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第一章

22話

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 俺は時々いやな夢を見る。
 上を見たら駄目だと判ってるのに、見ようとする夢だ。ただそこには恐ろしいものがあると判っているけど夢の中で何を見たかはわからない。
 兄上が食べられた時の記憶じゃないかと父さんたちには聞かれたが、正直それもわからない。

 俺が悪夢を見た日、逃げ込む場所はいつも両親の部屋だった。
 だけどいつまでも心配をかけるのも嫌だし、ただの夢を怖がる姿を見せるのも恥ずかしくて、自分の部屋で縮こまるようになった。そんなある時、サテンドラがハーブティーを淹れてくれた。「気分が落ち着くから」と。
 飲んでみれば確かに気持ちが落ち着いて、恐怖というか焦燥感というか……良くわからないザワザワした気持ちが落ち着いた。それが魔法でもなく、薬とも言い難いただの花の力だと知って驚いたし、その効能を知っていたサテンドラにも驚いたのが俺が10歳くらいの時だったと思う。

 それからサテンドラは俺が悪夢を見ると何も言わなくても気付き、ハーブティーを淹れてくれる。

 温室につけば雑然としたテーブルの上を「ちょっと待ってくださいね」とサテンドラが片付け始めた。一人じゃ大変そうなので手伝おうとしたのに「カデルは雑なので触らないでください」と冷たい一瞥いちべつと共に拒否された。

「カデル様、尻尾とお耳がくたんってしてますわ」
「見なかったことに……してください」

 どことなく楽しそうな声音のクリスティア姫に指摘され、俺は力なく懇願こんがんする。
 うう、また尻尾の制御ができなかった。

「まあ、どうしてですの? 尻尾もお耳もとても可愛いのに」

 不思議そうに首を傾げるクリスティア姫にサテンドラがいつの間にか黒板を差し出していた。覗き込めばそこには「尻尾も耳も動かさないのが人狼族の大人のたしなみなんです。カデルはそれが出来ていないので指摘しないであげてください」とはっきり書かれていた。

 いつの間にそんな長い文章書いたんだ? じゃない!

「ばっ……俺が子どもみたいに言うなよ! 姫が不安になったらどうするんだ」

 俺がサテンドラから黒板を取り上げようとすると、すいーっと避けて肩をすくめた。

「ふふ、大丈夫ですわカデル様。わたくしカデル様の腕を信じておりますし、なによりオルトゥス王が指名くださった護衛ですもの」

 ふふふとクリスティア姫は楽し気に笑いながらサテンドラに同意を求めている。姫に笑顔を向けられて嬉しいのか、サテンドラも嬉しそうに頷いた。
 そうこうしてる間にサテンドラはテーブルを片付け終え、白いテーブルクロスをかけると「座っていてください」と黒板に書き、クリスティア姫が座る椅子だけ綺麗に拭いて奥に姿を消す。なんかあからさまな差別を受けている気がする……。俺は姫の椅子を引き着席してもらってから、自分の定位置の椅子へ腰かけた。

「そういえば、アーニャが今夜は皆様への感謝を込めて、手の込んだ料理にすると言ってましたわ。あと、ネスト様からラッツェ様たちが魚好きだと伺いましたので魚料理だそうです」
「なるほど、ラッツェたちの懐柔かいじゅうですか」
「そういってしまうと元も子もありませんが、古来から胃袋を掴むのは大事ですのよ」

 魔法転移の塔に行ってから一週間が経過し、メリー殿の魔力は塔を使えるまでに増加した。
 一方もう一つの問題であるミードミーたちのサヴィト殿に対する疑念は変わらない。サヴィト殿の潔白はいくら言葉にしても信じて貰うのは難しいだろう。だけどヴェスペルの森に行けば証明できるはずだ。

 魔力が増えるのを待つ間、俺たち護衛部隊は鍛錬したりとほぼ日常生活を送っていたのだが、メリー殿はじっとしているのが耐えられないと炊事仕事を手伝うようになった。
 その料理の腕前は素晴らしく、父さんと母さんが毎日食べたい、と絶賛したほどだ。しかもネストや兄さんも気に入ったもんだから、最近はずっとメリー殿が夕食の担当をしてくれている。
 森の屋敷に滞在中の食事は街で購入した物でいいか思っていたが、メリー殿の腕前なら料理をお願いしてもいいかもしれない。

 サヴィト殿もじっとしているのが苦手なのか、時間があればアレンと手合わせをしている。

 クリスティア姫の従者がそれぞれの行動をしているのは、姫のたっての希望でヘルデに居る間の姫の護衛兼話し相手に俺が指名されたからだ。
 我が王の花嫁となる方だし、どんな方なのかもっと知っておきたいという気持ちもあったけど、単純にクリスティア姫と居るのが楽しかったので俺としては役得だったと言える。

 そんな日々にも慣れてきたが、いよいよ明日、魔法転移の塔を通りウェスペルの街へ移動する。
 ウェスペルの街からは馬車で移動して、森に一晩滞在し、翌日にはオルトゥス王のいらっしゃる王城へ到着だ。

 我が王との再会を思い描けば否が応でも期待が高まる。
 自然とウキウキしてしまう気持ちを抑えていると、なにがそんなに面白いのかクリスティア姫が幼子を見るようなニコニコとした笑顔で俺を見ていた。

 なんだろうと視線をたどれば俺の尻尾に行き着く。
 ギャッと慌てて尻尾の動きを止め、ちらりと視線をクリスティア姫に送れば、ふふふと笑顔で俺を見つめていた。

 可愛らしい少女に微笑まれるのは悪くはないけど、なんとういうか明らかに小さい子を見つめる瞳なのは、なんというか……。屈辱というか複雑というか、いやそもそも俺が尻尾を制御できないのがいけないんだけど!

 居たたまれないとはこのことか。落ち着かなくてそわそわしていれば、嗅ぎなれた柔らかい香りがした。
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