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第88話 備忘録CaseVII・提灯小僧メジャーデビュー

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「ランテルナカルタ・プエルとパピーアラテルネ・ユンゲ。どっちがいいかしら?」
「ぅぇ?」

 提灯小僧は絶句した。
 目の前で悠然と椅子に腰かけているユリナの紅玉ルビー色の瞳に見つめられ、有無を言わさぬ威圧感にそうせざるを得ない。
 屋内でありながらも彼女の緩やかな三つ編みに編み込まれた白金色プラチナのおさげが、煌びやかな色彩を放っているがその光すら、己の死刑宣告のように思えてならなかった。

「だから、どっちがいいの?」

 麗央は蛇に睨まれた蛙と化した提灯小僧を憐れに思いながら、これといって救いの手を差し伸べる手立てを思いつかない。
 心の中ですまないと謝りながらも下手に口を挟み、ユリナに嫌われたくないとも考えた。
 実際には麗央がどのような行動を取ろうとユリナが嫌うことはないのだが、彼はそこまで自分に自信を持っている訳ではない。

「あー……うー……」
「どっち?」

 提灯小僧は白とも黒ともつかぬ政治家の如く、素っ頓狂に間延びした返事で誤魔化そうとするが、それを許してくれるほどユリナは甘くなかった。
 さらに強まる威圧感に提灯小僧は思わず、漏らしかけたほどだ。
 それも仕方ないことだった。
 蛇に睨まれたどころでは済まない。
 世界蛇ヨルムンガンドは蛇ではない。
 竜である。
 ユリナも竜の血を引いており、半身が世界蛇。
 その威圧感の前に並みの怪異では消し飛ばされても仕方がないのだ。
 平然としている麗央がおかしいだけである。

「そ、そいじゃ、ぷ、ぷ、ぷえるでおねげえしやす。許してくんろ」

 提灯小僧の上からも下からも何らかの液体が漏れ出て、止まらない。
 大惨事であり、尊厳の危機と言ってもいい状況だった。
 麗央は何とも居たたまれない気持ちになったが、ユリナの機嫌が再び、下降し始めたのでそれどころではなかった。
 結局のところ、彼もあまり、ユリナと変わらないのである。



 提灯小僧はYoTubeで既にチャンネルを開いていたが、飛ばず鳴かずの状態だった。
 優れた動画の編集技術を有していても宝の持ち腐れになっていたのだ。
 長所を生かすことが出来ず、ただ埋もれていくだけ。
 そのまま消えていくのは悲しいことだ。

 そこで一念発起した提灯小僧は己が持てる全てを注ぎ込み、自らの半生を描いた自叙伝のような映画を作った。
 これを千載一遇の機会とばかりにユリナにプレゼンテーションしたのである。
 怪異の中でも別格の存在であり、人間にも既に伝説的な歌姫としての地位が周知されつつあるユリナとの邂逅は、彼がこれまでに感じたことのない恐怖体験だった。
 だが結果だけを見れば、提灯小僧の無謀な試みは成功だったと言えよう。

 提灯小僧から、ランテルナカルタ・プエルと名乗りを変え、チャンネル名もユリナのアドバイスに従い、一新した。

「おいらはプーだよ。よろしくなっ」

 より親しみやすいようにと自らを『プーちゃん』と自己紹介したこの奇妙な風体の少年はチャンネル方針も大きく変更された『プーちゃんTV』で華々しい、再デビューを飾った。
 トレードマークとも言える提灯は相変わらず、手にしたままなのは変わらない。
 カメラの前で明るく、人懐こい笑顔を見せる。
 最初は全く、知られていなかった提灯小僧の『プーちゃんTV』だったが、『歌姫リリー』がプロデュースしただけでなく、相互リンクしているのは伊達ではない。
 提灯小僧自身の魅力も相まった不思議なエンターテイメント動画を提供するチャンネルとして、次第に人々の注目を集めることになった。

 彼の動画は非常にシンプルな内容である。
 提灯片手に提灯小僧が日本各地のあまり知られていない隠れた観光名所を訪ねるのだ。
 どこか距離感がおかしいと言われている提灯小僧のコミュニケーション能力の高さは異常と言えるレベルに達している。

 時には小さな漁村の朝市に出没し、人懐こさを利用して、年配の店主にも旧来の友人のような口調で語りかける。
 ひょうきんで愛嬌のあるである彼は己の長所を良く理解していた。

「ねえねえ、おばちゃん。これ、おいしーの?」

 失礼とも思える態度だが、これが大いにウケた。
 『プーちゃんTV』の動画は次第に拡散されていき、チャンネル登録者数も日増しに増えていった。

 また、時には様々な冒険に挑戦する様子も面白おかしい動画編集を行い、好評だった。
 いつも着ている薄手の着物一枚だけで二千メートル級の山に果敢に挑んだ動画は、爆発的に動画視聴数が回った。
 『決して、真似をしないでください』のテロップを流し、鼻水を凍らせ、寒さに体を震わせながらも山頂を目指す姿に『元気を貰った』というコメントが多数、寄せられたのだ。
 
 提灯小僧の明るく、優しい性格が動画を通じて伝わったのだろうか。
 今や人気を博した『プーちゃんTV』の看板は、引く手あまたなほどである。
 スポンサーからの支援を受けられ、イベントへの出演の機会も得るようになった提灯小僧は忘れ去られた時代の存在感と往年の輝きを取り戻したのだ。
 多くの人々に勇気と希望を与える存在。
 それが提灯小僧である。
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