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1.記憶
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「殿下」
隣からいつもの聴き慣れた声が聞こえてくる。
「なんだ」
「まだ無理をしているのではないですか?」
勝手知ったような表情で顔を覗き込まれ、ルイは動揺を読み取られないように必死に隠した。
「お気分が優れないのでは? 今日の剣術はおやすみしましょう。私がお運びします」
「……よい、其方のいう通り今日は休むとしよう。部屋に戻る、ついてくるな」
「っ! ですが‼︎」
「これは命令だ」
「……いいえ、聞けませぬ!」
キッと形の良い眉が釣り上がる様子を見て、疑問が確信に変わる。
王子たるルイの言葉は絶対だ。背くなど言語道断。だが、女であるならば例え王族であっても貴族の男子の方が地位は上なのだ。
(コイツが、ギルが私が女だと疑っているのは本当だったのか……裏切るというのもーー)
胸の辺りが重くなって、息が苦しくなる。
「まぁ、いい。好きにしろ」
ルイがやっとのことで絞り出した声と言葉は震えていた。
「殿下! やはり私がお運びします‼︎」
(そんなことをすれば、私が女だとバレてしまう)
「よいと言っている」
ルイは動揺を悟られないように、フイと顔を背け、歩みを早めた。急いで部屋へ戻り、扉を閉める。扉の向こうでは、ギルが心配そうに立ち尽くしていたが、気づかないフリをした。
「ギルが私を裏切る……」
ルイは、女である身を偽って男として、この国の第一王子として今まで生きてきた。
そして、今日までその秘密は誰にもバレることなく隠し通していた。
が、その秘密がバラされることをルイは知ってしまった。
ーーなぜか
理由は、ルイの頭の中に前世と呼ばれる記憶が戻ったことにある。
神の加護があるとされる王族には時に不思議な現象が降りかかってくる。今回、ルイに起きた事も神の加護であると容易に想像がついた。
問題なのは、その記憶の中身である。
前世にあった本とこの世界が酷似していたのだ。本にはルイは唯一信頼を寄せていたギルに裏切られる事が載っていた。
このままいけば、ルイは軟禁され、強制的に結婚させられる。
最後はギルに絆され、幸せに暮らすとなっていたが、当事者のルイはその結末が気に入らなかった。
(ギルは私を裏切る。本の中ではギルは私を愛しているからこそ取った行動だと……)
そこまで思い出して、ルイの顔がグシャリと歪む。
(たしかに、私はこの生活をよく思っていない。だが、……ココは現実だ。小説みたいに綺麗に収まるわけがない。周りはどうなる? 私が女だと知っていて黙っていた人々は?)
「ーー女は、殺されるだろうな」
ポツリとルイは低い声で呟いた。
この国は男尊女卑が顕著だ。
本の中でも仮にも王女であるはずのルイがギルによって軟禁されていても、なにも言及されていなかった。
しかも、女と見破った功績にルイをギルに下賜したほどである。本にはギルがルイを引き取らなければルイは殺されていたと書いてあった。
(さも、ギルが心優しいように書いてあったが、そもそもの話、アイツがバラさなければよかった話だ)
男女平等など、あったものではない。
(ギルはまだ私が女だとバラさない。今はまだ疑っているだけ……1年後にギルは動く。猶予はまだある)
ようは、ギルにルイが男であると疑わないような何かを示せばいい。
「なってやろうではないか。本物の男とやらに」
高く結えられている金髪を無造作に手にとるルイ。これは、ルイが女を捨てることへの未練ゆえに残したものだった。だが、たった今それは消え失せた。
(女を連想させるモノは排除する。これはその第一歩だ)
シャッと護身用に持っていた短剣を抜き取り、徐に髪を切り落としていく。
「なかなか、いいんじゃないか?」
切り終えて、鏡を覗けばそこには先程のような少し可愛らしい雰囲気のルイはいない。代わりに、どこか精悍さの加わった、少年が映り込んでいた。
「髪だけでここまで変わるとは……ふふっ、朝が楽しみだ」
ニヤリと笑みを浮かべたルイは満足げな様子で寝台に寝転んだのだった。
隣からいつもの聴き慣れた声が聞こえてくる。
「なんだ」
「まだ無理をしているのではないですか?」
勝手知ったような表情で顔を覗き込まれ、ルイは動揺を読み取られないように必死に隠した。
「お気分が優れないのでは? 今日の剣術はおやすみしましょう。私がお運びします」
「……よい、其方のいう通り今日は休むとしよう。部屋に戻る、ついてくるな」
「っ! ですが‼︎」
「これは命令だ」
「……いいえ、聞けませぬ!」
キッと形の良い眉が釣り上がる様子を見て、疑問が確信に変わる。
王子たるルイの言葉は絶対だ。背くなど言語道断。だが、女であるならば例え王族であっても貴族の男子の方が地位は上なのだ。
(コイツが、ギルが私が女だと疑っているのは本当だったのか……裏切るというのもーー)
胸の辺りが重くなって、息が苦しくなる。
「まぁ、いい。好きにしろ」
ルイがやっとのことで絞り出した声と言葉は震えていた。
「殿下! やはり私がお運びします‼︎」
(そんなことをすれば、私が女だとバレてしまう)
「よいと言っている」
ルイは動揺を悟られないように、フイと顔を背け、歩みを早めた。急いで部屋へ戻り、扉を閉める。扉の向こうでは、ギルが心配そうに立ち尽くしていたが、気づかないフリをした。
「ギルが私を裏切る……」
ルイは、女である身を偽って男として、この国の第一王子として今まで生きてきた。
そして、今日までその秘密は誰にもバレることなく隠し通していた。
が、その秘密がバラされることをルイは知ってしまった。
ーーなぜか
理由は、ルイの頭の中に前世と呼ばれる記憶が戻ったことにある。
神の加護があるとされる王族には時に不思議な現象が降りかかってくる。今回、ルイに起きた事も神の加護であると容易に想像がついた。
問題なのは、その記憶の中身である。
前世にあった本とこの世界が酷似していたのだ。本にはルイは唯一信頼を寄せていたギルに裏切られる事が載っていた。
このままいけば、ルイは軟禁され、強制的に結婚させられる。
最後はギルに絆され、幸せに暮らすとなっていたが、当事者のルイはその結末が気に入らなかった。
(ギルは私を裏切る。本の中ではギルは私を愛しているからこそ取った行動だと……)
そこまで思い出して、ルイの顔がグシャリと歪む。
(たしかに、私はこの生活をよく思っていない。だが、……ココは現実だ。小説みたいに綺麗に収まるわけがない。周りはどうなる? 私が女だと知っていて黙っていた人々は?)
「ーー女は、殺されるだろうな」
ポツリとルイは低い声で呟いた。
この国は男尊女卑が顕著だ。
本の中でも仮にも王女であるはずのルイがギルによって軟禁されていても、なにも言及されていなかった。
しかも、女と見破った功績にルイをギルに下賜したほどである。本にはギルがルイを引き取らなければルイは殺されていたと書いてあった。
(さも、ギルが心優しいように書いてあったが、そもそもの話、アイツがバラさなければよかった話だ)
男女平等など、あったものではない。
(ギルはまだ私が女だとバラさない。今はまだ疑っているだけ……1年後にギルは動く。猶予はまだある)
ようは、ギルにルイが男であると疑わないような何かを示せばいい。
「なってやろうではないか。本物の男とやらに」
高く結えられている金髪を無造作に手にとるルイ。これは、ルイが女を捨てることへの未練ゆえに残したものだった。だが、たった今それは消え失せた。
(女を連想させるモノは排除する。これはその第一歩だ)
シャッと護身用に持っていた短剣を抜き取り、徐に髪を切り落としていく。
「なかなか、いいんじゃないか?」
切り終えて、鏡を覗けばそこには先程のような少し可愛らしい雰囲気のルイはいない。代わりに、どこか精悍さの加わった、少年が映り込んでいた。
「髪だけでここまで変わるとは……ふふっ、朝が楽しみだ」
ニヤリと笑みを浮かべたルイは満足げな様子で寝台に寝転んだのだった。
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