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本編

ルンガ

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 先程まで嫌悪感たっぷりにユーベルト様を睨みつけていたアイリーン様が、術をかけ終えた後はまるで正反対の感情をユーベルト様に表していたことに、驚きと共に複雑な感情を抱いた。

 自分の母もあのようにして妃にされたのかと。

 知識として知っていることと、実際に見るものではまるで違った。とても残酷だったのだ。

 ルンガは、龍の因子持ちということで継承権はなかった。だが、生活に困ることもなく優しい父と母に育てられた。そう、今までは思っていたのだ。

「母が寝る間際に涙を流していたのは……」

 今、目の前で術を受けたアイリーン様は意識を失っているのに苦しみ涙を零していた。

 母のその表情がアイリーン様のそれととても似ていたのだ。

『あ、あぁ、なんで?』

  困惑したアイリーン様の声が聞こえる。

 術によって書き換えられた愛の対象。無意識の抵抗は本人を苦しめ、また、ユーベルト様はそれを楽しんでおられた。

「アイリーン様の事をどう思っておいでで?」

「愛している。それこそ、アイリーンの全てをな。この苦しみに喘ぐ表情も全てーー」

 うっとりとした顔で術の影響で、記憶と認識の齟齬に苦しむアイリーンを眺めていらっしゃったユーベルト様を見た瞬間、悪寒と共に額に脂汗が浮かんだ。

 今まで、龍の番を虎族の王が攫って妃にすることになんの感慨も抱かなかった。何故なら、自分の母がそれだったから。でも、考えてみれば父が死ぬと母も後を追う様に死んだ。

 母は龍族だったが、龍と虎との寿命は何倍も違うのにである。

 それは、寿命を削るほど母が苦しんだせいではなかったのか?

「ハハ、なんと馬鹿げた妄想を」

 ユーベルト様ひいては王族全員を疑う己の性格の悪さにルンガは苦笑いをして嫌な妄想を取り払った。

 しかし、取り払ったはずの妄想は僅かにルンガの頭に巣食っていた。

「っ!」

 だから、アイリーン様に手を出そうとしたユーベルトを止め、何らかの影響で術の効果が切れたらしいアイリーン様の事をユーベルト様に知らせなかった。

 わたくしめは、虎族失格ですなぁ。

 目の前には怒り狂った龍がいる。歴代の王の中で最強と謳われたユーベルト様ですから真正面から挑めば指一本でねじ伏せたその強さは異常だった。

 まだその場で殺されないことがましかのう。

 ヒッヒッと引き攣る己の喉に何という音を出しているのだと、心の中で笑った。その後、ルンガは抵抗する間も無くユーベルトと共に龍に捕らえられた。

「アイリーンがルンガに助けられたと言っている」

 商売の際に見た顔とは正反対の冷酷な顔をしたルベリオスに、ルンガは笑みを浮かべた。

「何のことやら、わたくしめはユーベルト様にアイリーン様のお名前を教えた張本人ですぞ」

「そうか。なら、ユーベルトと同様の刑に処す」

 ルベリオス様はよくわかっていらっしゃる。そうだ、わたくしめはユーベルト様を窮地に追いやった裏切り者。ユーベルト様、申し訳ございません。逝く時は一緒です。今度こそ、地獄の底までお供しますぞーー
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