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 ガヤガヤ、ザワザワ……

「うるさいんだけど」

 家の外から聞こえてくる話し声に、リンはパチリと目を覚ました。隣のビオラも、不機嫌に眉を顰めている。

「また冷やかしかしら」

 ビオラの美貌が招いたものだったりするのだが、当の本人は嫌がらせに来たと思っているらしい。

「ほ、本当にここにいるんだな?」

「あ、あぁ! 俺は見たんだよ、めちゃくちゃ綺麗な女がいるのをな‼︎」

 一際大きな声の人物は、昨日の村人だろう。

『綺麗な女ですって? リン、何か知ってるかしら?』

(いや、ビオラのことだよ)

『……冗談はよしてくださいな』

 全く何度言っても理解しないビオラ。

「これは惚気じゃなくて事実だからね? ビオラも自分の姿は鏡で見ただろ?」

「まぁ、そうだけれども。なんというか、どうしても今の姿が別人のように見えるのよ」

 困ったように呟くビオラ。リンがそんなビオラの頭を撫でようとした時だった。

ーーコンコンコン

 甘々なムードをぶち壊すかのように、家の扉がノックされたのだ。

「チッ」

「ち?」

「あぁ、いや、なんでもないよ。ちょっと出てくる」

 途端に不機嫌になったリンを誰が責められようか。可愛いビオラの前で舌打ちをしてしまうという失態まで犯してしまったリンは、それをさせた外にいる村人達にそれはそれは怒り狂っていた。

 後の村人達は一斉に口を揃えて「あの時のアキの姿は魔王のようだった」と言ったという。

「おはようございまーす‼︎」

 呑気な声の主は、近くの集落の村長の息子だ。

「新しく越してきた方がいらっしゃったようなので、ご挨拶に来ましたーー‼︎」

 コンコンコンコンコン! と何度もノックをする彼。もうすでに、リンのこめかみには青筋が入っている。

「あの、まだ朝なんですよ。少しは時間帯を考えてください」

「あーー……すみませんねぇ。挨拶に来たんですよ。なんでも美人な奥様がいらっしゃるようで、皆が会いたい~っていうもんですから」

 にまっと反省した風もなく謝る村長の息子。その背後にはビオラを一目見ようと押しかけた男達がいた。

「妻はまだ寝てますんで、起こさないでもらえます? 挨拶なら後程伺わせてもらいますので」

 そう言って扉を閉めようとしたリンだったが、それを阻止するように、ガシッと村長の息子がドアに手をかけた。

「いえいえいえいえ、そんな手間をかけさせるようなことはいたしませんよ。奥様にはご迷惑でしょうが、ちょっと、ちょっとだけ起こしてもらって。それでいいですから」

(~~~~っ!)

 言葉にできない怒りがリンの中に生まれた。

「アキ?」

 そんなリンを察してか、ビオラがそっと部屋から顔を覗かせる。

 おおおおお! という、男達の雄叫びがその場を支配した。

「スミレ!」

「この方達は?」

「あぁ」

「どうも~~、いやいやお美しい奥様でございますね! 俺たち近くの村の者なんです。引っ越して来た夫婦がいらっしゃると聞いてね! ご挨拶に来たんですよ」

 リンの言葉を遮るように、村長の息子が身を乗り出してビオラへと話しかけた。
 そこそこ顔の整っている彼は、女性に好かれる自信があったのだ。しかし、ビオラといえば、

「そうなのアキ?」

 と、隣にいたリンに本当かどうか尋ねる始末。

「そうらしいよ」

「まぁ、そうなの。朝早くからどうもありがとうございます」

「へへ、いや、それほどでも」

「それでは」

 にっこり笑みを浮かべたビオラに照れた村長の息子。うっかりドアから身をひいたのを見計らってビオラはリンを引っ張りパタンと扉を閉めてしまった。

「え?」

 あまりの早業にポカンとする男一同。慌ててトントンと扉を叩くも、すでに近所のご挨拶は終わったわけで、なにも話しかける動悸がないことに気づき帰っていった。

「いやぁ、綺麗だったなぁ」

「男の方も綺麗な顔しとったが」

「だが、俺らと比べちゃひょろひょろだぞ? 若いくせにあんな美人な女を嫁にもらうなんて身の丈にあわねぇように感じねぇか?」

「いや、もしかするとみたいにお貴族様の追放か、駆け落ちかもしれないぞ? ほら、女の方の話し方」

「あぁ、上品だったなぁ」

 そんな雲行きの怪しい話の内容に、リーダーである村長の息子は考え込んだ。

「なぁ、俺たちが挨拶に行った時やけに急いで扉を閉めなかったか?」

「あぁ、確かに」

「こりゃ怪しいぞ」

「そいや、最近神官様が女を探してるって噂だ。髪は紺色らしいが……」

「それじゃあ違うだろ」

「な、なら、王様が嫁を探してるのは?」

「あー、あったなぁ。賢い妃が欲しいってんで身分を問わずっていうやつだろ?」

「なんでも、王子が決めるらしいから賢いなんざ関係ないっぽいがな」

「実はさ、アレ、候補はいるんだが王子が突っぱねてるらしい。んで、王子の気にいるやつを連れてきたら金貨10枚くれるらしいぞ?」

「は? それじゃあ美人なやつみんな連れてくだろ! 賢い妃はどうしたんだよ」

 わはははは! と男達の中で笑いが起きる。そして、ふと1人の男が名案を思いついたと言い出した。

「さっきの女を献上してみねぇか?」

「あ? 何言ってんだお前」

「だって、考えてもみろ。俺らはしみったれた女しかいないのに、若造があんな綺麗な女を妻にしてんだぜ? むかつかねぇ?」

 身勝手な言い分に、周りの男達は呆れたような顔をする。流石にそれはやりすぎだ、皆の顔がそう物語っていた。言い出した男は、ガラパといい、村の中でもあまり評判のよろしくない男で、嫁もいない。

「な、なんだよ。みんなさっきは文句言ってたじゃねぇか」

「流石にそれはねぇよ。それにあの美人な女の顔見ただろ? アレは男にベタ惚れしている証拠だよ。あんなの引き離しちまったら可哀想だ」

 1人の村人の意見に、そうだそうだと頷く周囲の男達。

「けっ、お綺麗なこった」

 1人、ガラパはヘソを曲げるのだった。
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