32 / 55
本編
(32)裏切り・2
しおりを挟む「はな……しが、あるんだろう?」
俺は本能的にエールックから距離を取ろうとする。
膝立ちで数歩前に進めばすぐに樹の幹にぶつかった。俺は樹を利用して立ち上がり、エールックに向き直る。
視線はエールックから外せない。
俺のそんな様子をエールックが満足そうな顔で見つめてくる。それすらもあの男達と同じように感じた。
勝ち誇った、自分が支配者だという顔。俺を物として見てくる、ヒトとも思っていない見下した顔。
そんな顔を、エールックがするわけがない。
俺はこの状況に恐怖心でそんな風に感じるんだ。
そう思おうとしたところで、俺の両手の拘束はとれない。
手首には8の字の形をしているのだろう手枷が嵌めらているようだ。触れればそれは金属でできているのがわかる。ひやりと冷たい感触、引きちぎろうとしたところでピクリともしない。
肉体強化をすればあるいは、と思い、エールックに視線を向けたまま呪文を詠唱した。
「ふっ……あはは、駄目ですよヴェルヘレック様。その手枷は魔法を無効にします。魔族用の拘束具なんです。凄いですよね、作った奴は天才なんじゃないかな」
俺の様子にエールックは酷く楽しそうな顔で笑う。
エールックを睨んでいれば、一瞬で間合いを詰められ腕を引かれて花の上に投げ出された。
うつぶせになった身体をすぐに起こし、どうにかエールックから距離を取ろうと後ずさる。
「エールック、これはどういうことだ。……俺がお前を騙していたから怒っている、のか?」
「ああ、やはり、とても似合う! ここを見つけた時に貴方を連れて来たいと思ったんです! この可憐な花の中で善がる貴方はどれだけ美しいのだろうかと。ああ、想像以上に美しい!」
俺の問いかけを無視して、エールックが俺を見下ろしながら恍惚とした表情で微笑む。
「何を言って……」
「……貴方は裏切者です。ヴェルへレック様。私の忠誠を裏切りました。国民を欺きました。貴方が王子ではないと知っているのはユアーナ様だけですか? ダフィネ様も偽物の王女なのですか?」
エールックは膝をつけば俺の足首を掴み引き寄せ、俺の目の前に顔を近づけた。
「それは……お前を騙したことは、すまなかった。みんなを騙していたことも……すまないと思っている。だが、母上とダフィネは関係ない。レーヴンに会えず母上も悲し……っ!」
ごんっと頭にものすごい衝撃が走った。エールックが俺の頭を殴ったのだ。
その衝撃で思わず俺は起こしていた上半身を花畑に沈める。
「レーヴンレーヴンレーヴンと! こんな時に他の男の名前を出すなんて、失礼ですよヴェルヘレック様」
殴られたせいか、眩暈がする。
その間にエールックは俺の両足の間に身体を滑り込ませ、俺の足を広げるように内腿を撫であげていた。
撫でる手の動きが、気持ち悪い。
「ああ、ああ、可哀想なヴェルヘレック様。この身をあんな下賤な者に差し出して! 貴方はこれから子どもを産むのですよ? 身体を大事にしなくてはなりません。その為にここまで、竜の加護を受けに来たのですから!」
頭がぐらぐらするのは殴られたせいか、エールックのこの行動や言葉を聞いているせいなのか。
「……何を言っているんだ。俺は子を成すために竜の加護を受けたいなど思ったことはない」
「いいえ、貴方は竜の加護を受けて、私の子を産むはずだったんです! 兄さんのように、男のくせに恥ずかしげもなく男に抱かれ、子どもを産むんですよ!!」
「なっ、ふざけるなっ! あろうことかマフノリア様のことまで愚弄するなどっ……!!!」
エールックの言葉に思わずカッとなって上体を起こしたところで、今度は頭を掴まれ地面に叩きつけられた。そのまま耳元でねっとりとした声がする。
「だから何度も言わせないでください。こんな時に他の男の名前なんて言ってはいけません」
「……ひぅっ!」
そう耳元で囁かれれば、ねちょりと耳に生暖かい感触が落ちる。ぬちょぬちょと耳穴に舌を突っ込まれ舐められれば聞きたくもない水音が頭に響いた。
11
お気に入りに追加
288
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
花形スタァの秘密事
和泉臨音
BL
この国には花形と呼ばれる職業がある。人々を魔物から守る特務隊と人々の心を潤す歌劇団だ。
男ばかりの第三歌劇団に所属するシャクナには秘密にしていることがあった。それは幼いころ魔物から助けてくれた特務隊のイワンの大ファンだということ。新聞記事を見ては「すき」とつぶやき、二度と会うことはないと気軽に想いを寄せていた。
しかし魔物に襲われたシャクナの護衛としてイワンがつくことになり、実物のイワンが目の前に現れてしまうのだった。
※生真面目な特務隊員×ひねくれ歌劇団員。魔物が体の中に入ったり出てきたりする表現や、戦闘したりしてるので苦手な方はご注意ください。
他サイトにも投稿しています。
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる