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第154話 夢の世界を支配する者

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 スバルはゆっくりと瞼を開けた。

(眠っていた? この僕が? 眠る? 僕が? 何で?)

 まず、古びた木製のロッキングチェアに腰掛けている自分に驚く。
 だが、それ以上に彼が怯えたのに理由があるのだ。

 スバルは自問した。
 眠る必要性が無い生命体であるはずの自分が僅かとはいえ意識を喪失した。
 驚くべき事実だった。

 スバルは人間ではない。
 大魔導を名乗ったのはそうするように主から、命ぜられたからに過ぎない。
 主とは旧支配者に連なる双子の女神に他ならない。
 彼の正体は人造人間ホムンクルスの亜種なのだ。

 オリジナル体と呼ばれるモデルになった少年がいた。
 忠実に再現されたはずだった。
 残念なことに完璧にモデリングが成功したのは見た目だけである。
 に関してはオリジナル体に遠く及ばない。
 それでも人に負けない強さを持って、生まれたはずだった。

(どうなっているんだ?)

 スバルは周囲を見渡し、愕然とする。
 狭い部屋だった。
 それだけであれば、問題はない。

 床が見えないほどに積まれた本。
 己を取り囲むように設置された本棚を埋め尽くす本。
 右を見ても左を見ても自然と目に入るのは本だ。

 かび臭さが微妙に鼻をつき、光をほとんど感じない薄暗い部屋だった。
 なぜか恐怖を感じた。
 そのような心を持たないはずの人造人間ホムンクルスである自分がである。

「なんだ!?」

 部屋が揺れた。
 がさがさと崩れていく本の山。
 本棚からも音を立て、本が落ちていく。
 スバルはその様子をそれをただ見ていることしかできないでいる。
 彼は言い知れぬ恐怖に囚われていた。

 昏い。
 狭い。
 怖い。
 死の恐怖。
 人造人間ホムンクルスにはない概念だった。
 それを感じていた。



「案外、呆気ないわね。元々、心がなかったからかしら?」

 ユリナは目を細め、遥か遠くを見やる。
 彼女の視線の先にあるのは陽光に煌く、純白の鱗が美しい小山ほどはあろうかという大きな蛇だ。
 ユリナの半身でもある。

 普段の彼女は人として生きている。
 しかし、『あやかし』には神格としてのがある。
 そのうちの一つの形態が巨大な蛇身を有する真・獣形態だった。
 蛇に見えるが竜――それも世界蛇と呼ばれる恐るべき存在。

 小屋一つを噛み砕き、咀嚼することなど訳はない。
 ユリナの唄で開かれる夢の世界、絶対領域アブソリューターベライヒ
 そこでは彼女が絶対者であり、囚われた者にあるルールが適用される。
 夢の世界でもっとも重要なのは心だった。

 そして、夢の世界での死はが現実の世界の死とはならない。
 ユリナの望むがままに何度でも死を体験させられるのだ。
 が完全に死ぬまで何度でもである……。

 心が完全に人間は現実世界に戻ったとしても廃人になるか、狂人になるかの二択だった。
 人造人間ホムンクルスは仮初の命を持つ者。
 心を持たないがゆえに肉体が自壊するのだと言われている。
 ダリア、ドロシア、リ・トスが人造人間ホムンクルスの肉体でありながら、普通に生活出来ているのは彼らが心を持っているからに他ならなかった。

 スバルは外側だけ、そっくりそのままに創造された模造品に過ぎなかった。
 心はない。
 だから、非常に脆かった。
 オリジナル体が有するトラウマを何度も見せ、完膚なきまでに壊し尽くすだけで簡単に蹂躙出来たのだ。

「レオが心配してるかしらぁ? 早く戻らなきゃ……」

 さすがにユリナも冷静さを取り戻している。
 怒りに任せ、つい夢の世界を開いた。
 多少の無茶をしても麗央が守ってくれると知っているからだった。
 彼の優しさに甘えた自分が不甲斐ないと思った。

 目を覚ましてから、いつもより麗央に甘えればいい。
 そう納得したユリナだが、そこではたと気付く。

(んんん? 何か、違う気がするけど)

 ともあれ目的を果たした彼女は、夢の世界に別れを告げることを決めた。

 しかし、ゆっくりと意識を覚醒させた『歌姫』の前に広がったのは目を疑う光景だった。
 自分の体が荷物でも持つように麗央の脇に抱えられている。
 乙女心でほぼ動く彼女にとって、それを些細なものと捉えるのは悔しい事柄である。
 だが、そうではない。
 抱えられているのは麗央の利き手ではない左腕だった。
 何かが焦げるような嫌な臭いが鼻を刺激した。

 ユリナは思わず言葉を失う。
 麗央の右腕が力なく、だらりと垂れ下がっている。
 その指先からは止め処なく、赤い液体が滴り落ちる。
 熱で焼かれたのか、剥き出しになった肌は酷い火傷を負っていた。
 ユリナの上げる金切り声はどこまでも物悲しく、コアを失い崩壊し始めたダンジョンに響き渡った。
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