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本編(シャルロ視点)
銀百合の君 アッシュ・グレイバイス
しおりを挟むシャルロは廊下を走り、誰もいないトイレの個室に逃げ込むとホッと息をついた。
『さきがみ』世界は日本に似ているところも多く、トイレも綺麗だ。上下水道も完備されていて衛生管理も行き届いている。
そんな学園のトイレだからと言うわけではないだろうが、ここでも恋愛イベントが発生した。
ネットで「トイレの人」と呼ばれていた不良キャラ、アッシュ・グレイバイス。
琥珀色の瞳に銀髪、前髪の一部を赤く染め、ジャラジャラとシルバーアクセをつけ、制服を着崩していた。
goodエンドで裏社会の首領になったアッシュと共に生き、trueエンドでは別の国でひっそり二人で幸せになり、badエンドでアッシュに裏切られてレオは娼婦にされる。
イベントはトイレでしか発生せず、ほぼ甘さはない。【開花の儀式】もトイレでするが、それがたまらないとアッシュ推しは言っていた。
アッシュが不良になった原因は実家の借金と幼少期のトラウマだ。その事を知っているシャルロは当たり前のごとく、子供のアッシュを助けることにした。
【花の騎士】は魔力が高く、その精液は薬のように扱われる。なぜか王家に近い血筋ほど鉄壁の護衛がいそうなのに狙われやすかった。
公爵家のアッシュと王子のシャルロは格好の餌食で、ゲームの設定では毎晩複数人に搾り取られたり、でっぷり太ったオヤジに一晩中性器を吸われ続けていた。そんな未来など恐怖でしかない。
アッシュと自分を守るため、五歳のシャルロは本来学園に入学するまで面識のないはずの【花の騎士】達を集めて情報交換の場を設けた。
さらにレオが辺境伯の養子になってからは男児全員で閨の勉強会を開いた。一緒に学ぶことで個別授業と偽り、手を出してくる不埒ものから身を守ることが出来た。
正しい性知識は大切である。
また、裏社会と繋がるきっかけになった公爵領の干ばつ被害も、未来視で視たと父に伝え、前もって備えてもらうことに成功した。
これでグレイバイス家の借金問題も回避できたのである。
今のアッシュに赤毛はなく、きらきらの輝く銀髪に制服も正しく着こなす乗馬の得意な優等生に育った。鞍無しで乗馬できるレオを尊敬しており、ゲームではそれこそ性処理の道具のようにレオを扱っていたのが嘘のようである。
シャルロもヤンデレからはかけ離れたが、アッシュもゲームと全く違うキャラになった。
「おれっていい仕事したよなぁ」
しーんと静まりかえるトイレにシャルロの呟きが響いてしまい、慌てて口を手で抑えた。
そっと扉を開けて様子を伺ったが特に人の気配はしない。
(そろそろレオが来そうだけど、どうしよう)
ここで見つかったら逃げようがないが、下手に出ていっても見つかりそうだ。
ドキドキしつつ、もう暫く身を隠すことにする。
もはや恋愛ゲームというよりホラーゲームである。
(そういえばエミリアの相手は誰なんだろう……)
エミリアが【開花の儀式】を行うということはレオはbadエンドルートに進んでいる可能性がある。
(いやそもそもレオは誰のルートに入ってるんだ?)
『さきがみ』は学園生活の三年間が舞台のゲームだ。レオがエミリアや攻略対象と出会い、交流をして物語を進めていく。
それぞれとイベントをこなして好感度をあげ、卒業間近になると好感度が基準に達した相手に告白することができるシステムだ。
レオが誰かとイベントを発生させているのを見たことがないが、今のレオなら攻略対象全員に告白出来そうな気がする。
もちろんシャルロとのイベントも発生していない。
そもそもシャルロとのイベントは、シャルロが病んでいることが前提で、昼夜逆転した生活に合わせて深夜におこるものばかりだ。シャルロがあえて回避していたということもあるが、健康な今は早寝早起きで「深夜三時のお茶会」などといったイベントは起きようがない。
それなのに告白をしてきた。ゲームの設定ではあり得ない。
(恋愛イベント以外はゲーム通りなんだけどなぁ)
そのお陰でシャルロの未来視は信じられ、父を王位につけることもできた。
(来月の卒業式に邪神が復活するのはゲーム通りだろうし、未来を視たと言ってエミリアに聖女になってもらうべきか)
でもレオをbadエンドにはしたくない。
『さきがみ』に関連しないような悩みはいつもレオに相談をしていた。
聞き上手だし、さすが主人公と言うべきか発想力も豊かだから、話していて気付かされることも多かった。
(レオのbadエンド回避のために、エミリアには独り身でいてもらう必要があるかもしれない、けど)
幸せそうに笑うエミリアの顔が浮かんでズキリと胸が痛む。
エミリアとも幼い頃から面識をもち、幼馴染みといっても過言じゃない。可愛い妹分だ。彼女にだって幸せになってほしい。
「なぁレオ……どうしたらいいんだよ」
思わず呟くも当然返事はない。いつもなら「自分で考えろ」とか最初こそ言うくせに、いつの間にかあれこれ提案をしてくれるレオが隣にいた。
耳をすましても誰の声も、足音も聞こえない。
追われなくなった安堵よりも、一人でここにいる虚しさに泣きたくなる。
(そっか、おれはレオが追いかけてくれることを期待してたのか……。本気で拒絶なんて出来るわけないよなぁ)
幼いころから共に育った『さきがみ』の関係者の中でも、レオはシャルロにとって特別だった。池に落ちたときも、馬に蹴られそうになったときも、心無い貴族に嫌味をいわれたときも、ダンジョンで死に掛けたときも、ピンチの時には必ずレオが助けてくれた。
その度にときめいてしまい、「好感度をあげないでくれ」とシャルロは願ったがレオにはまったく届かなかった。惚れるな、と言うのが無理な話なのである。
小さく痛む胸に、シャルロは思わず自嘲ぎみな笑みを浮かべる。
どうするもなにも、とにかく未練たらたらのこの自分の気持ちを整理すべきだ。
「……レオもさすがに呆れて愛想つきたかな、ハハ、ヨカッタ。………………帰ろ」
まだ寮で告白イベントが発生するキャラもいる。本来ならシャルロも夜の寮でイベントが発生するキャラだ。
だがこの状況からしてレオの告白イベントは失敗で終了したことになるだろう。
幼い頃から知る今のレオは、やや粗野だが素直でまっすぐな性格だ。
シャルロに告白した以上、他の者に告白することはないだろう。複数股がけするゲームプレイヤーとは違うのだ。
(ま、聖女にならなくてもレオは強いし、就職先はおれが斡旋すればいい。シャルロルートのbadは魔王化だけど、トラウマのない健全なレオは世界を恨む必要もないしな。そうだ、そうしよう!)
シャルロはこの時まだ気付いていなかった。
自分が思っている以上にレオに甘やかされ骨抜きにされており、側にいることが当たり前だと身に染み込まされていることに。
そうなるように外堀を埋め、囲い続けたレオの執着に。
そして、恋愛ゲームの主人公と言うものは、狙った攻略対象を必ず攻略できるモノだということを忘れていた。
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