偽王子は竜の加護を乞う

和泉臨音

文字の大きさ
上 下
46 / 55
番外編(レーヴン視点)・君の笑顔が咲く場所を俺は永遠に守ると誓う

(4)恋慕

しおりを挟む

 貴族には「弱者を守る」という思考があるらしい。
 俺が出会った貴族はおおよそ「弱者は食い物」って考えの奴らだった。そうじゃない奴はそもそも「貴族らしくない」と俺が思っていたってのもあるけど。

 ヴェルは良くも悪くも王族としての矜持を持っていた。
 だから悪を見逃せないし、弱者を見捨てない。
 だけど仲間を危険にさらすことも無く、適切な判断を求めて来た。命令を俺達にしてこないし、高みの見物もしない。
 その姿に俺はヴェルへの認識を改めた。我儘なお坊ちゃまとか思ってて悪かった。

 全身を麻痺させられ動けない状態でレイプされかけていた後も、ヴェルの表情は今までと変わらず無表情だった。だけど子どもが好きなのか、救出した少女には花が咲くような笑顔を見せていた。
 そう、ラビが言っていたやつだ。
 確かに俺も国内に居た時に、第二王妃と第四王子の可憐さや美しさの噂は聞いた事がある。
 正直あまり興味がなかったので気にした事がなかったけど、なるほどあれなら人々が色めきだつのも納得できるし、ラビが自慢していたのもわかる。
 そんな笑顔だった。本当にあるんだな、花が咲くような、周りが華やかになる様な笑顔って、と感心した。
 だから俺は安心していたのだ。ああいったことをされたことは今までもあって、ヴェルにとってはとるに足らないことなのだろう、と。

 王宮に住む王子で、セダー王子やラビの行動を思えばそんなことはないと気付けたはずなのに。この時にはヴェルが我慢強いだけの幼子のようだと、俺も思っていたのに。
 エールックの貴族以外と同室なんてありえないという主張もまっとうに思えたから、ヴェルを一人にした。

 そして、三日も放置した。

 本人は眠れないことで自分が辛い事よりも、旅を続けられない事を心配していた。
 ちらりとみた胸元には痛々しい痣もあったが、王宮に居た時よりもましだという。剣の稽古で負傷するのは主に腕や肩だ。腹部になど打ち込むことはほとんどない。
 ラビやセダー王子の剣も見たことがあるが、そんなに変わった剣筋はしていなかった。王家に特殊な流派があるとは思えない。

 憔悴したヴェルを見て、エールックは満足そうに笑う。
 ぞわりとその笑顔に悪寒が走った。
 ヴェルを孤立させて不調を誰にも気付かれないよう、むしろ「人殺し」と強い言葉をわざと聞かせてヴェルを追いつめていたのは間違いなかった。

 どうにかエールックとヴェルを引き離すべきじゃないかと思ったが、それはホルフに止められた。

「ヴェルヘレック王子はエールックさんを信頼しています。へたをすると僕たちの言葉を信じずに、エールックさんと竜の渓谷に向かうと言い出すかもしれません。王子も納得できる物証がない以上、伝えるのは得策ではないかと」
「今のとこ王子様はレーヴンがお気に召したみたいだし、レーヴンが上手く立ち回ればどうにかなるんじゃない?」

 信頼というのは厄介だ。
 どう考えても異常だと思うのに、ヴェルの目にはエールックが信頼できる相手に見えるのだろう。

 それは俺に対しても同じだ。ヴェルは無警戒で俺に「抱いてくれ」などという。
 言葉選びに関しては、そういった知識が乏しいがゆえの、子どものそれだと思えば納得もできる。
 だけど、頭の理解と心の理解はまた別問題なのだ。

 俺は自慢じゃないが初恋は五歳で体験済みだ。孤児院に肉を配達していた肉屋の奥さんだ。ちょっと肉付きのいい人だったが、笑顔が可愛い人だった。
 その辺に生えてる花を摘んで、告白したが、旦那がいるからごめんね、ありがとねっと言われた。
 そう、五歳で失恋も体験している。

 その後も冒険者になってラビと組むようになってからは、まあまあ声をかけてもらった。
 一緒に依頼をこなした相手だったり、酒場や宿屋の娘だったり。そういうお誘いもいくつか受けた。
 だから色恋に対しての耐性もあると思う。

 俺の今までのタイプはちょっとムチッとした感じの肉付きのいい女の子だ。
 手足が細く血の通ってない、作り物のように整った顔の王子に惹かれるはずなどないのだ。

 だからこんな風に無条件に俺を信じて、身体を預け、すり寄られて、可愛らしい寝顔で甘えるような、安心しきった声を出したとしても、ヴェルを抱きしめて寝るのが辛くなるとは思わなかった。

 最初テントで一緒に寝た時は、穏やかな寝息に安心しただけだった。意地を張って寝ない相手が寝てくれてよかった、という感覚だ。

 次に一緒に寝た時は、その前にずっと眠れていないと言われ、自分の対応の甘さに頭が痛くなったが、とにかく状況を改善しようと、安心感を感じてもらおうと思った。

 この二回はどちらも孤児院でやっていたことだ。眠れない年下の子を抱きしめて眠ったり、陰湿ないじめにあって捨てられた子の心の傷を塞ぐために傍に寄りそう。
 同じ歳の相手にやったことはなかったが、下心は無かった。

 いや嘘だ。二回目の時は、下心があった。

 自分を頼ってくれるのが嬉しかった。言われるままに身体を預けてくる姿は可愛かった。
 そこには冷血などと言われるような姿はなく、不安そうに唇を震わせ、視線を揺らしている少年が居た。

 ヴェルの純粋な信頼する気持ちに付け込んで、自分の欲を満たしている。
 これでは、エールックと同じだ。

「レーヴン……?」

 毛布でくるまり、俺の腕の中で眠るヴェルがぼんやりとした顔で俺に声をかけてくる。あまりきつく抱きしめると動けなくなってしまうから、腕枕をしている程度だけど身じろいだから起こしてしまった。

「悪い、まだ寝てて平気だ」
「ん……」

 ふにゃりと微笑み、寒いのか俺にすり寄って来ればすーすーと寝息を立て始める。
 これはもう限界だと、思った。

 翌日から、ヴェルの添い寝はロアに任せることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

花形スタァの秘密事

和泉臨音
BL
この国には花形と呼ばれる職業がある。人々を魔物から守る特務隊と人々の心を潤す歌劇団だ。 男ばかりの第三歌劇団に所属するシャクナには秘密にしていることがあった。それは幼いころ魔物から助けてくれた特務隊のイワンの大ファンだということ。新聞記事を見ては「すき」とつぶやき、二度と会うことはないと気軽に想いを寄せていた。 しかし魔物に襲われたシャクナの護衛としてイワンがつくことになり、実物のイワンが目の前に現れてしまうのだった。 ※生真面目な特務隊員×ひねくれ歌劇団員。魔物が体の中に入ったり出てきたりする表現や、戦闘したりしてるので苦手な方はご注意ください。 他サイトにも投稿しています。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

処理中です...