上 下
136 / 159

第135話 あーるぴーじーの世界にようこそ!

しおりを挟む
「いやいや。ないだろ」

 麗央は目の前で広がる光景に我が目を疑い、大きくかぶりを振った。

「行くがよい、勇者レオよ」
(これが王様だよな?)

 ドットで描かれたが、同じ台詞を繰り返している。
 何を聞いてもこの答えしか返ってこないのでさすがに麗央も諦めた。

(いわゆるループしてるよな、これ)

 王様らしきドットキャラから、支度金として玩具のように手のひらほどの大きさがある貨幣を貰った。
 銅の色をした先端が丸く加工され、刃も潰された剣と鍋蓋にしか見えないバックラーも旅立つにあたっての餞別だった。

(これで助けに来いって、リーナも無茶を言うな)

 麗央は遥か丘の上に立つ美しい白亜の城へと視線を向けると軽く、溜息をくのだった。

 こんなはずではなかったとの思いが、彼の中に確固たるものとしてあった。
 仮想現実の如き世界が広がる目前の光景から、現実逃避するように麗央は三十分前の出来事を思い出す。



 ユリナは恰好から、入るのが好きな一面を持つ。
 しかし、見た目だけではなく『勇者』と『姫』だったと多少なりともの自負が麗央にはある。
 『勇者』とそれを助ける『姫』として、実際に冒険した経験が少なからず彼の自信にも繋がっていた。

「じゃあ、レオはここからスタートしてね♪」
「え?」

 ユリナに手を引かれ、気付けば一瞬のうちで桟橋に立っていた。
 夢の世界はユリナの思うがままとはいえ、転移するのにも何ら制約なしに切り替わるとは思わなかった麗央は呆気にとられる。
 そんな麗央の表情にユリナの口許が自然と弧を描く。

(困っている顔をしたレオがかわいすぎて、困るわ。でも、ここは心を鬼にしないと!)

 彼女の決意はどこか歪なのだが、本人にその自覚は全くない。

「私はあのお城にから、なるはやで来てね☆」
「は? ちょっ!? リーナ!」

 言うや否やユリナの姿は既に半透明になって、消えていた。
 助けに来て欲しいと言う言葉とは裏腹のジェスチャーをしていると麗央は思った。

 消えるまでユリナがしていたのは彼女が自分の勝利を疑わない時に取るものだ。
 側頭部の辺りで手をわきわきとするポーズはユリナが常日頃、お姉さん風を吹かせる時にするものだった。
 屈託ない笑顔を向けられるので悔しいと思うより、つい見惚れてしまうのが麗央の常である。

(してやられたなあ)

 そう思いながらも麗央はすっかりとヤル気になっていた。
 ゲーム好きな彼としては現実世界とは言わないまでもリアリティのある体験が出来るのではないかと期待していたのだ。
 いわゆるVRをもっと発展させた物が待っていると考えた。
 その期待が裏切られるとは露知らず……。



(そんなことを考えていた時もあった……)

 ドットで描かれている割に妙にリアルだった。
 太りかえった胴体から不釣り合いな小さな翼が生えている。
 不格好な蝙蝠といったていのモンスターだ。
 妙にリアルタッチなドット絵なので可愛いどころか、醜悪な部類に入るだろう。

 麗央は右手で『どうのつるぎ』を上段、左手の『なべのふた』を中段に構えた。
 雄牛の構えと呼ばれる片手剣に小型の盾を合わせた武術の構えだった。

「いや。やめとくか。面倒だ」

 そう呟くと麗央は『どうのつるぎ』を鞘に収めると代わりと言わんばかりに右手の人差し指で蝙蝠の魔物を指差した。
 次の瞬間、その指先から青白い雷光が迸るや否や、蒼き弾丸となった稲妻が魔物に大きな風穴を穿つ。
 雷弾ライトニングブレットと呼ばれる雷魔法だった。
 初級の扱いやすい魔法であり、雷魔法を志す者であれば比較的、誰でも使える敷居の低いものだ。

 そうは言っても使うのに際し、詠唱するのが一般的である。
 詠唱もなしに使っている時点で麗央も大概におかしいのだ。
 出力にしても異常だった。
 ライトニングブレットは初級である。
 低級の魔物であろうと一撃で屠る威力は出せない。
 ましてや麗央のように大穴を穿つ出力など望めないのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

黒くて甘い彼女の秘密

ドゴイエちまき
恋愛
黒鍵のような艶々した黒髪に黒瑪瑙の瞳。  癒しの魔法を使う可憐なリルは幼なじみのルークが大好きで、彼の為ならなんだってしてあげたい。 いつものように優しいルークと甘い日々を過ごすリルの町にある日美しい旅人が訪れる。 「私のルークは素敵だから…あなたが気に入るのは仕方ないけども、彼の幸せの邪魔をしないで」 恋する乙女リルの愛は一途でちょっぴり過激☆ *小説家になろうにも掲載しています 表紙はAIイラストくん。 2023.11/27文字数を分割しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...