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第155話 歌姫の手厚い(?)看護

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 数日後、何重にもぐるぐると包帯を巻かれ、吊るされた右腕が何とも痛ましい麗央を甲斐甲斐しく、面倒を看るユリナの姿があった。

「はい、あ~んして♪」
「あ、うん」
「おいしい?」
「オ、オイシイヨ」
「まだまだ、あるから……おかわりするよね?」
「モ、モチロン」
「本当?」
「うん」
「そうよね。レオはこれ、好きよね?」
「ハ、ハイ」

 返事を聞いて一瞬、瞳からハイライトが消えかけていたユリナが、再び花笑みを見せる。
 その様子に麗央はほっと胸を撫で下ろす。

 ユリナの過保護すぎる扱いにさすがの彼も胸焼けを起こしていた。
 彼女は無意識に麗央の肉体と精神を削る。

(リーナはあれを食べて、よく平気でいられるな)

 そうも思っていた。
 ユリナの料理は味付けが極端なのだ。
 蜂蜜やメープルシロップをたっぷりとかけ、胸が焼けるほどの生クリームを乗せたパンケーキを平然と食べる舌の持ち主である。

 卵焼きやオムレツに隠し味として入れる砂糖の量が多すぎるので隠せていない。
 新手のスイーツと思える代物に進化した卵料理。
 ここ数日、朝からそれを食べさせられている麗央である。
 返事が自然とぎこちなくなっても仕方の無いことだった。

 そして、現実逃避するかのように麗央は数日前に起きた『パシフィックホテル迷宮』の顛末を思い出した。
 あの時、ユリナが唄を歌い始め、暫くしてからのことだった。
 ダンジョンのコアであるスバルと名乗った少年らしき姿をしたモノは、光の粒になって四散した。
 元よりそこに存在するモノなどなかったように……。

 だが消える前にとんでもない置き土産を残した。
 いたちの最後っ屁はえらく物騒なものだ。
 体内に残されていた全ての魔力を注ぎ込み、撃ち放たれた高火力の火球である。

 咄嗟の判断だった。
 麗央は利き手ではない左腕でユリナを抱え直すと右の掌に己の持てる全ての勢力を注ぎ、迫りくる火球を受け止めた。
 肉の焦げる臭いと骨と筋繊維が力に耐えきれず、悲鳴を上げる。
 それでも麗央は右手一本で凌ぎ切った。
 弾かれた火球が虚空へと消え、スバルの消失と共に前衛的なデザインの迷宮も蜃気楼の如く、徐々に存在を薄める。

「レ~オ~。食べるのに集中しないとダメでしょ」
「うん」

 そう言うと麗央の口許をユリナが優しく、ナプキンで拭き取った。
 彼女は麗央の膝にちょこんと腰掛け、終始この調子である。
 これが食事の世話だけであれば、まだいい。
 ユリナは全てにおいて、「ダメよ。レオ、私に任せて☆」と過保護に構うのだ。

 少しばかり年上で姉のように面倒を見たがるユリナに振り回されていたまだ、二人が子供だった頃を思い出す麗央だった。

(あの頃は子供だったからなあ。今はちょっとなあ)

 「どうしたの?」と上目遣いに見つめてくるユリナと視線が交錯し、麗央の胸が高まる。
 この調子で彼女はどこへでもついてきて、世話を焼きたがる。
 利き手が使えないのは確かに不便だった。

 入浴の手伝いをすると水着に着替えたユリナが一緒に入るのも仕方ないと麗央は思った。
 水着の布面積が小さく、大胆なアシンメトリーデザインの白ビキニなのは何の罰ゲームなのかと思いつつも世話する為なのだからと必死に別のことを考え、極力ユリナの体を見ないようにすることで耐えた。
 そうでもしなければ、ユリナの前で分身が大きくなるのは避けられなかったからだ。

 「何、これ」「大きくなるの!?」とユリナが呟いている声が耳に入り、きれいに洗うからという名目でボディタオル越しとはいえ彼女の手で全身を触られ尽くすのはまさに拷問に近い。
 普段、睦み合いで目隠しをした生まれたままの姿のユリナを穴が開くほど見つめていた報いを今、受けているのかもしれない。
 そんなことを考えながら、麗央は耐えた。
 ただし、ユリナはそのような麗央の気苦労も知らず、麗央のモノにたっぷりとボディソープをつけると「きれいにしないとダメでしょ?」と白魚のような指で優しく、丁寧に洗い始める。
 さすがの麗央も生理的反応で大きくなるのは避けられなかったが、どうにか発射するのだけは我慢した。

 しかし、あろうことかユリナは入浴だけでなく、トイレにまでついてこようとする。
 「大変でしょ? 手伝うわ」とあどけない顔で言われると断るよりもつい彼女の顔に麗央も暫し見惚れてしまう。
 我に返るとこれはまずいと思った。
 「なんでよ~!?」と抗議するユリナをトイレから追い出し、ようやく心を休める麗央だった。



 実のところ、麗央の知らないことがある。
 ユリナが麗央の怪我を知り、我を失うほどに狼狽したのは事実だった。
 だが、彼女は癒しの魔法に精通している。
 欠損した部位をも再生させる腕を持つ魔法使いは、希少である。
 ユリナは場所が異なれば、聖女や魔女、賢者と呼ばれるような存在でもあった。

 彼女の魔法を使えば、麗央の右腕はあっという間に治すことが可能だった。
 しかし、そうしなかった。
 わざと完治させなかったのだ。

(手が自由に動かないレオの世話を私がすれば、いいのよ。そうすれば、レオは私のことをもっと好きになって、愛してくれる。レオも私だけを見てくれるわ。それなら、他の手や足も……)

 ふとユリナの心を仄かに昏い思いが過ぎり、瞳の光が消えている。
 彼女は慌ててかぶりを振るとそれを否定した。

(そういうのはいけないわ。レオが望むことをしてあげたいんだもん)

 麗央の看護は既に彼女の中で決定事項だった。
 幼少期の頃の二人――弟の世話を焼く姉のようだった頃を思い出し、にへらとだらしない笑みを浮かべるユリナを見た麗央は悪寒を感じる。

 そして、彼女の重すぎる看護は帰宅して、すぐに始まり今に至る。
 麗央の苦悩はこの後、一週間続く……。
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