上 下
1 / 120

第1話【現実逃避の日常と少しばかりの勇気】

しおりを挟む
 その日もいつもと同じ夜のはずだった。

 現代日本で社畜のように使い捨てにされ、ようやく辞められたと思ったら新たに勤めたバイト先はブラックばかり。

 現実逃避に異世界転生モノのライトノベルを読んで自分が活躍出来る世界の妄想を膨らませる事が毎日を生きていく僕にとっての精一杯だった。

(もう疲れたな……いつまでこんな生活がつづくのだろうか)

 真っ暗になった空を見上げながら街灯りを頼りに寝るだけの部屋に帰る日々が長く続き、疲れと諦めで何度死のうかと考えたかも分からなくなっていたが、いざとなるとその勇気も無くて結局いつもの時間と命を売る日々に流されていた。

 しかし転機はいきなり訪れた。

 その日の僕は僅かな生活費を下ろすために来ていた銀行でよりにもよって強盗にでくわしてしまったのだ。

 銀行内は騒然となりへたりこむ者、泣きながら命乞いをする者がいる中で強盗達の怒号だけが響いていた。

「オラー!さっさと金を準備するんだよ!こいつらの事がどうなっても良いのかよ!おっと警察に連絡なんざすんなよ!警察のやつらが見えたらこいつらをひとりずつ殺していくからな!!」

 強盗達は手にした拳銃を人質にした女性行員の頭に突きつけて店長を脅していた。

 今時の銀行のセキュリティはいちいち非常ボタンなど押さなくても防犯カメラの情報から警備会社を通じて警察に通報されるに決まっている。

 男達は拳銃を所持している強盗集団なのでおそらく警察の特殊部隊が突入してくる事になるだろう。

 警察としても被害者は最小限に抑えたいだろうから人質になっている女性は特殊部隊が突入した際に強盗が激情すればおそらく命は無いだろう。

 だがそんな事は構わずに鎮圧を優先させるのが特殊部隊のやり方だった。

(あの娘も可哀想に、まだ勤め出して間もない新人行員だろうに)

 表情を引きつらせながら涙を流して命乞いをしている姿が痛々しかった。

 だが、こんな危険な状況だというのに僕には不思議と死に対する恐怖心があまり無く周りがよく見えていたように感じていた。

【ガシャーン!ドカドカドカ!!】

 その時、突然大きな窓ガラスの割れる音がしたかと思うと僕の予想通り特殊部隊と思われる人影が複数飛び込んできた。

「何だテメーらは!?ちくしょう!コイツがどうなっても良いのかよ!!」

 激情した強盗は人質の女性の髪を掴み自らの盾としながら迫りくる人影を睨みつけながら出口の方へ後退りを始めた。

「無駄な抵抗は止めろ!すでにお前以外のメンバーは鎮圧した!武器を捨てなければ射殺する!!」

 人質ひとりの犠牲で多くの人が助かるならば躊躇なく人質ごと射殺するのが特殊部隊のやり方だと知っていた僕は思わず息を飲んだ。

「嫌ぁー!!助けてー!!」

 人質になった女性行員の悲痛な悲鳴を聞いた瞬間、僕は叫びながら強盗の拳銃めがけて飛び込んでいた。

「うわぁぁぁ!」

【バーン!!】

 いきなりの僕の行動に驚いた強盗は女性行員に向けていた銃口を咄嗟に僕に向けて発射していた。

「突入!!取り押さえろ!!」

 ひとりの特殊部隊の人影が強盗の顔に拳を入れ、もうひとりの人影は銃を持つ腕を特殊警棒で打ち付け銃を叩き落として確保した。

(なんだ?胸が熱い。僕は死ぬのか?あの咄嗟の状況で心臓に当たるなんて僕はどんな凶運を持っているんだ。
 まあいいか、どうせ自分では死ぬ勇気もなかった僕だ。
 最期に人助けが出来ただけで満足だ。
 次の人生はもう少し自分に自信の持てる能力をつけて大好きだった某ラノベみたいな誇りある人間になりたいな。
 現実的にチートは無理だろうけど……)

 近くで誰かが僕を呼んでる声がする。

「君、大丈夫か!おい!要救護者一名、救急車を早く!胸を撃たれていて心肺停止状態だ!」

 僕は薄れゆく意識の狭間で誰かの声を聞いた気がした。

「勇敢と無謀は紙一重なのよ。

 運の足りない者が無理をすると取り返しのつかない事になるのです。

 でも、あなたのその勇気だけは認めます」

 それは何かの大きな力が気まぐれで起こした小さな種のはじまりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

固有スキルが【空欄】の不遇ソーサラー、死後に発覚した最強スキル【転生】で生まれ変わった分だけ強くなる

名無し
ファンタジー
相方を補佐するためにソーサラーになったクアゼル。 冒険者なら誰にでも一つだけあるはずの強力な固有スキルが唯一《空欄》の男だった。 味方に裏切られて死ぬも復活し、最強の固有スキル【転生】を持っていたことを知る。 死ぬたびにダンジョンで亡くなった者として転生し、一つしか持てないはずの固有スキルをどんどん追加しながら、ソーサラーのクアゼルは最強になり、自分を裏切った者達に復讐していく。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。

光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。 ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…! 8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。 同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。 実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。 恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。 自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...