20 / 31
番外編(ライル視点)「満ちた夜の話」
第七話
しおりを挟むセリと会う約束をした前日。公演の最終日だった。
いつもなら打ち上げで相手を見繕い、そのままお持ち帰りまたはお持ち帰られコースなんだが、勿論そんな事はしない。
というか、気分じゃない。
自分でも不思議だが、セリを知ってからどうにも他の奴らに興味が無くなってしまった。
とりあえずホテルに戻るか、と思っていたら楽屋に来たアリオンが爆弾発言を投下した。
「は?! じゃあもうずっとセリは詰所に監禁されてるのか???」
「監禁じゃない、保護だ」
つい最近、シャクナを狙った悪質な嫌がらせがあった。そこからどうにも魔物を意図的に操っている者がいるらしいことが判り、緘口令が敷かれつつも第三歌劇団内に特務隊が捜査に入っていた。
「オレと一緒にいたせいなら、なんでオレに話を聞かない!」
オレの周りの不審人物ということでセリは警備隊詰所に五日以上囚われていた。アリオンに詰め寄れば冷ややかな目で見下ろされる。
「公演中のララに尋問なんてできるわけないだろう。お前、自分の立場判ってるよな」
「だからって罪のない奴をその間、牢屋にぶっ込んでおくなんておかしいだろ!」
「一応保護の名目もある。へたに釈放して本格的に巻き込まれたら、余計に悲惨なことになるからな。あと牢屋ではない」
「似たようなもんだろ。怪我とかしてねぇだろうな?」
「初日に殴られたらしいが、腫れたぐらいで大事はないそうだ」
「はぁ??? お前の天使じゃねぇのかよ?! 守れよ!」
思わずアリオンの襟首を掴んで揺さぶる。その手にそっとアリオンの手が重なった。
「私ができる範囲で手は回している。ララ、少し落ち着け、お前らしくないぞ」
冷ややかな顔と声で言われ、舌打ちしながら手を離す。
オレらしくない? そんなのオレが一番判ってる。
頭をかきむしりながらソファーに座れば、アリオンを横目で見た。アリオンが手を回してるなら酷い待遇にはなってないはずだ。今はコイツを信じるしかない。
「犯人の目星もついたから近く解放の予定だ。あとお前も明後日聞き取り調査を行う」
「オレと会ったからセリは嫌な目に会ってるのか……あいつ祝福能力者なんだろ?」
「さぁ?」
アリオンのとぼけた返事に再び舌打ちする。
「ここに来て隠すなよ」
「隠してなどいない。そもそも、祝福能力は判定が難しいし特務隊で調べることもない」
「は? じゃあこの前のカマかけはなんだよ」
オレが忌々しそうに言えば、アリオンがオレの前に膝をついて、見上げるように視線を合わせてくる。
この体勢は正直好きじゃない。コイツと出会ったガキの頃を思い出すからだ。
「お前がどの程度、ティアーネ主任を知りたいと思ってるのか確認したかっただけだ」
「……そんな確認して、どうする?」
「お前が本気なのか知りたかったんだ。来る者拒まず去る者追わずのお前が、たかが一晩の相手の素性を聞くなんて、しかも私にだ、今までなかっただろう」
「で? ……満足したかよ」
「ああ、ちゃんと調べたんだな。本気でティアーネ主任が気になっているんだって驚いた」
アリオンは会った頃からそうだった。
娼婦に成り下がった女の子どもだってのに、オレに偏見も持たなければ頭ごなしに説教もしない。それを知ってたからか、母親がオレを預けたのは旦那様じゃなくてコイツだった。
「それにライルって名乗ったんだってな」
「……悪いかよ」
「いいや、それはお前の母がお前につけた大事な名前だ。その名前をまた呼んで欲しい相手ができたなら、私はとても嬉しいよ」
そしてアリオンは昔から、なんでもいい話にしたがる。
セリにライルと名乗ったのは単にララ以外の名前で呼んで欲しかったからだ。そんなに深く考えてない。
「明後日ティアーネ主任と会えるように時間を調整しよう」
「……オレなんかがセリの周りをうろついてもいいのかよ。お前の天使なんだろ」
オレの言葉にアリオンが目を見開いてから、ムカつくことに「ククッ」と声を漏らして笑いやがった。
「私のというよりは第三特務隊の、だ。お前とティアーネ主任の関係に私の許可なんて要らないだろう。お前も言っただろう、彼も大人だ。それに思った以上に肝が据わってるから、ララ相手でも平気で振りそうだしな。まあせいぜい頑張れ。砕けたら骨くらいは拾ってやる」
結局のところ、オレがセリを遊び相手にするつもりなら止めるつもりだったんだろう。こういうのは何て言うんだ? 誠意が伝わった、とでもいうのか。
セリとの接点は多い方がいいに決まっている。
アリオンの態度は正直苛つくが、微妙に感謝はすることにした。
そう、この時はこれでもちゃんと感謝してた、ってのに。
一週間も独房に入れられて、消沈してるかと思ったセリは結構元気だった。服とか髪とか多少汚れてはいたが、その表情は前に会った時と変わらない。むしろ元気そうだ。
「恋人っぽい人もきっと忙しいだけだって思うんだ。だからってライルさんが浮気したら駄目だよ。余計に寂しくなっちゃうと思う」
抱きしめてこのまま連れ帰りたいのを我慢してれば、キラキラした目でなんか恐ろしい事を言ってきた。
恋人? や、確かに最初の時に言ったけど、なんでそれが今蒸し返される?
「まって、セリ。何の話をしてる?」
オレの問いに返事はなかったが、状況から悟った。
セリはオレとアリオンが恋人だと、多分、いや間違いなく、誤解した。
しかもタイミング悪くやって来たアリオンのせいで、誤解を解くタイミングも計れなかった。
尋問で何かオレについて言われたのか? 余計なことをって腹が立ったがどこか自分の中の冷静な部分が気付く。
これは身から出た錆、自業自得、ってやつだ。
――…… セリに嫌われたんだ。
思いっきり身体を押されて、拒絶された。
キラキラした目が悲しそうに憐れむようにオレを見た。
そりゃまあセリからすれば酷い目にしか合ってない。オレとの関係を切りたくなるのは当たり前だろう。
「……ごめん」
せめてセリの為に用意したチケットで楽しんでくれればいい。
その為に、オレなんかに抱かれて、しまいにはこんなところにぶち込まれたんだ。
そこまでしてまで観たいってファンに思わせる、第二歌劇団の役者が羨ましかった。
189
お気に入りに追加
428
あなたにおすすめの小説
30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定
花形スタァの秘密事
和泉臨音
BL
この国には花形と呼ばれる職業がある。人々を魔物から守る特務隊と人々の心を潤す歌劇団だ。
男ばかりの第三歌劇団に所属するシャクナには秘密にしていることがあった。それは幼いころ魔物から助けてくれた特務隊のイワンの大ファンだということ。新聞記事を見ては「すき」とつぶやき、二度と会うことはないと気軽に想いを寄せていた。
しかし魔物に襲われたシャクナの護衛としてイワンがつくことになり、実物のイワンが目の前に現れてしまうのだった。
※生真面目な特務隊員×ひねくれ歌劇団員。魔物が体の中に入ったり出てきたりする表現や、戦闘したりしてるので苦手な方はご注意ください。
他サイトにも投稿しています。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる