「いや、男じゃなくて女の子の方だね。昨日はごめんね。びっくりしたよね」
わざとらしい咳ばらいをしてから、俺とミードミーに対してアルトレスト伯爵は謝罪をする。ちなみにアルトレスト伯爵は今は本来の青年の姿をしていた。
…というかラッツェ、お前じゃない事は判ってるだろうにわざと答えたなって、ああそうか。伯爵とはまともに戦っても勝てない。それなら交渉や話術で対応するのが正解だ。
俺はラッツェ目的を察し一息つくと、臨戦態勢を解き剣を鞘にしまった。
そうだ、まずは対話してみよう。きっとそれがいい。
「……貴方もここに滞在ですか? アルトレスト伯爵」
「うん、本当はキミたちと会わない様にするつもりだったんだけど。一応ね、配慮はしたかったんだけど、こちらにも都合があってね」
俺が剣を納めたのを合図にして、ミードミーが俺の隣にやってくる。
クリスティア姫の警護はサヴィト殿とラッツェに託したのだろう。昨日の被害者は確かに俺たちだし、ミードミーがアルトレスト伯爵に嫌味の一つや二つ言いたい気持ちは凄くわかる。
「ところで、あの銀髪の娘がエスカータの姫だよね? オルトゥスの新しい花嫁! 挨拶してもいいかな?」
「駄目です」
「え?? なんで??」
なんでって、こんな危険人物を近づけたいわけがないだろう。
駄目だと言ってもアルトレスト伯爵が強行に出れば俺の制止など無駄な事は判ってるけど。だけど我が王から任命された姫の警護だ。ここは譲れない。
「ともかく、オルトゥス王の元にお連れするまで、名の知れた他の魔族の方にご挨拶していただくわけにはいきません」
「え???? なんで??? キミの家に居たんでしょ? そしたらルトラだって会ってるじゃん。リベルタース伯爵が会っててなんで僕がダメなの?」
なんでなんでって、俺も大概子どもっぽいと自分で思ってるけど、この人も相当だな。ハンス殿のアルトレスト伯爵への評価の言葉を思い出す。
「単純に、俺が貴方を信用してないから、姫に近寄らせないって言ってんですよ」
「ええーなにそれ。どうして信用されてないの?」
「むしろどうして信用されてると思えるのか、こっちが聞きたいです。昨日の今日ですよ? 何考えてんだ」
「ちょっと失礼じゃない? 僕これでも伯爵だよ。アルトレスト伯爵! キミのお父さんと同じく偉いんだよ?!」
「偉いかもしれないけど、クリスティア姫の安全に関しては俺の方が偉い! だから駄目。挨拶は王城での晩餐会でどーぞ」
「……まるで子どもの喧嘩っすねぇ」
トュエッラ隊長やハンス殿がアルトレスト伯爵に対してあんな態度になる理由がわかった気がする。ラッツェの呆れ声もしっかり聞こえてるけど売り言葉に買い言葉みたいになってしまう。
ううう、やはり交渉とかそういうの、俺向いてないんだ。
「あの、わたくしは構いませんわ。それにその方、カデル様とミードミー様に謝りたくてこちらでお待ちしてたんじゃないかしら?」
クリスティア姫が純粋で清らかすぎる事を言う。少しは相手を疑った方がいいのに、姫の決定なら俺たちは誰も止めることが出来ない。姫の身分が高いっていうのもあるけど、姫のお願いに弱いっていうのもある。
……最近、自分の無力さが身に染みるなあ。
クリスティア姫は俺の隣までやってくると、スカートを両手で少し持ち上げ優雅に礼をした。
「はじめまして。わたくしはエスカータ国第二王女、クリスティア・ラウラ・マリカ=エスカータです。お話には伺っておりました、ティシウスカーク・アルトレスト伯爵様。ティス様とお呼びしても?」
「これはこれは、魔神王の花嫁。僕はティシウスカーク・アルトレスト。もちろん気軽に呼んでいいよ。これから長い付き合いになるだろうし。よろしくねクリス姫」
アルトレスト伯爵は自分の胸に手をあて、逆の手は腰背に回し優雅にダンスを申し込むようにクリスティア姫に礼をした。
てっきり握手を求めたり触ろうとして来るのかと思ったが、そういうつもりは無いようだ。
しかし今晩アルトレスト伯爵も一緒にこの屋敷に泊まるなら、もしかして俺たちがもてなしたりとかしないといけない……?
この屋敷には使用人がいないのだ。こんな駄々っ子のような人が一人で宿泊の準備とか出来るんだろうか? と考え始めた矢先。
「え……? 昨日の?」
かしゃんと何かが割れる音がした。
振り返ればメリー殿とネスト、サテンドラがホールに戻ってきたところだった。
メリー殿はアルトレスト伯爵を見て、持ってきた茶器を落としてしまったのか、足元には白いガラスが砕けていて銀のトレーも落ちていた。
「ん? ヒト族? 僕を知ってるの? あれれ、リベルタースがもう一人?? んん? 彼は見たことない次男坊かな? もう一人は知ってるよ。サテンドラ、久しぶりだね」
メリー殿の反応は良く判る。うん、怖いよな。今こうやって傍にいるけど本当は俺も逃げ出してしまいたい。
誰にどこからなに説明していけばいいんだろう。
混乱する俺だったが、とりあえずサテンドラとネストに知恵を借りようと、戻ってきた二人に助けを求めることにした。
10
お気に入りに追加
404
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
イケニエヒーロー青井くん
トマトふぁ之助
BL
悪の組織に屈した世界で、魔界へ人身御供に出されるヒーローの話
筋肉達磨怪人オーガ攻め(悪の組織幹部)×苦労人青年受け(中堅ヒーロー)
ーーー
現在レッド編鋭意制作中です。まとまり次第投稿を再開いたします。
平日18時一話毎更新 更新再開日時未定
聖獣王~アダムは甘い果実~
南方まいこ
BL
日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。
アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。
竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。
※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで
キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────……
気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。
獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。
故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。
しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?
異世界のオークションで落札された俺は男娼となる
mamaマリナ
BL
親の借金により俺は、ヤクザから異世界へ売られた。異世界ブルーム王国のオークションにかけられ、男娼婦館の獣人クレイに買われた。
異世界ブルーム王国では、人間は、人気で貴重らしい。そして、特に日本人は人気があり、俺は、日本円にして500億で買われたみたいだった。
俺の異世界での男娼としてのお話。
※Rは18です
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる