上 下
47 / 52
本編

32

しおりを挟む
 あり得ない、おかしい。あの豚があんな綺麗になるはずがない。何故ならローンは丸々太った豚をこの目で見たからだ。魔法・・などこの国に使える人はいない。とすれば、さては、人を雇って俺と婚約破棄しようとしているのか。

「ははは、ご冗談を。私はアイリーンと婚約していますが、貴女はアイリーンではないでしょう」

「まぁ、信じないのですか?」

 指摘しても、動揺した様子もなく、むしろますますリラックスした様子で話す美女。それを見て、ローンは次第に本当に目の前の美女がアイリーンなのかと疑い始めた。

 もし、この女がアイリーンなら好都合だ。こんな美女になるなんてな。俺が手離すわけないだろう。

 もとより、アイリーンの能力は買っていた。見た目も改善されたなら手放すわけにはいかない。

 そう、心の中で息巻いていたローンだったが、自分が過去にアイリーンと何を約束していたのかがすっぽりと抜けていた。

「ローン様。私は貴方と婚約破棄をしてもらいたくて来たの」

「そんな、何故ですか?」

 瞳に熱を込めて、悲しげにアイリーンを見つめるローン。

 こうすれば、大抵の女は堕ちた。アイリーンも元はと言えば俺に惚れてたんだ。これぐらいすれば堕ちるだろ。

 今や至宝とも言えるほどの美女になったアイリーンをローンは手放す気は微塵もなかった。

「ふふっ、おかしなことをおっしゃるのね? 私は貴方が他の女性と仲良くしていらしたのを何度も見たわ。そのうちの1人は一緒に生活しておられるのでしょう? なぜ、私が恋人のいる方の妻にならなければならないのです?」

 一夫一妻制であるこの国で、愛人を持つことは表面上良くないこととされている。貴族は暗黙の了解で愛人を持っていたりするが、それでも婚約中は婚約者の顔を立てるものだ。

「うそっ!?」

 バッと横にいた貴族令嬢が離れていくのが見えた。

 (は? 裏ではみんなやっていることだろ)

 今更何を言ってるんだと言う目でアイリーンを見るローンは周囲の避難するような目線に気づいていなかった。

「それから、貴方は私にこうおっしゃいましたよね?」

"相手ができたなら破棄してやるよ"

ーーと。

 その言葉に、シンと周囲が静まり返った。何故なら、ローンはアイリーンに無理矢理婚約させられていたと噂になっていたから。噂と違うではないかと、鋭い視線がローンへと向けられる。

 っ! クソッ!!!!

 気づいた時には、ローンの周りには誰もいなかった。事実の正誤は関係ない。ローンよりもアイリーンについた方が益があると考えた者が多かったから。虐められていたとはいえ、ローンよりもアイリーンの方が家の格は高いのだ。

「……、だけど、貴女の隣には誰もいない。相手などいないじゃないか」

 苦し紛れの一言。クッとアイリーンの口角が持ち上がった。

「いますわ」

「あぁ、ここにな」

「はっ!?」

 現れたのは褐色の肌をした彫りの深い男性。整った顔立ちはいざ知らず、濡羽色の長髪に黒曜石のような美しい黒い瞳を持っていた。

 あれは、龍!?

 滅多に人族の前には現れないとされる龍。目の前の男はその龍にそっくりだった。

「アイリーンは我の伴侶だ。さっさと婚約破棄してくれぬか?」

「まあ……」

 何よりも気に入らないのが、男を見てアイリーンが頬を染めていることだ。

 自分よりも整った顔立ち。アイリーンは顔で伴侶を選んだのか!? 自分のことは棚に上げて、ローンは怒り狂っていた。こうなれば、なんとしてでも婚約破棄を阻止してやる! そう息巻いた。

「失礼ですが、貴方様はこの国の方ではないようで。人の婚約者に手を出すとは一体どういうことか?」

「ローン様、この方は龍國の王です」

 近くの使用人に耳元で囁かれ、ローンはギョッとした。龍族の王がこちらに来ているなど、そんな情報うわさ1つも無かったじゃないかと。

「え?」

 ポカンと目の前の男を見るローン。

 一部の貴族達・・・・・・も呆気に取られたように2度目のポカンを披露していた。

 龍王、決して逆らってはならずこの国の誰よりも偉い存在。ローンの行いは、それこそ万死に値する。

「ははは、アイリーンの言った通り、面白いことになったな。先程の無礼は許してやろう。そこの者、婚約破棄に同意するか?」

「は、はい……」

 へたり込んだローンに、かつて豚と蔑んでいた美しい女性が近寄った。

「どうぞ、お幸せに」

「っ!」

 清廉で美しい笑みを浮かべた龍王の伴侶は、幸せそうな笑みを浮かべて龍王の腕に抱かれ退場していった。残されたのは、未来の伴侶に無礼を働いた愚か者達。

 アイリーンへと行き過ぎた暴行を加えた貴族達は軒並み降格となった。貴族ではあるものの、王に目を受けられてしまった為に、将来は明るくない。

 ローンはといえば、我に帰ってアイリーン如きにやられた事が気に入らなかったらしくアイリーンの実家に恋人を連れて慰謝料の請求に行ったが、けんもほろろに追い出され、しまいには家からも勘当された。

 手元に残った金も、遊び尽くしてほとんどない状態。そんな中、恋人だったはずのジュリに僅かな金さえも奪われてしまった。

"もう、ローン様とは無理です。お互い幸せに生きましょう"

 そんな置き手紙が宿に残してあった。

「お客様、代金は?」

「すまない、今はないんだ。ツケといてくれるかな?」

「は? ふざけないで!」

 貴公子の微笑みの下町の逞しい娘には効かない。すぐさま警吏を呼ばれ、ローンは罪人となった。

「くそっ、女に騙されたんだ! ジュリという女だ。探せばまだ近くにいるはずだ!!!!」

「あーあ、そうでしたか。でもね、あんた、相当やばいとこにちょっかいかけてたみたいじゃないか? 今、そのお相手がお前に会いたいんだとさ」

「は?」

 ポカンとするローンの前に現れたのは、人が良いとバカにしていたアイリーンの父親。

「こ、侯爵」

「やぁ、ローン君。そろそろ借金の返済期限が迫っているんだが、返す宛は……無さそうだな」

「は? 借金⁇」

「いや、確か我が家に何度も慰謝料と言ってお金を取りに来ていただろう? 今となっては馬鹿馬鹿しいことだが、うちの娘を虐めていたのはお前だったようだな?」

 ここに来て、やっとローンは事態が良くない方向に進んでいることに勘づいた。

「そ、それは。いや、あの……」

 どう言い返しても、侯爵の機嫌を損ねる言い訳しか思いつかない。

「まぁ、いい。君にはしっかり働いてもらう予定だ」

「え?」

「ちょうど、うちの領地に石炭が埋まっていることが分かってな。鉱夫としていってもらうように話をつけた。もちろん、やるだろう?」

「い、嫌だ! 鉱夫だけは! 他なら何でもする、だから鉱夫だけは!!!!」

 とてもキツい、どころでは済まされない。劣悪な環境下のもと、働くのだ。しかも、命の危険もあり、働くのはもっぱら罪人ばかり。

「お願いですから」

「ふむ……」

「あ……!」

 考えるそぶりをした侯爵に、ローンの中で一筋の希望が生まれる。もしかしたら、温情で救ってくれるかもしれない。

 しかし、それはすぐさま潰えた。

「ダメだな。きっちり耳を揃えて返してくれ。金額は金貨10000枚。ローン君が我が家に金を請求しに来るごとにしっかり1,000枚ずつ渡していたから数えやすかったよ」

「あ、あぁ、あ……」

 こうして、ローンは炭鉱へと送られた。

 ちなみにジュリは、ローンが貴族ではなくなった瞬間、全財産を持ち逃げしたが、いつもは出ないはずの賊に襲われ、ローンと同じ炭鉱へと売られたらしい。

 果たしてそれは偶然なのか必然なのか。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

結婚した次の日に同盟国の人質にされました!

だるま 
恋愛
公爵令嬢のジル・フォン・シュタウフェンベルクは自国の大公と結婚式を上げ、正妃として迎えられる。 しかしその結婚は罠で、式の次の日に同盟国に人質として差し出される事になってしまった。 ジルを追い払った後、女遊びを楽しむ大公の様子を伝え聞き、屈辱に耐える彼女の身にさらなる災厄が降りかかる。 同盟国ブラウベルクが、大公との離縁と、サイコパス気味のブラウベルク皇子との再婚を求めてきたのだ。 ジルは拒絶しつつも、彼がただの性格地雷ではないと気づき、交流を深めていく。 小説家になろう実績 2019/3/17 異世界恋愛 日間ランキング6位になりました。 2019/3/17 総合     日間ランキング26位になりました。皆様本当にありがとうございます。 本作の無断転載・加工は固く禁じております。 Reproduction is prohibited. 禁止私自轉載、加工 복제 금지.

婚約破棄された令嬢は、隣国の皇女になりました。

瑞紀
恋愛
婚約破棄された主人公アイリスが、復興した帝国の皇女として、そして皇帝の婚約者として奮闘する物語です。 前作「婚約破棄された令嬢は、それでも幸せな未来を描く」( https://www.alphapolis.co.jp/novel/737101674/537555585 )の続編にあたりますが、本作だけでもある程度お楽しみいただけます。 ※本作には婚約破棄の場面は含まれません。 ※毎日7:10、21:10に更新します。 ※ホトラン6位、24hポイント100000↑お気に入り1000↑、たくさんの感想等、ありがとうございます! ※12/28 21:10完結しました。

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

処理中です...