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第111話 歌姫の天敵
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一般的に魔法や魔術とも呼ばれる体内の魔力や自然界のマナを利用して、行使される現象には呪文などの詠唱が付き物である。
これはアスリートが己の持つ潜在能力を存分に発揮させるべく、かけられているリミッターを一時的に外す行為に似ている。
やり方は人それぞれであり、全く予備動作を必要としない者がいれば、複雑な手順を踏まねばならない者もいる。
ユリナは呪文の詠唱と必要な所作の一切を必要とせず、魔法を行使出来る。
本来は一切の予備動作を行わなくても『魔法の鏡』を起動可能なのだが……。
「鏡よ、鏡」
彼女の中で何もしないのは何か、味気ないものと捉えられているらしい。
極大魔法の一つである絶対零度を使った際の長い詠唱も本来は必要ないものだ。
それではつまらないと考えてしまうのは夫である麗央の影響が少なくない。
麗央は類稀なセンスの持ち主である。
本来のやり方では複雑な手順を踏まねば、行使の出来ない技であっても何となく、こなしてしまうのだ。
魔法と剣術を合わせ、魔法剣と命名された強力な融合技であってもあっさりとこなすのは天性の才能であるとしか言えない。
しかし、麗央は何の予備動作もなく、ただ剣を振るのをよしとしない。
彼の中でそれでは何かが面白くないと感じるらしい。
必要のない溜めの構えに入ったり、必殺技のように叫ぶのは麗央なりの工夫なのだ。
その影響だけではなく、『歌姫』として、エンターテインメント性を重視する考えに浸ることがユリナに必要のない予備動作をさせていた。
「あら~、リーちゃん。今月は早めなのね」
ユリナの魔力に反応し、鏡面が薄っすらと発光し、『鏡合わせの世界』の映像が映し出された。
鏡は魔法を応用した映像通信を可能とするいわゆる魔道具の一つである。
鏡面にユリナとよく似た容姿の少女がひょっこりと顔を覗かせた。
やや色素の薄い金の髪はユリナと同じ白金の色で艶やかな輝きを見せている。
顔立ちもよく似ているが猫を思わせるユリナと比べると目尻が垂れ、幾分穏やかな印象が強い。
瞳の色も違った。
濃い青は海の色を連想させるものだ。
ユリナの瞳は感情が昂ると夫の麗央とお揃いの紅玉の色に輝く。
落ち着いている時は瑠璃色であり、感情に応じて、紫水晶や黄昏の色に変じる不思議な特性を持っている。
現在の瞳の色は薄い紫水晶の色だ。
これは若干の緊張を余儀なくされたストレスを感じている時の瞳の色である。
「そっちよりもこっちの世界の方がアレの育ちがいいみたいなのよ」
「ふぅ~ん。そうなの? 効力も強いわねぇ?」
「イズミもそう言ってたわ」
イズミ――林檎泉は数少ないユリナの友人の一人であり、アレと呼ばれる黄金の果実の管理者である。
彼女もまた、普通の人間ではない。
あやかしなのだ。
その正体はアスガルドでもっとも若く、愛らしい女神と言われたイズンだった。
神々の若さと寿命を維持する黄金の果実を唯一、管理出来る神族だったイズンは厄介な性格の持ち主でさらなる刺激を求め、アスガルドを出奔した。
出奔先で出会い、意気投合したのがユリナだったのだ。
腐れ縁は続き、面白そうだからという理由でユリナに付き合い、『鏡合わせの世界』からやって来た。
アレを伴って。
「それでどうなの? 上手くいっているの?」
アレの入った木箱を抱える麗央を横目でちらりと窺いながら、急に声を窄め、そのようなことを言い出したゲェルセミにユリナは「あ、ええ。うん」といつもの調子はどこへ行ったのやら、すっかりおとなしくなっている。
麗央は義理の母親の不躾な視線に気付いているが、不快なものとは捉えていなかった。
幼い頃、母親と引き離され、母親を知らぬまま育った麗央にとって、ユリナとゲェルセミの関係が眩しい物に見えているからだ。
決して、素直ではないユリナの態度だが、母と娘が互いに思い合っているのを誰よりも麗央が知っていた。
「ま、まぁ。ボチボチな感じ?」
「ボチボチ? 何なの? それは?」
「ボチボチはボチボチよ、お母様」
「リーちゃん。ママでもいいのよ、ママでも」
「えぇ……」
ゲェルセミは見た目も少女で体型も少女である。
ユリナは見た目こそ少女だが、体型は大人の女性へと成長を遂げており、背も伸びている。
見ようによってはユリナの方が年上で姉のように見えてしまうほどだ。
それなのに年下の妹にやり込められているようにも見えた。
そんな二人の様子を麗央は微笑ましく、感じていた。
これはアスリートが己の持つ潜在能力を存分に発揮させるべく、かけられているリミッターを一時的に外す行為に似ている。
やり方は人それぞれであり、全く予備動作を必要としない者がいれば、複雑な手順を踏まねばならない者もいる。
ユリナは呪文の詠唱と必要な所作の一切を必要とせず、魔法を行使出来る。
本来は一切の予備動作を行わなくても『魔法の鏡』を起動可能なのだが……。
「鏡よ、鏡」
彼女の中で何もしないのは何か、味気ないものと捉えられているらしい。
極大魔法の一つである絶対零度を使った際の長い詠唱も本来は必要ないものだ。
それではつまらないと考えてしまうのは夫である麗央の影響が少なくない。
麗央は類稀なセンスの持ち主である。
本来のやり方では複雑な手順を踏まねば、行使の出来ない技であっても何となく、こなしてしまうのだ。
魔法と剣術を合わせ、魔法剣と命名された強力な融合技であってもあっさりとこなすのは天性の才能であるとしか言えない。
しかし、麗央は何の予備動作もなく、ただ剣を振るのをよしとしない。
彼の中でそれでは何かが面白くないと感じるらしい。
必要のない溜めの構えに入ったり、必殺技のように叫ぶのは麗央なりの工夫なのだ。
その影響だけではなく、『歌姫』として、エンターテインメント性を重視する考えに浸ることがユリナに必要のない予備動作をさせていた。
「あら~、リーちゃん。今月は早めなのね」
ユリナの魔力に反応し、鏡面が薄っすらと発光し、『鏡合わせの世界』の映像が映し出された。
鏡は魔法を応用した映像通信を可能とするいわゆる魔道具の一つである。
鏡面にユリナとよく似た容姿の少女がひょっこりと顔を覗かせた。
やや色素の薄い金の髪はユリナと同じ白金の色で艶やかな輝きを見せている。
顔立ちもよく似ているが猫を思わせるユリナと比べると目尻が垂れ、幾分穏やかな印象が強い。
瞳の色も違った。
濃い青は海の色を連想させるものだ。
ユリナの瞳は感情が昂ると夫の麗央とお揃いの紅玉の色に輝く。
落ち着いている時は瑠璃色であり、感情に応じて、紫水晶や黄昏の色に変じる不思議な特性を持っている。
現在の瞳の色は薄い紫水晶の色だ。
これは若干の緊張を余儀なくされたストレスを感じている時の瞳の色である。
「そっちよりもこっちの世界の方がアレの育ちがいいみたいなのよ」
「ふぅ~ん。そうなの? 効力も強いわねぇ?」
「イズミもそう言ってたわ」
イズミ――林檎泉は数少ないユリナの友人の一人であり、アレと呼ばれる黄金の果実の管理者である。
彼女もまた、普通の人間ではない。
あやかしなのだ。
その正体はアスガルドでもっとも若く、愛らしい女神と言われたイズンだった。
神々の若さと寿命を維持する黄金の果実を唯一、管理出来る神族だったイズンは厄介な性格の持ち主でさらなる刺激を求め、アスガルドを出奔した。
出奔先で出会い、意気投合したのがユリナだったのだ。
腐れ縁は続き、面白そうだからという理由でユリナに付き合い、『鏡合わせの世界』からやって来た。
アレを伴って。
「それでどうなの? 上手くいっているの?」
アレの入った木箱を抱える麗央を横目でちらりと窺いながら、急に声を窄め、そのようなことを言い出したゲェルセミにユリナは「あ、ええ。うん」といつもの調子はどこへ行ったのやら、すっかりおとなしくなっている。
麗央は義理の母親の不躾な視線に気付いているが、不快なものとは捉えていなかった。
幼い頃、母親と引き離され、母親を知らぬまま育った麗央にとって、ユリナとゲェルセミの関係が眩しい物に見えているからだ。
決して、素直ではないユリナの態度だが、母と娘が互いに思い合っているのを誰よりも麗央が知っていた。
「ま、まぁ。ボチボチな感じ?」
「ボチボチ? 何なの? それは?」
「ボチボチはボチボチよ、お母様」
「リーちゃん。ママでもいいのよ、ママでも」
「えぇ……」
ゲェルセミは見た目も少女で体型も少女である。
ユリナは見た目こそ少女だが、体型は大人の女性へと成長を遂げており、背も伸びている。
見ようによってはユリナの方が年上で姉のように見えてしまうほどだ。
それなのに年下の妹にやり込められているようにも見えた。
そんな二人の様子を麗央は微笑ましく、感じていた。
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