エスとオー

ケイ・ナック

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エスからの手紙

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仕事を終えて、マンションに帰ってくると、江洲田から手紙が届いていた。

手紙の内容はこうだった。

『しばらく調理の補助をしてきて、少し自分に自信がついてきた。
なので、思いきって調理師の免許を取ろうかと考えている。
近々、実家に帰る。

追伸、最近はTOTOトト が好きだ。』

という簡潔な文章だった。

オレは嬉しくなった。

久しぶりに会えることも嬉しいけど、それよりも江洲田が少しでも自信をつけて帰ってくることが嬉しかった。

早速、王崎にも知らせなきゃ。

いや、おそらく王崎も、同じ手紙を受け取っているだろう。





休日に王崎を見舞いに行き、江州田の手紙について話し合った。

「仕事で自信をつけたって、書いてあったけど、あれほんまやろか」
とオレが聞くと、王崎は、
「どうやろなぁ。でも、家族と離れたことで、案外うまくいったのかもしれへんで」
と答えた。

そして、
「あいつは、親に頭を押さえつけられてたんで、これまではあんまりのびのびやれなかったからなぁ」
と王崎は続けた。

オレは、
「ああ、それもそうやな。それにしても、江州田が調理師の免許かぁ」
と言ったところで、
「あ、そうそう、オレも免許を取るんやで。オレはフォークリフトやけどな」
と言った。

「へぇ、すごいやないか。オレも負けてられへんな」
と、王崎は笑いながら言った。

手術を済ませた王崎は、もう歩き回れるものの、退院までは、まだもう少しの時間が必要だった。





「なぁ、中村、オレ退院したら、体力の回復をねて、水泳をしようと思ってんねん」
と王崎は窓の外をながめながら言った。

窓からは、ちょうど西陽にしびがさしていて、病室内をオレンジ色に染めていた。

「水泳? そうやな、ええんとちゃうか」
とオレはなく答えた。

「ええやろ、水泳。 でもほんまは、水泳やなくて、サーフィンがやりたいんやけどな」
と王崎は笑いながら言った。

「ええ!サーフィンなんてこの辺ではできへんで」
とオレが言うと、
「ああ、そうや。この辺ではできへん。 だから、伊勢の海まで行くんや」
王崎は目を輝かせてそう言った。

王崎の説明では、深夜に車で伊勢まで行って、早朝からサーフィンをしようということだった。

「どや? おまえも一緒にやらへんか?」





実は王崎は、もうすでにサーフボードを買っていた。

これからサーフィンを始めようという時に、腰の怪我けがをしていたのだった。

「それでな、車も買い換えるつもりなんや。あのゴルフ、もう古いし、海に行くならやっぱ四駆よんくがええやろ? そやからもうパジェロを注文してるんや」

オレは言葉が出なかった。

あきれていた。

でも、リッチで活発な王崎がもどったのだ。

オレは呆れたけど、ちょっと嬉しくなった。

ハハハ、そうか、今度はパジェロに乗るんか。

そりゃ楽しみやな。


王崎のラジカセからは、TOTO の「ROSANNA ロザーナ 」が流れていた。

「江州田のおすすめのTOTO 、早速さっそく、レコードを買ってダビングしてみたわ」
と王崎は言った。

軽快なリズムとは裏腹に、オレはその時、複雑な笑顔をしていた。

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