上 下
1 / 40

1.記憶

しおりを挟む
「殿下」
 
 隣からいつもの聴き慣れた声が聞こえてくる。

「なんだ」
「まだ無理をしているのではないですか?」

 勝手知ったような表情で顔を覗き込まれ、ルイは動揺を読み取られないように必死に隠した。

「お気分が優れないのでは? 今日の剣術はおやすみしましょう。私がお運びします」
「……よい、其方のいう通り今日は休むとしよう。部屋に戻る、ついてくるな」
「っ! ですが‼︎」
「これは命令だ」
「……いいえ、聞けませぬ!」

 キッと形の良い眉が釣り上がる様子を見て、疑問が確信に変わる。
 王子たるルイの言葉は絶対だ。背くなど言語道断。だが、であるならば例え王族であっても貴族の男子の方が地位は上なのだ。

(コイツが、ギルが私が女だと疑っているのは本当だったのか……裏切る・・・というのもーー)

 胸の辺りが重くなって、息が苦しくなる。

「まぁ、いい。好きにしろ」

 ルイがやっとのことで絞り出した声と言葉は震えていた。

「殿下! やはり私がお運びします‼︎」

(そんなことをすれば、私が女だとバレてしまう)

「よいと言っている」

 ルイは動揺を悟られないように、フイと顔を背け、歩みを早めた。急いで部屋へ戻り、扉を閉める。扉の向こうでは、ギルが心配そうに立ち尽くしていたが、気づかないフリをした。

「ギルが私を裏切る……」

 ルイは、女である身を偽って男として、この国の第一王子として今まで生きてきた。
 そして、今日までその秘密は誰にもバレることなく隠し通していた。

 が、その秘密がバラされることをルイは知ってしまった。

 ーーなぜか

 理由は、ルイの頭の中に前世と呼ばれる記憶が戻ったことにある。
 神の加護があるとされる王族には時に不思議な現象が降りかかってくる。今回、ルイに起きた事も神の加護であると容易に想像がついた。

 問題なのは、その記憶の中身である。

 前世にあった本とこの世界が酷似していたのだ。本にはルイは唯一信頼を寄せていたギルに裏切られる事が載っていた。
 このままいけば、ルイは軟禁され、強制的に結婚させられる。
 最後はギルに絆され、幸せに暮らすとなっていたが、当事者のルイはその結末が気に入らなかった。

(ギルは私を裏切る。本の中ではギルは私を愛しているからこそ取った行動だと……)

 そこまで思い出して、ルイの顔がグシャリと歪む。

(たしかに、私はこの生活をよく思っていない。だが、……ココは現実だ。小説みたいに綺麗に収まるわけがない。周りはどうなる? 私が女だと知っていて黙っていた人々は?)

「ーー女は、殺されるだろうな」

 ポツリとルイは低い声で呟いた。

 この国は男尊女卑が顕著だ。
 本の中でも仮にも王女であるはずのルイがギルによって軟禁されていても、なにも言及されていなかった。
 しかも、女と見破った功績にルイをギルに下賜したほどである。本にはギルがルイを引き取らなければルイは殺されていたと書いてあった。

(さも、ギルが心優しいように書いてあったが、そもそもの話、アイツがバラさなければよかった話だ)

 男女平等など、あったものではない。

(ギルはまだ私が女だとバラさない。今はまだ疑っているだけ……1年後にギルは動く。猶予はまだある)
 
 ようは、ギルにルイが男であると疑わないような何かを示せばいい。

「なってやろうではないか。本物の男とやらに」

 高く結えられている金髪を無造作に手にとるルイ。これは、ルイが女を捨てることへの未練ゆえに残したものだった。だが、たった今それは消え失せた。

(女を連想させるモノは排除する。これはその第一歩だ)

 シャッと護身用に持っていた短剣を抜き取り、徐に髪を切り落としていく。

「なかなか、いいんじゃないか?」

 切り終えて、鏡を覗けばそこには先程のような少し可愛らしい雰囲気のルイはいない。代わりに、どこか精悍さの加わった、少年が映り込んでいた。

「髪だけでここまで変わるとは……ふふっ、朝が楽しみだ」

 ニヤリと笑みを浮かべたルイは満足げな様子で寝台に寝転んだのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

悪役公爵令嬢のご事情

あいえい
恋愛
執事であるアヒムへの虐待を疑われ、平民出身の聖女ミアとヴォルフガング殿下、騎士のグレゴールに詰め寄られたヴァルトハウゼン公爵令嬢であるエレオノーラは、釈明の機会を得ようと、彼らを邸宅に呼び寄せる。そこで明された驚愕の事実に、令嬢の運命の歯車が回りだす。そして、明らかになる真実の愛とは。 他のサイトにも投稿しております。 名前の国籍が違う人物は、移民の家系だとお考え下さい。 本編4話+外伝数話の予定です。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

処理中です...