偽王子は竜の加護を乞う

和泉臨音

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本編

(41)王子の告白

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 俺はエールックに対して負い目があったのだと思う。
 騎士達と訓練した時、他の者達は俺を敬遠した。俺に怪我をさせれば父上達からの心証が悪くなるのではと懸念したのだ。

 だけどエールックは違った。もちろん伯爵家の子息という身分や、王子妃の兄がいるという彼の立場も大きかったのだと思う。俺の稽古を率先して行ってくれた。
 腹や背、腿など服で隠れる部分の怪我が多かったから、エールックの稽古に兄上達がなにかを言う事はなかった。着替えを手伝ってくれる侍女は、その痣をみて顔をしかめていたが、自分の技量の低さを知られるのが恥ずかしくて口止めをした。

 さすがにエールックからあれだけの欲望を向けられた今となっては、エールックが全くの善意で俺と居てくれたとは思っていない。だけどあの時、俺の相手をしてくれたのは彼だけだったのだ。

 エールックと話したというマフノリア様が、改めて俺に謝罪をされた。
 王宮で剣の稽古をしていた時、エールックは俺をいたぶっていたのだと、認めたのだそうだ。泣いて苦痛に顔を歪める俺を見たかった、それを俺も求めていた、と。
 マフノリア様は弟の行動の異常さに疑惑を抱いていたのに、止めることが出来なくて申し訳なかった、と俺に頭を下げてくださった。その姿に、見送ってくださったあの日、俺と同行したいと言ってくださったマフノリア様の姿を思い出す。

 俺はこの時どんな顔をしていたのか判らない。だけど、隣にいてくれたレーヴンが手を握っていてくれたから、泣かないですんだ。

 エールックのことを聞き、見るからに俺は気落ちしていたのだろう。
 夕飯の時にホルフから、レーヴンと一緒の部屋に移ってはどうかと、提案された。ロアが少し膨れてはいたが、グリムラフもそれがいい、と言ってくれた。

 レーヴンが嫌なのではないかと思ったが、すぐに了承してくれた。
 今後の話もしないといけないし、と言われれば確かにそうだなと俺が逆に納得してしまった。その日からはレーヴンと二人部屋に移動した。


 部屋に行けば、昨日までグリムラフが使っていたベッドを整え直してくれている。
 そんな、レーヴンの背中を見つめる。

 レーヴンには色々なことを教えてもらったと思う。
 誰かに触れていると暖かいこと、一人で抱え込まなくていいこと、恐怖とかそういった感情を素直に感じていいこと。

 だから俺は、自分の感情を素直に感じ、伝えたいと思った。

「レーヴン、伝えておきたい事がある」
「うん? なんだ?」

 こちらに振り返ることも無く、手際よくベッドメイクをしているレーヴンの背中に言葉を続ける。

「俺はお前のことが好きだ」

 俺が伝えると、レーヴンの動きがぴたりと止まった。
 そして振り返る。その表情は不思議な物でも見ているようだった。

 きっと俺がレーヴンに教えてもらったものの中で、これが一番大きなものなんじゃないだろうか。

 誰かと一緒に居たい、手を離したくない。俺を見てほしい。
 この感情が恋愛というものなのだろう。

「……えっと、悪い。なんだって?」 
「レーヴンのことが好きだと言っている。さっき兄上達と話した時、口説いてくれただろう。その返事をしていなかったから」

 俺は大好きなレーヴンの緑の瞳を見つめながら答える。するとみるみるレーヴンの顔が赤くなっていった。

「ど、ど、ど、どうしたんだ急に?? ヴェルはそういう事気にしないだろ」
「気にしないということはない。レーヴンを好きだと実感したから、きちんと伝えたいと思った。兄上達やグリムラフ達に対する好きとは違う、レーヴンのことが、特別に好きだ」

 真っ赤な顔でどもるレーヴンがとても可愛いと思った。
 自分よりも頼もしい相手を時に可愛いと思えることも、レーヴンに教えてもらった。

「その、あー……ありがとう。俺もヴェルが好きだ」
「そうか……ふふ、とても嬉しい。ありがとうレーヴン」

 レーヴンにきちんと好きだと言ってもらえれば、胸が高鳴った。嬉しくて顔が緩んでしまう。 

「……えっと、抱きしめてもいいか? まだ他人に触られるのは嫌だとは、思うんだけど」
「かまわない。レーヴンに抱かれるのは好きだ」
「だから、言い方!」

 ますます赤くなったレーヴンに、首を傾げる。何か可笑しなことをいっただろうか?
 レーヴンは折角整えたベッドからシーツをはぎ取ると、俺を包み込んでその上から抱きしめた。

「これだと俺がレーヴンを抱きしめ返せない」
「……我慢してくれ。今日はとにかく、もう寝よう!」

 レーヴンはそれこそトマトのように、顔だけでなく首や耳まで真っ赤になっている。俺を抱きしめたままベッドに倒れ込むとそのまま寝に入った。
 俺はもう少しレーヴンと話したいと思ったが、久しぶりのレーヴンの腕の中はやはり心地が良かった。
 気疲れもしていたこともあって、俺はその後一言も話すことなく、いつも通りすぐに眠りに落ちていた。

 
 その後二日ほど竜の渓谷に滞在し、その間に俺とレーヴンは今後について話し合った。
 俺達の結論を聞くと、セダー兄上とマフノリア様、エールックはルハルグ様のお力を借りて先に帰国した。

 兄上達から遅れて王宮に着いた俺達は、エールックがアエテルヌムにて行方不明になったと聞くことになる。シュタイン家は捜索しないことに決め、いつの間にかエールックは俺とは無関係な遠征中に死亡したことになっていたのだが、この時の俺はまだそれを知る由もない。
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