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第150話 暑いから脱いでいいでしょ?
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ヤマネコもどきが肉包丁を振りかざすと二人の首がある位置に向け、思い切り横に薙いだ。
刃が風を切る音がはっきりと聞こえるほどの勢いである。
ヤマネコもどきは勝利を確信した。
しかし、不思議なことに気が付いてしまう。
全てが逆さまに見えるのだ。
くすくすと笑いを噛殺す女の声とそれをなだめる落ち着いた男の声が聞こえた。
その時、ヤマネコもどきは悟った。
己の命が既にないことを……。
「これで終わり?」
「かな?」
ユリナを横抱きに抱えた麗央が、壊れ物を扱うように彼女を床に降ろした。
目の前に広がるのは凄惨な絵図だ。
四肢に当たる部分を全て、切り落とされ正八面体は粉々に砕かれ破片と化した。
ヤマネコもどきの頭も胴体とお別れしている。
それを抜かせば、見目麗しいプリンセスを勇者がエスコートする絵巻物の一部のようである。
ただ、勇者は頭にバケツを被っているが……。
麗央の剣術――抜刀は神速に達する。
だがそれは抜刀だけに限らないのだ。
彼の持ち味は父親譲りの膂力だけではない。
圧倒的な速度を持ちながら、速度を落とすことなく動き回れる底無しの体力もまた持ち味だった。
さらに質が悪いことに『歌姫』が一緒にいる。
凍てつく氷の姫君でもある『歌姫』は時をも凍らせるのだ。
先に動いたのは麗央だった。
ヤマネコもどきが動きを見せるレイコンマ一秒前である。
ユリナを横抱きに抱え、床を蹴るのにかかった時間はレイコンマレイ一秒にも満たない。
抱えられたユリナは「きゃー。これって、お姫様だっこじゃない?」と身悶えしたい気持ちを抑えているとは、とても思えない冷静さでヤマネコもどきの時を凍らせている。
もっとも彼女にすれば、これでもかなり手加減しているつもりである。
憐れなのは何も知らないヤマネコもどきだった。
時を凍らされている間に麗央の蹴りだけで完膚なきまでに叩き潰された。
ヤマネコもどきが全てに気付いた時には既に遅かった。
己の首と胴がお別れし、首は床に転がっていたのだから……。
「さぁ、次に行きましょ♪」
「えっと、それは?」
「ふふん」
丁重にユリナを降ろした麗央だが、やってから「しまった」とすぐに気付く。
彼女は自分の足で歩く気がない。
もう一回抱っこしろと言わんばかりに両手を上げ、待っている。
麗央は「腋がきれいだな。違う。そういうことじゃないや」と脳裏を横切る邪な思いを軽く、頭を振ることで振り払った。
「イエス。マイ・レディー」
ユリナは一瞬、きょとんとした表情をするもののまんざらではないらしい。
ほんのりと頬を桜色に染め、横抱きに抱えられるのを待っていた。
しかし、彼女は知らなかった。
まるで紳士の鑑と言うべき行動を取っている麗央の目がどこを向いているのかを……。
麗央視点のコメント欄は「ありがてえ」と賛辞の書き込みで埋められている。
つまり、そういうことである。
「次で最後かしら?」
「普通に考えるとそうなるんじゃないかな」
「じゃあ、終わらないわね。このダンジョン、普通じゃないもの」
不穏なことを言葉を口にするユリナだが、どこかご機嫌な様子だった。
麗央の胸に顔を埋め、匂いを堪能しながら心音を聞いていると幸せになれる。
例え、僅かな時間であっても大事にしたいと浸っているのだ。
そして、レトロなベルの音が十一階に到着したことを知らせる。
コメント欄には十一階に『マーブル』という名のスカイバーがあったとの書き込みもある。
スカイレストランで待ち受けていたのが、世にも不気味なヤマネコもどきだった。
それだけに過度な期待は裏切られるだけとの思いが二人だけでなく、視聴者にもあった。
さすがにユリナも自分の足で歩いていた。
名残惜しそうに麗央から身を離したがその後、しっかりと腕にしがみつくのは忘れていない。
歩きにくさは互いにあったが、纏わりついている方も纏わりつかれている方も「やめよう」とは言わない。
「あっ」
十階と同じく十一階もホールから、バーまでの間に妨害はなかった。
しかし、バーに足を踏み入れた瞬間、ユリナが小さな声を上げる。
麗央も薄っすらと気付いた。
微かに香るのはアルコールの匂いだった。
酒類を提供するバーだけにとりわけ不審な点はないのだが、大人の空間に出入りしたことのない二人はそんなことを知らない。
麗央はただ「これはまずい」と思った。
ユリナはお酒に弱い。
おまけに本人にはその自覚が一切、ないのが一番の問題だった。
「ねぇ、レオ。何だか、ほわほわするわね」
「そ、そうだね」
薄っすらと匂いを嗅いだだけでもう酔い始めていると麗央は危機感を抱いた。
名前を呼ぶのは危ないと口が酸っぱくなるくらいに言っていた当の本人がこれである。
バーに設けられたカウンターで金属製のシェーカーを振っているモノがいた。
白いブラウスシャツ、黒いスラックス、カマーベスト。
一般的なバーテンダーの服装に身を包んでいるが、その頭は人とは到底思えない。
醜悪な訳ではなく、ひたすらに不気味としか言いようがない見た目だった。
肌は墨で塗りつぶされたように黒いがところどころに白い縞模様が出ており、マーブル模様の様相を呈していた。
頭髪の類は一切ない。
それどころか、目や鼻もなければ、口すらなかった。
唯一、鼻と思しき部分だけが少しばかり、突起しているだけだ。
「どうするか」
「ねぇねぇ。暑いから脱いでいいでしょ? 背中のお願い~」
「ダメだよ、ダメ!」
「なんで~?」
麗央は殺気を感じさせず、ただシェーカーを振っているマーブル模様を警戒する。
そんな時、麗央の腕から、不意にユリナが手を離した。
何事かあったのかと心配する麗央を他所にユリナは胸元のリボンをするすると解いた。
さらには完全に脱ごうと背中のファスナーに手を伸ばそうとして、うまくいかなかったらしい。
ぶうぶうと聞き分けの無い子供のような様子のユリナをあやしながら、麗央は不安が的中したことに歯噛みする。
アルコールの匂いは薄っすらなのにかなり酔いが回っているのか、顔は上気しており、目尻がやや下がっていた。
まるで蕩けたような表情はとても他人に見せられるものではない。
そう思いながらも麗央は視線を逸らせないでいる。
(やばい。かわいいな)
惚れた女の顔を見せたくないと考える独占欲に近いものだ。
コメント欄はまたも沸きに沸いた。
麗央視点は相変わらず「ありがてえ」の書き込みが占拠していたが、メイン視点は趣きが少々異なる。
「子供はお酒駄目ですよ」「アルコールは二十歳になってから」といったやんわりと注意するような内容が多かったのである。
「彼女は二十二歳なんだ」
コメント欄に応える形で麗央が代弁した。
当の本人はてんで役に立たない。
脱ぐのは諦めたが、今度は麗央の服を脱がそうと無意味な動きをしている。
「にゃははは」と奇妙な笑い声を上げながら、麗央の体をべたべたと手で弄繰り回す。
挙句の果てに背伸びをして、首筋に舌を這わせ甘噛みまで始める始末だった。
質の悪い酔っ払いの誕生である。
コメント欄は麗央の言葉で一気に火が付いた。
「まさかの成人」「十代じゃなかったのか」「合法ロリ」と驚きの声が上がる。
その一方で女性視聴者と思われる書き込みが続いていく。
「ナチュラルメイクでそのでき羨ましい」「メイク法知りたい」といった別の観点からの書き込みだった。
マーブル模様は我関せずと言わんばかりにシェーカーを振っている。
刃が風を切る音がはっきりと聞こえるほどの勢いである。
ヤマネコもどきは勝利を確信した。
しかし、不思議なことに気が付いてしまう。
全てが逆さまに見えるのだ。
くすくすと笑いを噛殺す女の声とそれをなだめる落ち着いた男の声が聞こえた。
その時、ヤマネコもどきは悟った。
己の命が既にないことを……。
「これで終わり?」
「かな?」
ユリナを横抱きに抱えた麗央が、壊れ物を扱うように彼女を床に降ろした。
目の前に広がるのは凄惨な絵図だ。
四肢に当たる部分を全て、切り落とされ正八面体は粉々に砕かれ破片と化した。
ヤマネコもどきの頭も胴体とお別れしている。
それを抜かせば、見目麗しいプリンセスを勇者がエスコートする絵巻物の一部のようである。
ただ、勇者は頭にバケツを被っているが……。
麗央の剣術――抜刀は神速に達する。
だがそれは抜刀だけに限らないのだ。
彼の持ち味は父親譲りの膂力だけではない。
圧倒的な速度を持ちながら、速度を落とすことなく動き回れる底無しの体力もまた持ち味だった。
さらに質が悪いことに『歌姫』が一緒にいる。
凍てつく氷の姫君でもある『歌姫』は時をも凍らせるのだ。
先に動いたのは麗央だった。
ヤマネコもどきが動きを見せるレイコンマ一秒前である。
ユリナを横抱きに抱え、床を蹴るのにかかった時間はレイコンマレイ一秒にも満たない。
抱えられたユリナは「きゃー。これって、お姫様だっこじゃない?」と身悶えしたい気持ちを抑えているとは、とても思えない冷静さでヤマネコもどきの時を凍らせている。
もっとも彼女にすれば、これでもかなり手加減しているつもりである。
憐れなのは何も知らないヤマネコもどきだった。
時を凍らされている間に麗央の蹴りだけで完膚なきまでに叩き潰された。
ヤマネコもどきが全てに気付いた時には既に遅かった。
己の首と胴がお別れし、首は床に転がっていたのだから……。
「さぁ、次に行きましょ♪」
「えっと、それは?」
「ふふん」
丁重にユリナを降ろした麗央だが、やってから「しまった」とすぐに気付く。
彼女は自分の足で歩く気がない。
もう一回抱っこしろと言わんばかりに両手を上げ、待っている。
麗央は「腋がきれいだな。違う。そういうことじゃないや」と脳裏を横切る邪な思いを軽く、頭を振ることで振り払った。
「イエス。マイ・レディー」
ユリナは一瞬、きょとんとした表情をするもののまんざらではないらしい。
ほんのりと頬を桜色に染め、横抱きに抱えられるのを待っていた。
しかし、彼女は知らなかった。
まるで紳士の鑑と言うべき行動を取っている麗央の目がどこを向いているのかを……。
麗央視点のコメント欄は「ありがてえ」と賛辞の書き込みで埋められている。
つまり、そういうことである。
「次で最後かしら?」
「普通に考えるとそうなるんじゃないかな」
「じゃあ、終わらないわね。このダンジョン、普通じゃないもの」
不穏なことを言葉を口にするユリナだが、どこかご機嫌な様子だった。
麗央の胸に顔を埋め、匂いを堪能しながら心音を聞いていると幸せになれる。
例え、僅かな時間であっても大事にしたいと浸っているのだ。
そして、レトロなベルの音が十一階に到着したことを知らせる。
コメント欄には十一階に『マーブル』という名のスカイバーがあったとの書き込みもある。
スカイレストランで待ち受けていたのが、世にも不気味なヤマネコもどきだった。
それだけに過度な期待は裏切られるだけとの思いが二人だけでなく、視聴者にもあった。
さすがにユリナも自分の足で歩いていた。
名残惜しそうに麗央から身を離したがその後、しっかりと腕にしがみつくのは忘れていない。
歩きにくさは互いにあったが、纏わりついている方も纏わりつかれている方も「やめよう」とは言わない。
「あっ」
十階と同じく十一階もホールから、バーまでの間に妨害はなかった。
しかし、バーに足を踏み入れた瞬間、ユリナが小さな声を上げる。
麗央も薄っすらと気付いた。
微かに香るのはアルコールの匂いだった。
酒類を提供するバーだけにとりわけ不審な点はないのだが、大人の空間に出入りしたことのない二人はそんなことを知らない。
麗央はただ「これはまずい」と思った。
ユリナはお酒に弱い。
おまけに本人にはその自覚が一切、ないのが一番の問題だった。
「ねぇ、レオ。何だか、ほわほわするわね」
「そ、そうだね」
薄っすらと匂いを嗅いだだけでもう酔い始めていると麗央は危機感を抱いた。
名前を呼ぶのは危ないと口が酸っぱくなるくらいに言っていた当の本人がこれである。
バーに設けられたカウンターで金属製のシェーカーを振っているモノがいた。
白いブラウスシャツ、黒いスラックス、カマーベスト。
一般的なバーテンダーの服装に身を包んでいるが、その頭は人とは到底思えない。
醜悪な訳ではなく、ひたすらに不気味としか言いようがない見た目だった。
肌は墨で塗りつぶされたように黒いがところどころに白い縞模様が出ており、マーブル模様の様相を呈していた。
頭髪の類は一切ない。
それどころか、目や鼻もなければ、口すらなかった。
唯一、鼻と思しき部分だけが少しばかり、突起しているだけだ。
「どうするか」
「ねぇねぇ。暑いから脱いでいいでしょ? 背中のお願い~」
「ダメだよ、ダメ!」
「なんで~?」
麗央は殺気を感じさせず、ただシェーカーを振っているマーブル模様を警戒する。
そんな時、麗央の腕から、不意にユリナが手を離した。
何事かあったのかと心配する麗央を他所にユリナは胸元のリボンをするすると解いた。
さらには完全に脱ごうと背中のファスナーに手を伸ばそうとして、うまくいかなかったらしい。
ぶうぶうと聞き分けの無い子供のような様子のユリナをあやしながら、麗央は不安が的中したことに歯噛みする。
アルコールの匂いは薄っすらなのにかなり酔いが回っているのか、顔は上気しており、目尻がやや下がっていた。
まるで蕩けたような表情はとても他人に見せられるものではない。
そう思いながらも麗央は視線を逸らせないでいる。
(やばい。かわいいな)
惚れた女の顔を見せたくないと考える独占欲に近いものだ。
コメント欄はまたも沸きに沸いた。
麗央視点は相変わらず「ありがてえ」の書き込みが占拠していたが、メイン視点は趣きが少々異なる。
「子供はお酒駄目ですよ」「アルコールは二十歳になってから」といったやんわりと注意するような内容が多かったのである。
「彼女は二十二歳なんだ」
コメント欄に応える形で麗央が代弁した。
当の本人はてんで役に立たない。
脱ぐのは諦めたが、今度は麗央の服を脱がそうと無意味な動きをしている。
「にゃははは」と奇妙な笑い声を上げながら、麗央の体をべたべたと手で弄繰り回す。
挙句の果てに背伸びをして、首筋に舌を這わせ甘噛みまで始める始末だった。
質の悪い酔っ払いの誕生である。
コメント欄は麗央の言葉で一気に火が付いた。
「まさかの成人」「十代じゃなかったのか」「合法ロリ」と驚きの声が上がる。
その一方で女性視聴者と思われる書き込みが続いていく。
「ナチュラルメイクでそのでき羨ましい」「メイク法知りたい」といった別の観点からの書き込みだった。
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