上 下
112 / 120

第112話【防犯ぬいぐるみ「まもるくん」】

しおりを挟む
「まあ、そう言わないで付き合ってよ?
 断ったら……この診療所やこの宿屋に良くない事が起きるかもよ?」

 まもるくんの殺気にも気がつかずにエスカに迫り、脅迫めいた言葉を口にした男が下品な笑みを浮かべた瞬間、後ろの何かが動いた。

「それは脅迫ととってもいいですね。
 この診療室でそういった言動をされるとどうなるか身をもって知ると良いですよ」

 エスカはオルトからまもるくんの性能について今朝の診療が始まる前に説明されていた。
 エスカに対するナンパやセクハラ発言には殺気を放つように。

 また、暴言や暴力などエスカに直接被害が出る可能性が高い場合は即『ご退場』してもらうモードになる。
 具体的にどうなるかは相手次第なので説明出来ないそうだ。

「は?もしかしてエスカちゃんが僕をどうにかする訳?
 治癒士ごときが冒険者ランクBの僕に?
 さっきも言ったけど、こんな狭い空間にふたりきりだよ?」

 男が叫べないようにとエスカの口に手を伸ばした瞬間、男の後ろから熊のぬいぐるみが男を軽々と持ち上げて宿の外に放り出した。
 唖然とする男の前に立つぬいぐるみは手の先から鋭い爪を出して男の髪の毛を目に止まらぬ速さで全て刈り取った。

「ニドメハナイ。コノマチヲデルガイイ。ツギニアエバソノクビヲオイテイッテモラウゾ」

「ひぃ!?ばっ化け物だぁ!ぬいぐるみが人の言葉をしゃべって勝手に動いたぁ!た、助けてくれぇ!」

 男は悲鳴をあげながら宿と反対方向に全速力で逃げて行った。事の顛末はその場にいた患者や宿の利用者が目撃していたので噂になり、エスカに対しての不埒な行為をする者は激減した。

   *   *   *

「どうやら大丈夫だったようだね」

 その日の夜に報告を受けた僕はほっと胸を撫で下ろしていた。

「少しだけ怖かったですけどオルトさんの事を信じてましたから……」

 夜の報告会でエスカは昼間の事を思い出して少しだけ震えていた。

「まあ、今回の件は酒場でも噂になっていたから今後はあからさまな態度をとる馬鹿は少なくなるだろう」

「でも、今日の人が仲間や誰かに依頼してこの宿に何かするとかが心配ですね」

「出来るだけの防衛細工だけはしとくよ。
 でも、気にしすぎても仕方ないからエスカは普通に仕事に集中してほしいな」

 僕の言葉に『ジーッ』と僕の顔を見ていたエスカは「分かった」と言って笑顔でうなずいた。

   *   *   *

 事件の騒動があってから数日間、特に問題はなくエスカも忙しいながらも順調に治癒士として仕事をこなしていた。

「そろそろいいかな。シミリも準備はどう?」

「いつでもいいですよ。
 エスカさんとクーレリアさんにも説明しておいてくださいね」

「そうだな。さすがに黙っては行けないよな」

 エスカには夜に話すと決めて先にクーレリアに説明するためにふたりで工房を訪れた。

「クーレリアさんは居ますか?」

「あっ!オルトさんにシミリさん。ちょうど良いところに。これ見てください」

 クーレリアは僕達の姿をみると工房の奥から何本かの短剣を取り出してきた。

「包丁と農具の販売は好調なんですが、やっぱり武器も作ってみたくて少しだけですが打ってみたんです。
 ただ、やっぱりこの工房で売るのはいろいろと問題があるので、出来れば他の街に売ってもらえる商人さんを知らないかと聞きたかったんです」

 それを聞いたシミリはクーレリアに言った。

「私は登録上エーフリの商人ギルド所属の商人なの。
 今はカイザックの商人ギルドからの依頼を受けいて、後は完了報告をするだけどリボルテでいろいろとあったからなかなかカイザックに戻るタイミングがなかったの。
 クーレリアさんが良ければ私達がカイザックに運んで知り合いのお店に卸しても良いですよ」

「本当ですか!?と言うかシミリさんはリボルテの商人さんじゃ無かったんですね。
 と言う事はオルトさんも……」

「ああ、僕もエーフリで冒険者登録したんだ。
 今はカイザックで薬師として仕事をする傍シミリの商売の手伝いをしているんだ。
 リボルテにはギルドの依頼で訪れただけで、まあいろいろあって今に至るんだけどね」

「全然知りませんでした。
 その話をするって事はカイザックに戻られるんですね。
 せっかく生涯の師匠であり恩人である人に巡り会えたと思ったのですが、残念です。
 出来ることならば付いて行きたいですけど今この工房を離れる訳にはいかないと思うのです。
 でも、まだオルトさんの剣も打ってませんし、困ったときに助けるという約束も果たしていませんので絶対にまた会えますよね?」

「ああ、もちろんだよ。約束は果たしてもらわないといけないからね。
 そうだ、クーレリアにも念のためにエスカと同じ『まもるくん』を渡しておこう。
 僕の不在時になにか危険なことがあったらこの『まもるくん』を頼ってくれ。きっと助けてくれるから」

 僕はそう言うとエスカの所よりも一回りコンパクトにした『まもるくん』を工房の隅においておいた。

「じゃあ明後日の朝に工房に寄ってから出発するので運んで欲しい物があったら準備しておいてね」

「わかりました」

   *   *   *

 その夜、診療の終わったエスカと一緒に夕食を囲み、お世話になったデイル亭の面々にも挨拶をした。

「そうかい。とうとうカイザックに戻るんだね。
 私たちが助けられたのもカイザックからリボルテに来る途中だったからね。
 あの時は本当に助かったよ。ありがとう」

 ディールは僕達と初めて会ったときの事を思い出して改めてお礼を言った。

「オルトさん。
 私の診療所が軌道にのるタイミングでカイザックに戻るとか絶対にわざとですよね?
 そんなに私と婚姻を結びたくないんですね……」

 エスカは拗ねた顔をしながら愚痴を言ってきた。

「もともと僕達はカイザックから行商とギルド依頼でここに来てたんだから帰るなと言うのは最初から無理な話なんだよ」

「そうなんですよね。
 本当ならば私もカイザックまで付いていって向こうで開業したら一緒に居られるんでしょうけど、ここの皆さんを置いて街を移るのはあまりにも不義理ですからね。
 とりあえず一緒に行くのは諦めます。今は……ですけどね」

 愚痴《ぐち》を言いながらもエスカはここでしっかりと自立していく事を決めたようだった。

 こうして、僕達のカイザック行きが確定した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

固有スキルが【空欄】の不遇ソーサラー、死後に発覚した最強スキル【転生】で生まれ変わった分だけ強くなる

名無し
ファンタジー
相方を補佐するためにソーサラーになったクアゼル。 冒険者なら誰にでも一つだけあるはずの強力な固有スキルが唯一《空欄》の男だった。 味方に裏切られて死ぬも復活し、最強の固有スキル【転生】を持っていたことを知る。 死ぬたびにダンジョンで亡くなった者として転生し、一つしか持てないはずの固有スキルをどんどん追加しながら、ソーサラーのクアゼルは最強になり、自分を裏切った者達に復讐していく。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...