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10.魔法

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 物語が始まるまで後1年。私は失意のどん底にあった。

「なんで、なんで男の子は成長期が来ちゃうかなぁ~……」

 めそめそしながら、今日の鍛錬中のセーバ様を思い出す。

 黒目黒髪の彼は、目の下に黒子がありそれがまた色っぽい。けれども、いつも目を細めてにこにこしているので、何を考えているのか分からないのだ。正直言って怖い。そして、なによりも成長期である。

 初めは、私と同じぐらいの身長だったセーバ様。気がつけば私の頭はセーバ様の肩に届くか届かないかぐらいになっていた。それもそれで恐ろしい。

 筋力的にはすでに圧倒的に差があり、私は身体強化魔法を使用してやっとセーバ様と互角に争えるぐらい。いや、多分負けている。だって戦う時、めっちゃ涼しい顔してるもん!

 となれば勉強だけど、伊達に未来の魔王をやっていないセーバ様は天才だった。私の前世で愛用していた計算方法をいつの間にか知られており、格段に問題を解くペースが上がった彼に凡人の私がついていけるわけもなく……学年も上だから、余計にね。

 最後は魔法。でも、私は魔力がセーバ様と比べてそこまで高いわけじゃない。成長期に入った彼は当然魔力の保有率も高くなり、私は追いつかれ始めたことに焦っていた。

「体内の魔力を増やすには、筋肉が最も効果的だけど、これ以上つかないみたいだし……」

 悪役令嬢としての外見を損なわないようにするためなのか、長年厳しい鍛錬をしてきたわたしの体はうっすらと見えるぐらいの筋肉しかついていなかった。いわゆる、細マッチョ。服を着れば、ただのか弱い深窓のお姫様になってしまうぐらい、分かりづらい。

 筋肉がつかないとなればどうすれば良いのか? それは、今わたしの読んでいる本や知識の中には存在していなかった。でも、私はひとつだけ心当たりがある。
 別に魔力を体内のものを使う必要はないのではないかという事だ。
 そう、いわゆる魔力というのは酸素のように空気中を漂っているものではないかと私は仮定した。ならばそれらを利用すれば際限なく魔法が使用できる。

「よしっ‼︎」

 私は、思い切って魔法の行使を内側からではなく外側からの吸収に切り替えた。目を瞑って思い描く。本当は目を瞑ってはいけないらしいけど、私の癖だ。

 ゴオッという音と共に、水が周囲に集まる。

 お! できた、かな。あれ? でもなんか多いような気もするけど……

 まぁいっか。そんな思いで、集めた水を次々と球体に分けていった。そして、いつものように霧状にして霧散させる。

 ザァァァァァーー……

「うわぁ⁉︎」

 瞬間、水鉄砲のような大粒の雨がわたしの頭上から落ちてきた。慌てて屋敷の方へ避難する。

「なんで、いきなり雨……?」

 その雨は約5分ほど降り続き、やんだ。

 晴れだったのに突然大雨になるなんて、ついてない。地面はぐちゃぐちゃなので、私はこれ以上外で魔法を実験するのはやめた。

「ん~、なんか疲れた?」

 びしょ濡れになった体を温風で乾かし、全身を襲う倦怠感をそのままに私はベットに直行したのだった。寝る前に、印を確認したけど、なんの変哲もなかったので、期待外れらしかった。残念。

○○○

 同時刻、部屋の窓を眺めていたアレンは偶然ルビーを見かけた。

「ん? 何をしているんだ?」

 スッとルビーが目を閉じて俯く。それはいつも彼女が魔法を使う時の体勢。

「危ないって言ったのに……」

 はぁ。とため息を吐き、今度は何をしでかすのかと思いながらルビーを見ていると、ルビーの頭上に雲を突き抜けるほどの水の塊が出現した。

「んんん? これは……ルビーはこんなに魔力を持っていなかったはずだけど……まずいな」

 その間も目を閉じているルビーは気づかず魔法を使用する。水の塊は巨大な球体へと変化し、そしてひとつひとつが大粒の雫に変わる。そして、一気に下へ落下した。

「うわぁ!」
「あーあ……」

 悲鳴をあげて屋敷に避難するルビーを見届けてアレンは窓から離れた。まだ雨のようにルビーが作った雫は降り注いでいる。

「何をやったのかは知らないけど、後で問いたださないとな」

 この後、ルビーはコッテリ絞られた。目を瞑って魔法を発動させるな! と静かにお怒りの兄に彼女は恐れをなしたらしい。涙目でこくこくと必死に頷いていたのだとか。
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