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第136話 いいことを思いついたわ

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「レオったら、遅いわね。何をしているのかしら?」

 ユリナは豪奢な天蓋を備えた大きなベッドの上でしどけない寝姿を晒している。
 何と言っても自分が作り出した世界だけに多少は怠惰に過ごそうとも許されると考えているところがあった。

 そんなユリナの周りを甲斐甲斐しく、動いているモノがいる。
 熟した葡萄の実を載せた皿を運ぶモノもいれば、その葡萄をユリナの口へと運ぶモノもいた。
 何もしなくてもユリナの思うように動くので羽を伸ばすどころの騒ぎではない。

 彼らはユリナの想像力が生み出した夢の世界だけに存在する不思議な生き物だった。
 真っ白な毛はふわふわとまるで綿毛のよう。
 もこもこふわふわとした見た目はぬいぐるみそのものだ。
 見た目だけなら、小学校低学年の子供と同じくらいある大きな白いウサギのぬいぐるみにしか見えない。
 それがクラシカルなメイドドレスに身を包み、二足歩行でとてとてと足音を立て、歩いている姿は何ともシュールだった。

「ふふふっ。悪くないわ。むしろ、いいんじゃない?」

 ぬいぐるみウサギのメイドにどこかご満悦なユリナが独り言つ。
 白い二足歩行のウサギの精霊『イナバ』の姿を気に入ったユリナは、変質の力を使い自らの血を与えた新たな眷属――ウサギの獣人族を生み出そうとして麗央に止められたばかりである。
 現実世界では成し得なかったことでも彼女が絶対者である夢の世界では不可能がない。
 愛らしいぬいぐるみの姿そのままでありながら、高い知能を有し黙々と仕事に従事する可愛い彼らを見れば、麗央も考えを多少は改めてくれるかもしれないと少なからず、期待していた。

「でも、このままってゲームとしては面白くないわね」

 ユリナはうつ伏せになると淑女らしからぬ頬杖をつくポーズをとり、眉間に皺を寄せる。
 それはほんの数秒のこと。
 彼女は僅かに口角を上げ、「いいことを思いついたわ」とほくそ笑んだ。
 レオ曰く、になっているの画である。



 その頃、麗央は丘の上に立つ白亜の城を目指し、静かな行軍のさなかだった。

(何か、違うな)

 ユリナの見立てでRPGの体裁は取られている。
 非常にちぐはぐだった。
 出てくる人間や魔物は全て、キャラクター扱いなのかドットで描かれたような作り物感が強いものだ。
 喋る言葉も台詞のように決められたことを繰り返すだけ。
 しかし、モンスターを倒すのに麗央はほぼである。

 餞別として与えられた『どうのつるぎ』と『なべのふた』は使う機会がないまま、お役御免となった。
 今、麗央が装備している武器は『ゆうしゃのつるぎ』と『ゆうしゃのたて』になっている。
 あれよあれよという間に入手していた。
 「おお。勇者よ。これを持っていくがよい」と何となく、渡されたので感動も何もなかっただけである。

 刃を潰された玩具にしか見えなかった『どうのつるぎ』と比べると『ゆうしゃのつるぎ』は意匠も凝っており、片手持ちのロングソードとして実用的な剣の体裁を整えたものだ。
 『ゆうしゃのたて』もバックラーではなく、小型のカイトシールドといった趣に近い。
 盾の中央には麗央のシンボルと言うべき稲妻のエンブレムが描かれており、その中央には彼の瞳と同じ色の魔石が嵌め込まれていた。

「盾はどうもなぁ……」

 麗央は複雑な表情で首を傾げる。
 ユリナの意図は嫌と言うほど、理解していた。
 ファンタジーRPGを忠実に再現した結果がこれであり、彼女には一切の悪意がないということを……。

 だが勇者だったとはいえ、麗央はあまり盾の扱いに習熟していない。
 養父セベクはリザードマンの勇士であり、武術百般に長けた猛者だったが得意とする武器は槍や剣である。
 盾は使っていなかった。
 彼の手解きを受けた麗央も当然のようにその流れを汲んでいる。

 その後、麗央はの指導も受けているが、彼もまた両手持ちの大剣使いだった。
 やはり盾の扱いに関してはこれといった手解きを受けていない。

「いらないんだよなぁ」

 ユリナはとことん麗央に甘い。
 このゲームにおいてもそこは変わらなかった。
 彼の力は普段のである。

 もっとも強大で神々の運命ラグナロクの大きな鍵となる炎の魔神スルトを倒した最強の勇者。
 厄介なトリックスターロキの血を引く、三つの災厄。
 彼らに真っ向から対することが出来る麗央の力は当代随一と言っても過言ではない。

 名すら持たない雑魚の魔物では太刀打ちできようはずがない。
 まさに鎧袖一触そのものだった。
 麗央は指先一つで相手を退場させるだけでいい。
 強くてニューゲームを地で行くとはまさにこのことだった。

 ユリナが囚われている……。
 否。
 ただの白亜の城はもう鼻の先である。
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