上 下
94 / 120

第94話【特訓が修了したエスカの思惑】

しおりを挟む
 毒治療の特訓が終わりエスカを部屋に帰した僕はエスカの希望した患者人形を作っていた。
 隣には作業を覗き込むように見るシミリがいた。

「それがエスカの希望した人形なの?
 なかなか精神的にくるものがあるけど、本当にそれを使って練習する気かしら」

「いやぁ多分何も考えてないと思うよ。
 それか、治した後に可愛がる想像だけして最初の状態を忘れてるか……だな」

「あー、多分それでしょうね。
 私だったら絶対に要望しないでしょうし……」

 そこに居たのは、まだ幼い少女の人形だったが当然ながら普通ではなかった。

   *   *   *

 ーーー次の特訓の日。

 エスカは嬉々として特訓に挑んだが、人形を前にしてガックリと膝ひざをついて涙をポロポロと流し始めた。

「オルトさん、ごめんなさい。私が悪かったです。
 軽はずみな考えで頼むんじゃなかった……。
 直ぐに治癒の特訓をお願いします!この娘こは絶対に私が治して見せます!」

 エスカの前に寝かされていた少女は顔を真っ赤にして今にも窒息しそうな表情で首を押さえて「うーうー」と呻うめきながら苦しんでいた。

「じゃあ始めようか。
 今回はのどに異物を詰まらせた想定になるから魔法は『リフレスアウト』になるんだけど、実はこの魔法は物理的な異物除去だけじゃなくて『悪性腫瘍あくせいしゅよう』とか特殊な病気にも使えるんだ」

「何ですか……それ?
 聞いたことないですけど。病気なんですか?」

「うん。この病気にかかった人にヒールをかけると逆に病気が悪化するんだ。
 だから怪我とかの物理的な時は有効だけど病気の時はきちんと診断してからにしたほうが失敗が無くていいよ」

「はい……って、どうしてオルトさんはそんな事まで知っているんですか?
 薬師の知識があるとはいえ、いくらなんでも知りすぎてないですか?」

「うーん。エスカさんは自分の出来る事を増やしたいから特訓を受けているんだよね。
 そして、僕はそれを手助けはするけどそれらについて深く詮索して欲しくないんだよね。
 あまり突っ込むと契約違反になるかもよ」

「はっ恥ずかしい事になるかもってやつですね。すみません、気をつけます」

 気にはなるのだろうがエスカはすぐに気持ちを切り替えて目の前の患者を治すことに集中した。

「ーーー魔方陣を理解したので試させてください」

 ほんの半刻しかたっていないはずなのにエスカはリフレスアウトの魔方陣を理解したと言い出した。
 この魔方陣はそんなに簡単に理解出来るものではないはずだったが、自分のうかつな言葉で招いた苦しむ幼い少女を治したい一心で不可能を可能にしたのだろう。

「体内に留まりしあらざるマターよ、あるものは砕け、また、あるものは消滅し、正の流れを阻害す波を凪ぎに変えよ。リフレスアウト」

 桜色に光る魔方陣に包まれて患者人形の少女は大きく息をはき、エスカに結果を伝えた。

「合格じゃあ!小娘のわりになかなかやりおるわ!わしを治せる実力があるなら死人じゃなければ何とかなるじゃろう。
 よく頑張ったな。がっはっは」

「えっ!?」

 てっきり少女が感動の涙を流しながら抱きついてきて感謝の言葉を言ってもらえると思っていたエスカは少女のおっさん言葉に思考が停止してその場に固まってしまっていた。

「あっ!しまった。人形を新しく作りなおすのが面倒だったからおっさん人形の外見だけを変えた事を忘れていたよ。
 そうか、あのやり方だと言葉づかいは前のままになるのか。
 いや勉強になったよ、ありがとう」

「ありがとうじゃないですよ!!
 なんて事をするんですかぁ!?
 わたしがどれだけ必死に治療したかわかってますか!?
 なのにこの仕打ち、めちゃくちゃ酷くないですかぁ!?」

 エスカはおっさん言葉を話す少女の前にガックリと崩れ落ちて涙目に訴えていた。

   *   *   *

「ーーーこれで、全ての特訓が終わりになります。
 まだまだ安定した治療が出来てるとは言えないので、まだしばらくは自主訓練を続けてくださいね。
 ちょうど明日でここの仕事も終わりになるから頑張って良い治癒士になってくださいね」

 僕がそう言ってエスカを部屋に戻そうとしたがエスカは真剣な目で僕に言った。

「オルトさん。長い間の特訓ありがとうございました。
 おかげで今まで出来なかった事がたくさん出来るようになりました。
 本当に感謝しかありません。
 ですが、最後にお伝えしないといけない事があります」

「なんだい?あらたまって言いたい事って?」

 エスカはそこまで言うと深呼吸をひとつしてからハッキリと僕に言った。

「オルトさん。私をこんな体にした責任をとってくださいね」

「はぁ!?一体何を言って……?」

 突然のエスカの言葉に僕は何が何だか分からないでいる横でシミリが『やっぱりそうきたか』と言わんばかりに深いため息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

固有スキルが【空欄】の不遇ソーサラー、死後に発覚した最強スキル【転生】で生まれ変わった分だけ強くなる

名無し
ファンタジー
相方を補佐するためにソーサラーになったクアゼル。 冒険者なら誰にでも一つだけあるはずの強力な固有スキルが唯一《空欄》の男だった。 味方に裏切られて死ぬも復活し、最強の固有スキル【転生】を持っていたことを知る。 死ぬたびにダンジョンで亡くなった者として転生し、一つしか持てないはずの固有スキルをどんどん追加しながら、ソーサラーのクアゼルは最強になり、自分を裏切った者達に復讐していく。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

処理中です...