偽王子は竜の加護を乞う

和泉臨音

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本編

(35)腕の中

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 逃れられないよう絶対に掴まれると思っていたが、エールックはごろんと俺の上から地面に落ちた。

「え……?」

 その呆気なさに、俺は足を引き寄せ体の向きを変える。エールックはこちらに手を伸ばすように、うつぶせに倒れていた。

「エール、ック?」

 俺はエールックに声をかける。その間にも草を踏みしめる音がこちらに近づいてくる。
 俺の目の前で倒れたエールックにレーヴンは慎重に近寄れば、肩に手をかけて仰向けに返した。されるがままになっているエールックはだらんとその体を横たえる。
 それをレーヴンは冷ややかな目で見つめている。

「あ、あ……ああ、俺が、殺した……」

 指輪の毒だ。きっとそうだ。それ以外考えられない。

「俺が、エールックを殺した……」

 体が震える。カチカチとまた歯が打ち合う音が頭に響く。

 ――… なんで、どうして、こんなことに。

「大丈夫だ、ヴェルヘレック。落ち着いて。あいつは死んでない」
「ほんと……本当に?」
「グリムラフの指輪に仕込んであるのは睡眠薬だ」
「でも、毒って……」
「致死毒も仕込めるけど、睡眠薬だよ。たとえ情けをかける必要のない相手でも、何かあればヴェルが傷つくのは判ってるからな。あいつがヴェルを悲しませるようなものを渡すわけがないだろ」

 身体が震える。言葉も同じように震える。
 俺の傍にいつの間にか来ていたレーヴンは片膝をつき、俺に手を伸ばした。
 思わず怖くて体がビクンと反応する。
 その様子にレーヴンは一瞬手を止めた。

「手の拘束を外す、ヴェルには触らない。信じてくれ」

 俺の大好きな緑の瞳が、真摯な瞳が、俺を見つめる。

 この瞳は信じられる、信じたい。信じていいか判らないけど、もう、なにも判らないけど。

 俺はこくこくと頷く。
 レーヴンは宣言通り、俺の身体には少しも触れずに手枷を外す。その作業が一瞬だったのか何分もかかったのか、俺には良く判らなかった。

「ヴェル、ゆっくりでいいから、服を整えて」

 手枷を外せば、レーヴンは俺と目を合わせてゆっくりと言う。俺は再びこくこくと頷いて足元にまとわりつく衣服を引き上げた。
 膝が笑ってしまって上手く立てなかったから、座ったままどうにか整える。

 その間にレーヴンは再びエールックをうつぶせにして、俺から外した手枷を着けていた。

「ルハルグ様。コイツどこかに閉じ込めたりできませんかね?」

 俺が服をどうにか引き上げたのと同じ位に、レーヴンは静かな声でどこへでもなく問いかけた。
 すると、開けた木々の間から、すうーっとルハルグ様が花畑に降り立つ。

 まるで女神が空から舞い降りたみたいだった。

「いいよ、預かろう」
「ありがとうございます。あと、グリとホルフにヴェルが見つかったから家に戻るように伝えて貰ってもいいですか」
「ああ、わかった。……少し時間を空けて戻るように伝えようか?」
「い、いいえ。そういう気遣いは要らないんで!!」

 ルハルグ様はふふっと楽しそうに微笑まれ、レーヴンは月明りでもはっきりわかる程、真っ赤になっていた。

「ヴェルヘレック、美しいヒトの子よ、どうか僕の認めた子のことも頼っておくれ」

 俺の傍にルハルグ様はいらっしゃると、視線を合わせるよう膝をついた。

「認めた子……レーヴン?」
「ああ、きみを守る為に彼は僕の守護を受けとったよ。僕はレーヴンの希望を叶える。だからこの子については僕が預かるから安心してね」

 ルハルグ様は微笑んでから立ち上がり、エールックを軽々抱き上げて上空に浮かぶ。竜のお姿になればそのまま飛び立った。

「さて、俺達も戻るか。歩けるか?」
「え……あ、ああ」

 俺は何とか立ち上がったが、へたんと座り込む。腰が抜けてしまった。

「すまない。無理みたいだ。俺のことは置いて行ってくれ」
「いやいやいやいや、よく考えてくれ。俺はヴェルを探しに来たんだよ、なんで見つけたのに置いてくんだよ!」
「でも俺は歩けないし……」
「あー……もう、ちょっとの間、嫌かもしれないけど我慢しろよ!」

 そう言うや否や、レーヴンに抱きかかえられた。
 これはいつだかテントに担ぎ込まれた時と一緒だ。それを思い出せば、凄く安心した。
 安心したら、また身体がカタカタと震えだす。

「……悪い、今誰かに触られるの怖いよな。ちょっとだから耐えてくれ」

 レーヴンがすまなそうな声で言う。俺はそれに対して首を左右に振った。

「違う、レーヴンの腕の中は安心する。安心したら……思い出して……怖くなって。こわかった。こわかった…こわかったっ」
「ああ、よく頑張ったな。もう大丈夫だ。遅くなってごめん」
「う……えっ……」

 俺を抱えるレーヴンの腕に力が入り、抱き寄せてくれる。俺はみっともない顔が見られないようレーヴンの肩に額を押しつけ溢れ出るままに泣いた。
 
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