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第二章

45話

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 褒められても少しも嬉しくないって事もあるもんだな。

 俺がアルトレスト伯爵の正面に立ち剣を向け、ミードミーはクリスティア姫を庇いながら後ろに下がる。
 俺たちよりは反応は遅れたが、状況を察したサヴィト殿とラッツェがクリスティア姫の傍に立ち、いつでも抜刀できるよう警戒する。俺は自身の剣を鏡代わりにして背後の状況を確認した。

 サテンドラとネスト、メリー殿は厨房へ向かったからこちらの様子に気付いていないだろう。

「えっと、ゴッホン。カデル、昨日の非礼は詫びよう。それと赤毛のキミは何て名前なのかな?」
「俺っすか? 俺はラッツェですけど」
「いや、男じゃなくて女の子の方だね。昨日はごめんね。びっくりしたよね」

 わざとらしい咳ばらいをしてから、俺とミードミーに対してアルトレスト伯爵は謝罪をする。ちなみにアルトレスト伯爵は今は本来の青年の姿をしていた。
 …というかラッツェ、お前じゃない事は判ってるだろうにわざと答えたなって、ああそうか。伯爵とはまともに戦っても勝てない。それなら交渉や話術で対応するのが正解だ。
 俺はラッツェ目的を察し一息つくと、臨戦態勢を解き剣を鞘にしまった。

 そうだ、まずは対話してみよう。きっとそれがいい。

「……貴方もここに滞在ですか? アルトレスト伯爵」
「うん、本当はキミたちと会わない様にするつもりだったんだけど。一応ね、配慮はしたかったんだけど、こちらにも都合があってね」

 俺が剣を納めたのを合図にして、ミードミーが俺の隣にやってくる。
 クリスティア姫の警護はサヴィト殿とラッツェに託したのだろう。昨日の被害者は確かに俺たちだし、ミードミーがアルトレスト伯爵に嫌味の一つや二つ言いたい気持ちは凄くわかる。

「ところで、あの銀髪の娘がエスカータの姫だよね? オルトゥスの新しい花嫁! 挨拶してもいいかな?」
「駄目です」
「え?? なんで??」

 なんでって、こんな危険人物を近づけたいわけがないだろう。
 駄目だと言ってもアルトレスト伯爵が強行に出れば俺の制止など無駄な事は判ってるけど。だけど我が王から任命された姫の警護だ。ここは譲れない。

「ともかく、オルトゥス王の元にお連れするまで、名の知れた他の魔族の方にご挨拶していただくわけにはいきません」
「え???? なんで??? キミの家に居たんでしょ? そしたらルトラだって会ってるじゃん。リベルタース伯爵が会っててなんで僕がダメなの?」

 なんでなんでって、俺も大概子どもっぽいと自分で思ってるけど、この人も相当だな。ハンス殿のアルトレスト伯爵への評価の言葉を思い出す。

「単純に、俺が貴方を信用してないから、姫に近寄らせないって言ってんですよ」
「ええーなにそれ。どうして信用されてないの?」
「むしろどうして信用されてると思えるのか、こっちが聞きたいです。昨日の今日ですよ? 何考えてんだ」
「ちょっと失礼じゃない? 僕これでも伯爵だよ。アルトレスト伯爵! キミのお父さんと同じく偉いんだよ?!」
「偉いかもしれないけど、クリスティア姫の安全に関しては俺の方が偉い! だから駄目。挨拶は王城での晩餐会でどーぞ」
「……まるで子どもの喧嘩っすねぇ」

 トュエッラ隊長やハンス殿がアルトレスト伯爵に対してあんな態度になる理由がわかった気がする。ラッツェの呆れ声もしっかり聞こえてるけど売り言葉に買い言葉みたいになってしまう。
 ううう、やはり交渉とかそういうの、俺向いてないんだ。

「あの、わたくしは構いませんわ。それにその方、カデル様とミードミー様に謝りたくてこちらでお待ちしてたんじゃないかしら?」

 クリスティア姫が純粋で清らかすぎる事を言う。少しは相手を疑った方がいいのに、姫の決定なら俺たちは誰も止めることが出来ない。姫の身分が高いっていうのもあるけど、姫のお願いに弱いっていうのもある。
 ……最近、自分の無力さが身に染みるなあ。

 クリスティア姫は俺の隣までやってくると、スカートを両手で少し持ち上げ優雅に礼をした。

「はじめまして。わたくしはエスカータ国第二王女、クリスティア・ラウラ・マリカ=エスカータです。お話には伺っておりました、ティシウスカーク・アルトレスト伯爵様。ティス様とお呼びしても?」
「これはこれは、魔神王の花嫁。僕はティシウスカーク・アルトレスト。もちろん気軽に呼んでいいよ。これから長い付き合いになるだろうし。よろしくねクリス姫」

 アルトレスト伯爵は自分の胸に手をあて、逆の手は腰背に回し優雅にダンスを申し込むようにクリスティア姫に礼をした。
 てっきり握手を求めたり触ろうとして来るのかと思ったが、そういうつもりは無いようだ。

 しかし今晩アルトレスト伯爵も一緒にこの屋敷に泊まるなら、もしかして俺たちがもてなしたりとかしないといけない……?
 この屋敷には使用人がいないのだ。こんな駄々っ子のような人が一人で宿泊の準備とか出来るんだろうか? と考え始めた矢先。

「え……? 昨日の?」

 かしゃんと何かが割れる音がした。

 振り返ればメリー殿とネスト、サテンドラがホールに戻ってきたところだった。
 メリー殿はアルトレスト伯爵を見て、持ってきた茶器を落としてしまったのか、足元には白いガラスが砕けていて銀のトレーも落ちていた。

「ん? ヒト族? 僕を知ってるの? あれれ、リベルタースがもう一人?? んん? 彼は見たことない次男坊かな? もう一人は知ってるよ。サテンドラ、久しぶりだね」

 メリー殿の反応は良く判る。うん、怖いよな。今こうやって傍にいるけど本当は俺も逃げ出してしまいたい。

 誰にどこからなに説明していけばいいんだろう。
 混乱する俺だったが、とりあえずサテンドラとネストに知恵を借りようと、戻ってきた二人に助けを求めることにした。
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