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番外編

ルーナ

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「ルーナ、年頃の女の子がそんな格好して!」

 ジャブジャブとスカートを捲り上げて川で魚を取っていたルーナは声がした方を振り返った。

「お母さん! 待ってね、今捕まえるから!」

「何言ってるの。そんなことしなくてもいいから、ほら、さっさと来なさい!」

 しかし、久しぶりの大物が取れそうな予感に、ルーナはガンとして首を縦にふらなかった。

「ダメよ! 私の勘は当たるんだから!」

 ザブンッと、とうとう頭から水に潜ってしまった娘に母は悲鳴をあげた。

「やめてちょうだい! 今すぐ来て欲しかったのに‼︎」

「ほらぁ!!!!」

 母親の悲鳴をものともせず、ルーナは両手で抱えるほどの大きな魚を捕まえてみせた。

「ね? 私の勘は凄いのよ!」

「ルーナ……」

 この時ばかりは母はあまりにも奔放に娘を育てた事を後悔した。

「娘さんはどこですか?」

「あ、ちょ、ま……」

 後ろから聞こえた声に、母は焦る。

「い、今、川で水浴びをしているみたいで……もう少しお待ちください」

「水浴び? 虎族の方は水が苦手では?」

 段々と近づいてくる声に、ルーナの母の顔は可哀想なくらいに青褪めた。

「お母さーーーーーん! いつもみたいに褒めてよーーーーー!!!!」

「あ……」

 追い討ちをかけるかの様に、あたりに響く娘の声。いつもなら、娘に笑顔で礼をいう母だったが、今回ばかりはそんな余裕もなかった。何故ならーー

「ふふっ、いい声ですね」

「あ……娘はお転婆なもので」

 そこが好きなんです。そう、満面の笑みを浮かべて言う男性こそ娘を番だという龍族だったからだ。

「あれ? お母さん誰この人」

「お久しぶりです。私の名前はクリミナスと言います」

「お久しぶり? 私、あなたに会ったことあるっけ?」

 初対面ではないらしいが、娘は覚えておらず挙げ句の果てには敬語なしで話しかける娘に母は卒倒しかけた。

「小さい頃に私にこの布をくれた事を覚えていますか?」

 そう言って男性から見せられた可愛らしいハンカチにルーナはハッとした。当時お気に入りだったハンカチを倒れていた人にあげたことを思い出したのだ。

 確かに、よくよく見ればボンヤリとだが目の前にいる人にその面影があるような……

「倒れてた人?」

「ええ、倒れていた人です」

「エーーーー!!!! 全然年取ってないのね!」

「龍ですから」

 にっこりと微笑む目の前の男性に、ルーナは目を見開きマジマジとその顔を眺めた。母はそんな娘を諦めの境地で眺めていた。

「龍族のお方がどうしてここに?」

 ルーナはもっともな質問をした。そんなルーナを見つめるクリミナスの笑みが深くなる。

「貴女に求婚をしに参りました」

「はいぃ!?」

 跪き、ルーナの手をとる様はまさに物語の王子様。ルーナは突然の出来事にポカンと呆気に取られて固まってしまう。

「貴女は私の番です。成人するまで待ってくれと言われたので……お返事を聞かせていただけますか?」

「あ、え? でも、私、虎族……」

 切れ切れになりながら口にした言葉に、クリミナスはホッとした。虎族の王が過去、龍族に対して働いた所業は今でも深い爪痕を残している。

「それがどうしましたか? 貴女は私を助けてくださいました」

 ルーナの手を握って微笑めば、恐る恐ると言った様子で小さな手が握り返してくる。

「私と結婚してくださいますか?」

「ーーーーーはい」

 コクンと小さく頷いたルーナに、クリミナスはたまらず抱き寄せた。

 長かった、というのがクリミナスの心境だ。クリミナスがルーナが番だと分かったのはアレから5年後。

 当時、政治の要である王や貴族達が全員いなくなったことで混乱する虎族の国。その国を再建する為に送られた。その時に、ちょうど調査で下町を歩いていたクリミナスの近くを成長したルーナが通り過ぎたのだ。

 それでルーナがクリミナスの番であることが発覚したのだ。

 まだルーナが幼すぎて番と認識できなかったのではないかと医者から言われたが、認識した時のルーナの年齢は7歳だった。

 それからは、ルーナの家に行き番のことを話した。今すぐにでも迎えに行きたいが、ルーナの両親からせめて成人するまで待ってくれということだったので今まで待っていたのだ。

「く、苦しい……」

「あぁ、すみません」

 パッと離れた温もりにクリミナスは残念に思った。しかし、顔を赤くして手でパタパタと仰いで冷まそうとしているルーナの様子を見てその気持ちは霧散する。

「他種族の方は番というものが分からないと聞きます。ゆっくりでいいので貴女と、ルーナと寄り添っていけると嬉しいです」

「お手柔らかにお願いします」

「こちらこそ」

 はにかみながらクリミナスに抱きつくルーナ。幸せそうな雰囲気の2人の足元で、ビッチビッチと跳ねる魚。

 束縛を嫌う娘があっさりとプロポーズを受け入れたことに少しびっくりしたルーナ母だったが、甘々な空気を醸し出す2人に少し笑ってルーナがくれた魚を持って家に戻った。

「今日は腕を振るわなくちゃね」

 ビクッと籠の中の魚が怯えた様に跳ねた。
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