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第101話 歌姫の本当のお仕事

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 ユリナの仕事はYoTubeである。
 これはあながち、間違った表現ではない。
 チャンネル登録者数は既に日本国民よりも多く、止まる気配が見られない人気配信者である。
 しかし、そういう意味ではない。

 麗央と結婚し、戸籍上はいかづちゆりなとなったユリナだが、元の名前はリリアナ・チェムノタリオトというスラブ系民族らしい名を持っている。
 麗央が彼女の愛称を『ゆり』ではなく、『リーナ』と呼んでいるのはこの名に由来していた。

 だが、彼女はもう一つの名を持っている。
 エリザヴェータ・スラーヴァ。
 旧アメリカ地域ではエリザベス・グローリーの名の方が知られていた。
 インターネット関連の産業に特化した企業グローリー社の重役であり、YoTube部門の責任者として統括する立場にあった。

 ユリナにとって、YoTubeはまさに仕事である。
 彼女自身が直接、あれこれとYoTubeで何かをしている訳でもない。
 グローリー社には専門的な知識を有する優秀な社員が揃っている。
 社主であり、姑にあたる光宗博士も融通を利かせ、鼻が利く者を彼女の下に付けていた。

 彼らは普段であればすぐに動き、適切な処置をとる。
 ところがスキャンダルになりかねない件の動画に関しては全く、動く素振りを見せなかった。
 わざと放置をしていたようにさえ見える不自然さはその後の爆発的なバズり具合を予見していたかのようだ。

 そういう事情もあり、ユリナは本業とも言えるに専念が出来るのである。
 もっとも本人は「本業はレオのお嫁さんだから♪」と即答しかねないのだが……。

 ともかく、ユリナは歌姫として、ライブ配信に専念している。
 先日のバズりすぎたキス動画があったにも関わらず、ウェディングドレスを連想させる純白のクラシカルなドレスを身に纏っていた。
 レースやリボンがあしらわれたユリナの好む己の外見を最大限に生かす衣装である。
 あれほど大胆な水着を着ていた者と同一人物とは思えないほどに肌面積は狭い。
 清楚可憐といった表現が最適としか思えない。

「みんな~! 一曲目、行くよ~♪」

 歌い出しの「もう怖くない」とユリナの声が放送に乗った瞬間から、コメント欄がフルスロットルに近い状態となった。
 既に目で追うのも困難な状況だった。
 キス動画のせいで炎上している訳ではない。
 批判的なコメントは極少数しか見られず、その内容もユリナの行為を咎めるものとは言い難い。
 内容はキス動画で着ていた水着のようにもっと攻めた衣装を見たいといった批判と言うよりも要望に近い物だった。

「歌っている時のリーナはやっぱり可愛いな」

 ガードマンの如く、ユリナのライブ配信を傍で見守っていた麗央が思わず、呟いた。
 本人すらも聞き取れないほどの小さな声だった。
 ところが唄を歌うことに専念し、大音量で流されている音楽で気が付かないはずの彼女が恐るべき勘の鋭さで一音一句余さず、聞き取っていた。
 まさに地獄耳である。

 聞き取ろうとするあまり、音程が一瞬、怪しくなる。
 口許が自然と綻びそうになるせいだった。
 ユリナにとって、百万人から歯の浮くような賞賛の言葉を貰うより、たった一人の率直な言葉を貰う方が余程、重要なのだ。

 ライブが進むと楽曲もアイドル路線のポップスが混じり、それに従い、裾丈の長いクラシカルなドレスから早変わりで動きやすいワンピースドレスに変わっている。
 それでも肌面積は決して、多いとは言えない。
 しかし、動きの多い中にも可愛らしさを強くアピールするアイドルらしさを前面に出した振り付けとなっている。
 そのお陰か、コメント欄は概ね安定している。

(あれ?)

 麗央はふと湧き上がってきた疑問に首を捻る。
 振り付けにユリナが流し目を送るように見せるものがあった。
 あくまで送るように見せるだけである。
 それにも関わらず、麗央は熱っぽい視線を送られている気がしてならなかった。

 麗央の気のせいではない。
 ユリナは唄を歌い、振り付けを手順通りに踊りながら、合間に麗央への愛も謳っているのだから。

 そして、この日行われた『歌姫リリー』のライブにより、これまで覚醒していなかった者の多くが覚醒めざめを迎える契機となった。
 覚醒者の中にもさらなるステージに進む者が現れ始めるのもこの頃からである。
 世界はより混沌とした舞台へと整えられていく……。
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