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本編(シャルロ視点)
春風の奏者 ヴィンス・アロア
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夕方の音楽室から聞こえるピアノを不気味に思うのは、シャルロが学校の七不思議という、この世界では聞いたことのない怪談話を知っているからだろう。
しかしそれよりも自分を追いかけてくるレオの声と足音に身を震わせて、音楽室の扉を開けた。
「ヴィンス、練習中にすまない! 匿ってくれ!!」
「シャルロ殿下? なにが…」
「理由は聞かないでくれ!」
驚くヴィンスに構わず、シャルロはヴィンスの弾くグランドピアノの下に身を隠した。
「シャルロ!! …っ! ヴィー! シャルロはどこだ!!」
そのタイミングを計ったかのように音楽室の扉が開き、レオの声が響く。
気付きませんように!っとシャルロは身を固くして必死に祈る。
「ちょうど今その扉から入って、後ろの扉から出ていきましたよ」
「ありがと! 次見かけたら捕まえておいてくれ!!」
遠ざかる足音を聞き、シャルロは止めていた息をぷはーっと吐く。
ヴィンスの言葉を信じ、レオは音楽室に足を踏み入れることなく立ち去ったようだ。
「助かったぁ! ありがとうヴィンス」
シャルロは心底ほっとした笑顔を浮かべつつ、ずりずりと膝を着きながらピアノの下から這い出た。その様子をヴィンスは苦笑しつつ見守る。
「シャルロ殿下は自分が王族だってこと忘れないでくださいね」
「ぐっ……こ、これは戦略的撤退であって……」
「そうではなくて、何があったとしても臣下の足元に這いつくばるなんてこと、してはいけませんよ」
「あっ!……ああ、えっと……気を付ける」
「殿下のそういう飾らないところ、僕は好きですけどね」
にこりと微笑むヴィンスにシャルロはぐったりと肩を落とした。
ヴィンス・アロア。攻略対象の一人で優しいお兄さん。学園への入学が遅かったため、レオやシャルロよりも二つ年上だ。
腰より長いさらさらの明るい茶髪にエメラルドみたいな緑の瞳。音楽の才能がある。
goodエンドでは二人で旅をして、trueエンドではアロア伯爵家の領地で結婚して末永く幸せに暮らし、badエンドは有名ピアニストになったヴィンスを、知人以上友達未満のレオは遠くから見守るというものだ。
どのルートでも平和である。
(できればレオにはヴィンスを選んでほしかったのに)
未来を知っている自分が皆を幸せにするのは当然だとシャルロは思っている。自分ほどではないが、他の攻略対象のbadエンドもなかなかハードなものがある。それならどう転んでも平和なヴィンスとレオが結ばれるのがいいに決まっているだろう。
「レオはどうしてヴィンスを選ばないんだろう…」
思わず出たシャルロのつぶやきに、ヴィンスは不思議そうに瞬くと優しく微笑んだ。
「それは直接レオに聞いてみては? ほら、そろそろ戻ってきますよ」
「うわぉっそうだった! 出来たらレオの足止めしといてくれ!!」
「善処はしますが僕が殿下に甘いことレオにはばれてますからねぇ。すぐに足止めしてるって気付かれそうです」
そうなのだ。何だかんだとレオとヴィンスは仲がいい。お互いの好感度も高いはずだ。このまま卒業しても友人として付き合っていくだろう。
(レオがヴィンスを選べばgoodエンドにはなりそうなのに、と……そうじゃなかった今は逃げなきゃ!)
シャルロはヴィンスに礼を言うと、慌ただしく走り去る。
「どれだけ逃げても既に捕まっているのだから無駄だと思いますよ、シャルロ殿下」
ヴィンスは呆れ顔でシャルロの背に呟くも、すぐに笑顔になってピアノを弾き始めた。明るくアップテンポなその曲は、この国の結婚式でよく演奏される曲である。
ヴィンスなりの、友人二人への激励だった。
しかしそれよりも自分を追いかけてくるレオの声と足音に身を震わせて、音楽室の扉を開けた。
「ヴィンス、練習中にすまない! 匿ってくれ!!」
「シャルロ殿下? なにが…」
「理由は聞かないでくれ!」
驚くヴィンスに構わず、シャルロはヴィンスの弾くグランドピアノの下に身を隠した。
「シャルロ!! …っ! ヴィー! シャルロはどこだ!!」
そのタイミングを計ったかのように音楽室の扉が開き、レオの声が響く。
気付きませんように!っとシャルロは身を固くして必死に祈る。
「ちょうど今その扉から入って、後ろの扉から出ていきましたよ」
「ありがと! 次見かけたら捕まえておいてくれ!!」
遠ざかる足音を聞き、シャルロは止めていた息をぷはーっと吐く。
ヴィンスの言葉を信じ、レオは音楽室に足を踏み入れることなく立ち去ったようだ。
「助かったぁ! ありがとうヴィンス」
シャルロは心底ほっとした笑顔を浮かべつつ、ずりずりと膝を着きながらピアノの下から這い出た。その様子をヴィンスは苦笑しつつ見守る。
「シャルロ殿下は自分が王族だってこと忘れないでくださいね」
「ぐっ……こ、これは戦略的撤退であって……」
「そうではなくて、何があったとしても臣下の足元に這いつくばるなんてこと、してはいけませんよ」
「あっ!……ああ、えっと……気を付ける」
「殿下のそういう飾らないところ、僕は好きですけどね」
にこりと微笑むヴィンスにシャルロはぐったりと肩を落とした。
ヴィンス・アロア。攻略対象の一人で優しいお兄さん。学園への入学が遅かったため、レオやシャルロよりも二つ年上だ。
腰より長いさらさらの明るい茶髪にエメラルドみたいな緑の瞳。音楽の才能がある。
goodエンドでは二人で旅をして、trueエンドではアロア伯爵家の領地で結婚して末永く幸せに暮らし、badエンドは有名ピアニストになったヴィンスを、知人以上友達未満のレオは遠くから見守るというものだ。
どのルートでも平和である。
(できればレオにはヴィンスを選んでほしかったのに)
未来を知っている自分が皆を幸せにするのは当然だとシャルロは思っている。自分ほどではないが、他の攻略対象のbadエンドもなかなかハードなものがある。それならどう転んでも平和なヴィンスとレオが結ばれるのがいいに決まっているだろう。
「レオはどうしてヴィンスを選ばないんだろう…」
思わず出たシャルロのつぶやきに、ヴィンスは不思議そうに瞬くと優しく微笑んだ。
「それは直接レオに聞いてみては? ほら、そろそろ戻ってきますよ」
「うわぉっそうだった! 出来たらレオの足止めしといてくれ!!」
「善処はしますが僕が殿下に甘いことレオにはばれてますからねぇ。すぐに足止めしてるって気付かれそうです」
そうなのだ。何だかんだとレオとヴィンスは仲がいい。お互いの好感度も高いはずだ。このまま卒業しても友人として付き合っていくだろう。
(レオがヴィンスを選べばgoodエンドにはなりそうなのに、と……そうじゃなかった今は逃げなきゃ!)
シャルロはヴィンスに礼を言うと、慌ただしく走り去る。
「どれだけ逃げても既に捕まっているのだから無駄だと思いますよ、シャルロ殿下」
ヴィンスは呆れ顔でシャルロの背に呟くも、すぐに笑顔になってピアノを弾き始めた。明るくアップテンポなその曲は、この国の結婚式でよく演奏される曲である。
ヴィンスなりの、友人二人への激励だった。
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