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本編
(17)手を握って・2
しおりを挟む触ることを許可すれば、レーヴンは俺の肩にそっと手を乗せた。
表情は相変わらず辛そうで、その中で意志の強そうな緑の瞳がそらすことなく俺を見つめる。寝癖がついていなければもっと恰好がつくだろうにと思いながら、俺はぼんやりと見つめ返した。
「眠れないというのは判った。いくつか確認するから答えてほしい。悪夢をみるのか?」
「寝ていないから正確には夢ではないが、横になると身体が動かなくなるのではと気が焦る。あと胸の上にあの髭面の男の頭が乗ってくるんじゃないかと、不快感を感じる」
俺は答えながら知らず、自分の胸元をさすっていた。
「わかった。ヴェル王子は鹿狩りとか、そういうことをした経験は?」
「狩り? いや俺はない。馬に乗ることもほとんどなかったし……これは誰にも言わないでほしいが、弓はひけない」
母上の告白を聞き、俺は剣技の習得を優先した。弓など遠距離武器に関しては魔法で代用できると思ったからだ。
「肉や魚をさばくような料理は……したことない、よな」
「ないな。レーヴン、お前は何が聞きたいんだ?」
何か意味がある問いかけなのだと思うが、俺は意図がつかめず聞いた。
「生き物の命を奪った経験があるか確認したかった。死んだ物から血が出るのを見たことがあるか知りたい」
見つめ返した俺の視線からレーヴンは視線を逸らすことはなかった。だけど不味いものを口に入れた時のような表情をしている。
「……血を見るような経験はない。命を奪った経験で思い当たるといえば花を摘んだり、虫を潰してしまったくらいか。でも肉や魚も食べる、野菜だって生命だ。それを俺は奪っている」
「うん、うん、そうなんだけどそうじゃないんだ……やっぱ自覚なしか。だよな、血なまぐさいのとは無縁だよな、うん、そんな気しかしてなかった」
レーヴンは俺の肩に手を乗せたまま、空いている手で自分の髪をわしわしとかいている。
じっとしているのが苦手なんだろうか。
「あー……あのな、ヴェル王子の悪夢ってのはいわゆるトラウマだ」
「トラウマ? 心が傷つくとおこる症状だったか」
「ヒト、いや多分二足歩行の生き物でも同じようになったかもしれないが、人の死を間近で見てそのせいで眠れなくなってるんだ。あいつらが死んだのを見たのも怖かったんだと思うが、たぶん……自分のせいで死に追いやったと思っている。……すまない。配慮が足りなさ過ぎた」
そういうとレーヴンは俺の肩から手を放して立ち上がり、頭を下げた。俺はその赤毛のつむじをみる。頭の真上につむじがあるのか、寝癖も直っていないな。
ぼんやりそんな事を思ったが、俺が声をかけないとこのままなのだろうか?
「レーヴン、お前が謝る必要はない。俺の心が弱いだけだ」
「謝る必要はある、俺たちが受けた依頼は王子を無事に竜の渓谷に連れていくことだ」
「ああ、そうか。これでは旅の続行は難しいのか。原因がわかれば対応も考えられると思うが」
「いやいやいや、だから、そういうんじゃなくて!」
立ったまま、レーヴンが俺の両肩をがしっと掴む。
距離を詰められたことと、突然触れられたことに思わずびくっと体が大きく揺れて、レーヴンを見上げてしまった。
「あああああああああ、ごめん!」
「いや、俺こそ驚きすぎた。気にしないでくれ」
レーヴンが奇声を発して大袈裟に驚き、両手を挙げれば後ろに飛びのいた。そしてしばし思案するように瞳を閉じたあと俺の隣に座っていいか、と許可を求めてきた。
「好きにしていい。俺はレーヴンやグリムラフが傍に居ても不快に思わない」
「お……あ、ありがとう、ございます? じゃあ、ちょっと話しやすくするな」
なんで疑問形だ? と思ったがこの部屋に来て以来、レーヴンが初めて明るい表情を浮かべたので水を差すのはやめた。
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