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第102話「鳥田VS西園寺①『人間の底力』」

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 地下から場所は変わって地上。空はヴァンパイアが活動する夜闇に包まれている。
 ALPHA対ゼロ&モラドの一時的に結成した連合軍との対戦で普段は人が行き交い、賑わいを見せているこの東京都心のビル街では、その賑わいとは程遠い声が東京中にに響き渡っていた。
 悲鳴、憎悪、怨嗟。今まで当たり前のように繰り返してきた平和な日常の断片すら地上で発見することは出来なかった。
 
 地上でそれを起こしているヴァンパイアの一人は大群を引き連れて片手に持った人間の首をしゃぶりつき、脳や骨ごと血液を摂取している。口の周りについた人間の血液も一滴も残すまいと舌を出して口の周りを舐めて、舌先に血液を絡め取る。
 そのヴァンパイアは、もはや血液だけでは飽き足りないというようだった。しゃぶり尽くした人間を放り投げて、拳を握ってパキっと骨を鳴らした。
 そのヴァンパイアは腕の太さだけでも標準的な体型の成人男性の腰回りの太さを裕に超えている。そして、額からは角が二本生えている。

「そう言えばおっちゃん、名前聞いてなかったな。名前だけ訊いといたる、物覚えの悪いワシやけど、これからワシの胃袋に入るあんたの最期に覚えといたるわ」
 また一人、目の前でむしゃむしゃと骨付き肉でも食うように、人間を頬張るヴァンパイアにゼロの隊員一同は怒りを隠せないでいる。その人間を守ることが出来なかったことに自分たちの力不足を恨むしかなかった。

「…貴様に名乗る名前なんて無い」
 鳥田は地面に伏していた体を持ち上げながら前方の西園寺を睨みつけた。すると、西園寺は喜びを滲み出しながら言う。
「前、あんたと戦った時から思ってたんや。人間として最も強いやつの血を吸ったらワシも圧倒的な力を手に入れられるのかってな。それが、今日叶いそうでワクワクしてるわ。前回はお日様のせいで台無しにされたからのぉ」
 西園寺は天を指差してから、白い歯を見せてニッと笑う。月の位置を確認してまだまだ楽しめることを予測した。
「人間であそこまでワシを追い込んだやつは初めてや。お前とまた会えることを楽しみにしてたんやで」

 鳥田は大きな槍を杖代わりにして立ち上がり、西園寺に向かう。後方を支援する山本隊の鷹橋、木並も太陽のように輝く刀、陽鉄泉を手に鳥田に続いた。山本も光線銃グエイトの銃口を西園寺に向けて出力最大で光線を発射する。
 4対1でALPHA、No3西園寺に対峙する。しかし、まだB級隊員の木並、鷹橋は西園寺が子供と遊んでいるかのように指先を弾いただけで飛ばされていってしまう。山本が放った光線銃も軽めのやけどを作る程度で決定打にはならない。
 西園寺は弱いものから順に、木並、鷹橋を指先で振り払うと鳥田をその巨体からは考えられないほどの華麗なステップで交わして山本のもとへ向かう。咄嗟に短剣を取り出して攻撃を流そうとしたが、それでも方にもろに拳を食らって一瞬呼吸が止まるほどのダメージを受ける。アトンを着ていない生身の人間だったらこの一撃で瞬殺だっただろう。

 今度は鳥田のもとへ向かう。ゆっくりと指をポキポキ鳴らしながら準備運動は終わったとでも言うように挑むような眼差しで視線を下げて鳥田を見ている。
「邪魔は消えた。なあ、楽しもうや! おっちゃん!」
 口角が鼻の高さまで上がった西園寺は嬉々として大きな拳を鳥田に向け続ける。激しく恐ろしい連撃が鳥田を襲い攻撃を防ぐことで精一杯だった。
 ようやく西園寺の攻撃を番を終えると西園寺は両手を自分の煽るように振って「こいや!」と中腰になって構える。

 今度は鳥田の反撃が始まった。大きな槍をまるで爪楊枝でも振るように軽々と西園寺に突き続ける。それはもはや人間が行っている動作とは思えないほど、力強くて、それでいてしなやかだ。西園寺も数発体にかすめて赤い血を流した。
 ただ、その攻撃は鳥田の攻撃の威力を知りたかったからわざと受けたのか、今まで交わすのに必死そうだったのとは打って変わって、鳥田の槍を素手で掴んだ。鳥田は槍に力を込めるが西園寺は押されるどころか、のけぞることもしない。
 片手で槍を掴んで西園寺はもう片方の拳をぐっと握りしめた。鳥田は槍を手放なして逃げようとしたが遅かった。
 大きな拳が鳥田の鋼のような腹筋をいとも簡単に凹ませた。大きな腹筋に拳の形を残した鳥田は槍から手を離し、1歩2歩と後ずさる。やがて、膝から地面に付いて腹部を押さえる。口元には赤い血液が口からこぼれ落ちていた。

「今ので内蔵の1つや2つ逝ったやろ。そやろ? な?」
「…」
 興味津々に聞いてくる西園寺とは対照的に鳥田は体のあちこちに感じる激痛で顔をしかめる。西園寺の質問に答えることすら出来ない。 
 
 返事がない人間に思わず西園寺はおどけたように言う。
「おいおい、まさかこれで終わりちゃうよな? 試合は始まったばかりやでえ。もっと楽しませてくれやぁ」
 地面に伏している鳥田は手のひらを地面について、力の入らない体で、自分の体重を懸命に持ち上げる。A級隊員の山本も両脇に伸びている部下を起こして二人の肩を担いで起き上がる。山本は呆れたように笑う。

「ALPHAとかいう奴らのNo.3でこの力なのか…このままじゃあ俺たち人間は…」
 鳥田は正面の敵の方を向いて、後方にいる山本に対して言った。
「山本、部下の前で弱音を吐いてはいけないぞ。そう、優豪ゆうごに教わらなかったのか?」
「すいません。鳥田さん。でも…この状況では…」
 鳥田は一度空を見上げてから、こんな状況でも大きく、そして快活に笑ってみせる。 
「悲観するな山本。俺たちはヴァンパイアほどの生命力もなければ身体能力もない。唯一、俺たちがヴァンパイアより優れていることは人間を守るという強い志だけだ。だから、俺はこの命が続く限り、人間を守るために全力で戦う」
 大きな背中から聞こえる声に山本の目は輝きを取り戻し始める。

「だから、諦めるなんて言うなよ」 
 鳥田は胸の前で手をかざした。すると、黄色い光が鳥田の190cm以上はある体躯を超えるほどの大きさに槍の形を作った。やがて、光りに包まれていた物体は実際に触れるまで実体化していく。その槍を掴んで「さあてと」鳥田が言った。口元から流れる血液を拭い取る。そして、続ける。
「そこのヴァンパイア、」
西園寺は「ほお」と鳥田の態度に何やら期待を寄せているようだった。

 そう啖呵を切った鳥田は後方の3人に対して続けて言った。
「混血が言っていた負の感情なるもので、我々の力が増幅するわけではない。しかし、人間はか弱くそして尊いが故に生き残るために科学を発展させた」
 鳥田は手に持っている槍、そして、蛍光オレンジに輝くパワードスーツ、アトンを確かめるように自分の胸部を軽く撫でる。
「私の着ているアトンはS級隊員だけに許された機能を持っている。もっとも、S級になるにふさわしい精神力と肉体を有していなければその機能は付与されないがね」
 鳥田は手に持っていた大きな槍を勢いよく地面に突き刺した。その威力で、槍が差し込まれた地面は派手にめくれ上がる。 そして、体全体に力を込めて、発する声は次第に大きくなっていき身につけているパワードスーツのアトンが電気を帯びたように激しく輝き始めた。アトンから発せられる高エネルギーで風が起こり周囲に砂埃が立つ。
「鳥田さん体が…」
 鳥田は再び口元の血を手の甲で拭って、槍を再び持ち上げる。
「これは体力の消耗が大きい。だが、あいつを倒せるならこのぐらいなんてことないさ」

 鳥田のそして、後方にいる山本隊の3人を見た。
「前衛は私が務める。援護は任せたよ」
 山本はそれを聞くとすぐに敬礼して応えた。そして、山本の後方にいる木並と鷹橋も山本が視線を向けたときに小さくうなずいた。

「なんや、おもろそうなもん隠してたやん! やればできる子ぉ! せっかくの戦争や! 楽しまなきゃ損やでぇ!」
 西園寺は楽しそうだった。戦いたいという欲求とまだ食い足りない食欲で口元から垂らしたよだれを手の甲で拭った。

 西園寺の様子なんかどうでもいいと、鳥田は表情を1つも変えることなく、夜闇を照らす太陽のように輝くアトンは人間が認識できない程の速さで直進した。 
 山本たちの前から姿を消したと思ったその瞬間、鳥田は西園寺の目の前にいる。あまりの速さに西園寺が鳥田を認識するのが一瞬遅れた。
 弾けるような音と光を灯した大きな槍が西園寺に向けられた。西園寺は鬼化した丸太のような太い腕でその攻撃を防ごうと腕を持ち上げた。

 しかし、西園寺の攻撃は光を灯した槍には全く通用していなかった。
 鳥田が振り下ろした槍は円錐状の鋭い先端が西園寺の心臓めがけて向かっている。
 西園寺は手を開いてその槍を正面からつかもうとした。西園寺の手のひらにやりが触れた時、西園寺のグローブのように分厚くて、そして硬い皮膚は豆腐にナイフでも指すように、いとも簡単に裂けてゆく。西園寺は慌ててもう片方の手を添えたが同様に腕が裂ける。

 その腕もろとも貫通して西園寺の腹に突き刺さった。その槍は西園寺の腕の太さより太く、神経を切断されて動かなくなった太い腕が地面に力なく落ちる。

 鬼化して体が二まわり程大きくなって鳥田を見下すほどの大きさだった西園寺は、口から血を垂らし、肩から下が無くなった腕をまるであるかのように肩を内側に入れて、腹を抑えるような動作をして両膝を地面について小さくうずくまった。
 まさに形勢逆転。圧倒的な鳥田の強さを目の当たりにした、山本隊の3人は固唾をのむ。

 うずくまって痛みに耐えながら鳥田の攻撃を称えようと無理して笑う。
「へへ、何や、すごいもの持ってるやん…めっちゃ強いな自分。正直、ちょっとちびったわ」
 小さくなったALPHANo3のヴァンパイアを人間の鳥田は冷たい視線で見下す。醜い姿になったヴァンパイアに掛ける言葉はなにもない。


 勝負あり。このとき誰しもがそう思った。
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