上 下
39 / 52
本編

26

しおりを挟む

「逃げただと?」

 物抜けの殻になった宿の部屋を見て、ユーベルトは唖然とした。てっきり寝ているのかと思って寝室へもいってみたが、いる気配はない。

「ーーまさか」

 そうつぶやいて、ユーベルトは懐にあった箱を取り出した。案の定、それはヒビが入っていた。

 何故だ? 数百年もの間、壊れたという話は聞いたことがないぞ?
 
 だが、古い道具だ。もしかするとガタが来ていたのかもしれない。

「とすると、あの匂いは……」

 そう呟いてユーベルトは瞠目した。あの時、歩いていて感じたアイリーンの匂いは気のせいではなかったのか、と。

 アイリーンを攫う時に連れてきた虎族達はすでに国に帰している。

 ーーーー私達だけでは狭いとはいえ探すのは難しい。

「ルンガ、女王への謁見を急ぎ行う」

「え? 明日では?」

「なぜかは分からないがアイリーンが逃げた」

 羊族は虎族の所謂属国のような扱いの国だ。だから、頼めば探すだろう。いや、探さないという選択肢は潰す。

「虎族の王がいると言えば通るはずだ」

「分かりました」

 予想通り、すんなりと城に入れた。

「今は王は外出中ですので、しばらくお待ちください」

 羊族はカラクリというものに精通しているらしい。不思議な機会のようなもので連絡を取り合っている。

「便利だな」

「ええ」

 帰りにもらって帰ろうか、そう考えていたユーベルトだったが、女王が帰ってきたという知らせを聞いて思考を改めた。

「失礼する」

「なっ!?」

「久しぶりだねぇ、ユーベルト様」

「ルンガ、不味い。逃げるぞ」

 入ってきたのは、今最も会いたくない人物。龍だった。隣にいるのは羊族の女王だ。

「貴様、謀ったな!?」

 虎の姿に変化して、睨みつける。グルルル……と低い唸り声がユーベルトのから響いた。

「謀る? あははは、何をおっしゃって? 謀るなんて」

 突然笑いこけ始めたルリに、その場の皆がポカンを口を開けた。

「はぁ、面白いねぇ。謀るってのは仕組む事だろう? 私は・・・謀ってないよ」

「何を⁉︎ 龍がここにいる時点でそうだろう!」

「はぁ、全く。救いようがない」

 頭を振ったルリがルベリオスへと視線を向ける。次はお前が説明しろと言わんばかりの目線に、ルベリオスはため息を吐いて口を開いた。

我も・・謀ってはいないぞ。アイリーンがこの国にいたのは知っていたが、お前がここに来ることなど知らなかった」

「なっ!?」

「所謂"運命"ってやつだねぇ」

 感心したように嘆息するルリ。今は女王に相応しい服を着ているが、仕草そのものは下町の商人のような振る舞い。しかし、何故かそれがルリの美しさを底上げしていた。

「はっ運命など、あるわけがないだろう」
 
「それがあるんだよ。私も驚いている。ちなみに、帰ろうとした私に声をかけのはリンという女の子だったよ」

「それがどうした?」

 にんまりと笑うルリに、ユーベルトはだんだん気味が悪くなってきた。

 なんだコイツは。あのいつも従順な姿とはかけ離れているではないか。

「リンはアイリーンだよ」

「なん……だとぉ?」

 ならば、この城にアイリーンはいるのか。

「なぜ私の元へ来ない」

「我の元へは来たぞ? 貴様は逃げられたのであろう? 2度も我の番に手を出して……」

「うっ!?」

 それまで静かだったルベリオスの周囲に尋常じゃない魔力が溢れ出す。


「はいはい、落ち着きな。さて、ユーベルト様。あんた、"トリバコ"を持っているね?」

「なんのことだ」

 ギンっとユーベルトを睨みつけるルリは、先程とは違い剣呑な表情をしていた。

 羊族は温厚だ、従順な種族だ、とバカにしていたユーベルトは自分が若干たじろんでしまった事に驚き、屈辱を感じた。

「長年、探していたんだ。知っていたかい? 私たちは魔法が使えない代わりに、術を使う。カラクリだと思っているのは全て私たちの術を施したものなんだよ」

 歌うように告げられた言葉に、ユーベルトは目を見開いた。

「まぁ、好奇心でね負の遺産が出来ることもある。ユーベルト様、あんたが持っている"トリバコ"は、その代表例だよ。負の遺産ってのは誰も見向きもしない。それなのに、いつの間にか処分するはずのトリバコが無くなったらしい」

 ギロリと睨まれる。

「アイリーンが教えてくれたぞ」

 先程の荒ぶりが嘘のように静かにルベリオスが告げた。

 ダラダラと冷や汗がユーベルトの背に流れる。

 まさか、あの箱は祖先が作ったものだと聞いていたが……確かにあの様な奇怪な箱など虎族は作れーーーーいや、待て。認めれば虎族全体の過失になってしまう。それに、番が王族だとは聞いていたが、王とは!

 この不味い状況に、急速にユーベルトの頭が回転する。どうすれば、この状況から逃げられるか? 

 だが、龍の番という盾が無くなった今、ユーベルトに抗う術はもうない。あの魔法を無効化する道具・・・・・・・・・・・も、よほど高度な魔法だったのか一瞬で砕けてしまった。

「待て、私はトリバコというものが何かは知らん。仮にだが、仮に私がアイリーンにそれを使ったとしよう。ならば、なぜアイリーンはソレから逃れている? おかしいだろう」

 たしかに、そうだ。だが、龍族は魂を見ることができる。

「アイリーンは前世持ちだ」

「なっ!?」

 得意げだったユーベルトの顔はサッと青ざめた。

「へぇ、じゃあ加護持ちかい?」

「そうだ」

 頷くルベリオス。

「加護持ちだと? それならば、1人にしなかったのに……」

「加護持ち……」

 ユーベルトと後ろで静かに震えていたルンガは、呆然としたように呟いた。

加護持ちならあの美しさも納得だ。アレを手に入れれば、一生の繁栄が約束される。それに、私がアイリーンを捕まえてしまえばトカゲは何もできない。

 ギラリとユーベルトの目が光り、窓から飛び出そうとする。もちろん、この城にいるはずのアイリーンを捕らえるためだ。

 ユーベルトの瞳は屈辱と怒りにまみれていた。可愛さ余って憎さ百倍。

 捕まえたら足の腱を切って閉じ込める。完璧でなくていい、心は壊して私がいないと生きていけない様にしてやる!

 そんなユーベルトをルベリオスはユーベルトと怒りを上回る憎悪を持って見ていた。

「逃さんぞ」

 そう低い声で呟いたルベリオスは、背後にいたもの達に目で合図を送った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【ルリについて】

 肌が白く漆黒の髪を持っている。
 
 イメージはカッコいいお姉さんだけど、着飾ったら花魁のようにキリッとした美女に変身する。

 角は太く、グルリと2周回った立派な角で、普通の羊族達の角はクルンと1周回ったくらいの茶色い角。

 ちなみに、ルリ女王の角の色は純白です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

卍(まんじ)「中学生の学校でのエッチな恋愛小説」

浅野浩二
恋愛
中学生の学校でのエッチな恋愛小説。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【完結】あの子の代わり

野村にれ
恋愛
突然、しばらく会っていなかった従姉妹の婚約者と、 婚約するように言われたベルアンジュ・ソアリ。 ソアリ伯爵家は持病を持つ妹・キャリーヌを中心に回っている。 18歳のベルアンジュに婚約者がいないのも、 キャリーヌにいないからという理由だったが、 今回は両親も断ることが出来なかった。 この婚約でベルアンジュの人生は回り始める。

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

処理中です...