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10.こうして幕は下ろされた

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 今度こそ青年が幽霊になってまで探し求めていた情報にアクセスできる。真織にはその確信があった。

「……もしかして、卒業アルバムですか?」
「そうです! これなら集合写真がありますし顔が確認できます! 名前もわかります!」
「なるほど!!」

 二人はさっそく該当する年の卒業アルバムを取り出し中身を確認する。
 昔のものは今と違ってすべて白黒印刷だったが、写真の顔は判別できた。

 しばしの間、ただページをめくる音だけが響く。

「…………あった……」

 見つけたのは青年だった。

「そうだ、うん、こんな名前だったな……」

 青年は穏やかに微笑むと集合写真をひと無でした。

「本当にありがとうございました。これで先に逝ったアイツに声がかけられます」

 彼はそう言うと真織に持っていた卒業アルバムを笑顔で手渡す。
 その笑顔には常に浮かべていた寂し気な雰囲気はなく、希望に満ち溢れた晴れやかなものだった。とても幽霊がする表情には思えない。

 真織は受け取った卒業アルバムを思わず強く握る。

「僕と僕の探しものを見つけてくれてありがとう、司書さん」
「はい、見つかって……見つけることが出来て、良かったです。あ、でも、図書館の本に落書きは厳禁ですから! お友達にも会ったらちゃんと伝えてくださいね」

 真織の言葉にそれはもう楽しそうな笑顔を浮かべた青年の身体が、ゆっくりと空気に溶けていく。
 ……それから数秒もしないうちに、半透明の青年は完全に消え去った。

(……終わったん、だ)

 先程まで楽しげに話していた相手は居なくなり、真織の手にはページが開かれたままの卒業アルバムだけが残された。

(ちゃんと見つけることが出来て、本当に良かった)

 遠回りをしてしまったけど、今回のレファレンスは完遂できたと思っていいだろう。

「……へぇ、彼こんな名前だったのかぁ。白シャツってあだ名しか覚えてなかったねぇ」

 真織がしんみりとしながら開かれたページに視線を落とした瞬間、背後から唐突に声がした。

「ヒッ!!!?」
「おっと危ない」

 誰もいなくなったはずなのに、突然背後から話しかけられたら誰だって驚くだろう。
 真織が変な声を発して落としかけたアルバムを古宮が受け取る。

「古宮先生、いつから居たんですか!?」
「うん? 今だよ。還れるみたいだったから見送ろうかと思ったんだけど一足遅かったなぁ」

 古宮はにんまりと笑顔を浮かべると卒業アルバムをもとの棚に戻す。

「……いやはや、最近は簡単に姿形を記録に残せるようになってしまったから気が抜けないねぇ」

 旧友を見送りに来たのも本当かもしれない。しかし真織には古宮が別の意図を持ってここに来たような気がした。そうでなければこんな唐突に、人外の力を使って現れたりなどしないだろう。

 君子危うきに近寄らずとはよく言ったものだ。

「…っ、古宮先生、閉架は図書館スタッフ以外は一応立ち入り禁止です」

 視えてしまっても見えないふりが必要なことはよくある。同じように、気づいてしまっても気づかないフリをするべき場面も人生には多い。

「君も真面目だねぇ。白シャツも真面目なやつだったよ。………名前なんて思い出せなくたって昔話はできるのにね」
「………」

 古宮の顔はいつもと変わらずにこやかな笑顔だ。でも、どこか寂しげに微笑んでいた半透明の青年の姿と被る。

(私を牽制しに来たのかと思ったけど、ただ本当に見送りに来ただけなのかも……)

 アルバムに写る古宮を探すなんてことをする気はそもそもなかったが、古宮の言動と行動から過去を調べるなと警告に来たのかと思った。

「……それにしても、湯野さんが利口でよかった」
 
(っ!! 前言撤回。これ絶対に脅しに来たんだ!)

 古宮の言葉を好意的に取れば、青年の依頼をこなしたことを褒めてくれたとも取れる。だが、多分違うと本能が告げた。ぞわりと真織の全身を悪寒が駆け抜ける。

「また何かあったらよろしくねぇ」
「っ、……図書館員としての仕事でしたら、いつでもお手伝いします」
「はは、肝に銘じておくよ」

 なんだか嫌な予感しかしないが、そう都合よく真織にしか出来ないことなど無いだろう。

 にんまりと笑いながらふさふさの尻尾を揺らす男をその場に残し、真織は顔をひきつらせながら通常業務に戻るのだった。


□end□
 
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