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本編

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「逃げただと?」

 物抜けの殻になった宿の部屋を見て、ユーベルトは唖然とした。てっきり寝ているのかと思って寝室へもいってみたが、いる気配はない。

「ーーまさか」

 そうつぶやいて、ユーベルトは懐にあった箱を取り出した。案の定、それはヒビが入っていた。

 何故だ? 数百年もの間、壊れたという話は聞いたことがないぞ?
 
 だが、古い道具だ。もしかするとガタが来ていたのかもしれない。

「とすると、あの匂いは……」

 そう呟いてユーベルトは瞠目した。あの時、歩いていて感じたアイリーンの匂いは気のせいではなかったのか、と。

 アイリーンを攫う時に連れてきた虎族達はすでに国に帰している。

 ーーーー私達だけでは狭いとはいえ探すのは難しい。

「ルンガ、女王への謁見を急ぎ行う」

「え? 明日では?」

「なぜかは分からないがアイリーンが逃げた」

 羊族は虎族の所謂属国のような扱いの国だ。だから、頼めば探すだろう。いや、探さないという選択肢は潰す。

「虎族の王がいると言えば通るはずだ」

「分かりました」

 予想通り、すんなりと城に入れた。

「今は王は外出中ですので、しばらくお待ちください」

 羊族はカラクリというものに精通しているらしい。不思議な機会のようなもので連絡を取り合っている。

「便利だな」

「ええ」

 帰りにもらって帰ろうか、そう考えていたユーベルトだったが、女王が帰ってきたという知らせを聞いて思考を改めた。

「失礼する」

「なっ!?」

「久しぶりだねぇ、ユーベルト様」

「ルンガ、不味い。逃げるぞ」

 入ってきたのは、今最も会いたくない人物。龍だった。隣にいるのは羊族の女王だ。

「貴様、謀ったな!?」

 虎の姿に変化して、睨みつける。グルルル……と低い唸り声がユーベルトのから響いた。

「謀る? あははは、何をおっしゃって? 謀るなんて」

 突然笑いこけ始めたルリに、その場の皆がポカンを口を開けた。

「はぁ、面白いねぇ。謀るってのは仕組む事だろう? 私は・・・謀ってないよ」

「何を⁉︎ 龍がここにいる時点でそうだろう!」

「はぁ、全く。救いようがない」

 頭を振ったルリがルベリオスへと視線を向ける。次はお前が説明しろと言わんばかりの目線に、ルベリオスはため息を吐いて口を開いた。

我も・・謀ってはいないぞ。アイリーンがこの国にいたのは知っていたが、お前がここに来ることなど知らなかった」

「なっ!?」

「所謂"運命"ってやつだねぇ」

 感心したように嘆息するルリ。今は女王に相応しい服を着ているが、仕草そのものは下町の商人のような振る舞い。しかし、何故かそれがルリの美しさを底上げしていた。

「はっ運命など、あるわけがないだろう」
 
「それがあるんだよ。私も驚いている。ちなみに、帰ろうとした私に声をかけのはリンという女の子だったよ」

「それがどうした?」

 にんまりと笑うルリに、ユーベルトはだんだん気味が悪くなってきた。

 なんだコイツは。あのいつも従順な姿とはかけ離れているではないか。

「リンはアイリーンだよ」

「なん……だとぉ?」

 ならば、この城にアイリーンはいるのか。

「なぜ私の元へ来ない」

「我の元へは来たぞ? 貴様は逃げられたのであろう? 2度も我の番に手を出して……」

「うっ!?」

 それまで静かだったルベリオスの周囲に尋常じゃない魔力が溢れ出す。


「はいはい、落ち着きな。さて、ユーベルト様。あんた、"トリバコ"を持っているね?」

「なんのことだ」

 ギンっとユーベルトを睨みつけるルリは、先程とは違い剣呑な表情をしていた。

 羊族は温厚だ、従順な種族だ、とバカにしていたユーベルトは自分が若干たじろんでしまった事に驚き、屈辱を感じた。

「長年、探していたんだ。知っていたかい? 私たちは魔法が使えない代わりに、術を使う。カラクリだと思っているのは全て私たちの術を施したものなんだよ」

 歌うように告げられた言葉に、ユーベルトは目を見開いた。

「まぁ、好奇心でね負の遺産が出来ることもある。ユーベルト様、あんたが持っている"トリバコ"は、その代表例だよ。負の遺産ってのは誰も見向きもしない。それなのに、いつの間にか処分するはずのトリバコが無くなったらしい」

 ギロリと睨まれる。

「アイリーンが教えてくれたぞ」

 先程の荒ぶりが嘘のように静かにルベリオスが告げた。

 ダラダラと冷や汗がユーベルトの背に流れる。

 まさか、あの箱は祖先が作ったものだと聞いていたが……確かにあの様な奇怪な箱など虎族は作れーーーーいや、待て。認めれば虎族全体の過失になってしまう。それに、番が王族だとは聞いていたが、王とは!

 この不味い状況に、急速にユーベルトの頭が回転する。どうすれば、この状況から逃げられるか? 

 だが、龍の番という盾が無くなった今、ユーベルトに抗う術はもうない。あの魔法を無効化する道具・・・・・・・・・・・も、よほど高度な魔法だったのか一瞬で砕けてしまった。

「待て、私はトリバコというものが何かは知らん。仮にだが、仮に私がアイリーンにそれを使ったとしよう。ならば、なぜアイリーンはソレから逃れている? おかしいだろう」

 たしかに、そうだ。だが、龍族は魂を見ることができる。

「アイリーンは前世持ちだ」

「なっ!?」

 得意げだったユーベルトの顔はサッと青ざめた。

「へぇ、じゃあ加護持ちかい?」

「そうだ」

 頷くルベリオス。

「加護持ちだと? それならば、1人にしなかったのに……」

「加護持ち……」

 ユーベルトと後ろで静かに震えていたルンガは、呆然としたように呟いた。

加護持ちならあの美しさも納得だ。アレを手に入れれば、一生の繁栄が約束される。それに、私がアイリーンを捕まえてしまえばトカゲは何もできない。

 ギラリとユーベルトの目が光り、窓から飛び出そうとする。もちろん、この城にいるはずのアイリーンを捕らえるためだ。

 ユーベルトの瞳は屈辱と怒りにまみれていた。可愛さ余って憎さ百倍。

 捕まえたら足の腱を切って閉じ込める。完璧でなくていい、心は壊して私がいないと生きていけない様にしてやる!

 そんなユーベルトをルベリオスはユーベルトと怒りを上回る憎悪を持って見ていた。

「逃さんぞ」

 そう低い声で呟いたルベリオスは、背後にいたもの達に目で合図を送った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【ルリについて】

 肌が白く漆黒の髪を持っている。
 
 イメージはカッコいいお姉さんだけど、着飾ったら花魁のようにキリッとした美女に変身する。

 角は太く、グルリと2周回った立派な角で、普通の羊族達の角はクルンと1周回ったくらいの茶色い角。

 ちなみに、ルリ女王の角の色は純白です。
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