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第80話 師匠と弟子II①
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ユリナが自室でノートパソコンと格闘し、眉間に皺を寄せている頃、麗央はある人物に会うべく、H町の御用邸脇にある記念公園へと足を延ばしていた。
兄と慕う青年・根津五十六から連絡を受け、彼の勤務地がある公園を訪れたのだった。
いつもであれば、ユリナの忍ばせた監視の目が行き届いているところだが、今日は勝手が違う。
彼女が手を離せない状況にあるので麗央は自由に羽を伸ばしても構わないのだが、そういった意思は彼の中に微塵もない。
ユリナの愛はどこまでも重く、執着もまた然り。
それを受ける当の本人である麗央は全く、苦に感じていないのだ。
「よお。少年。今日も元気だな」
「そう言うイソローも!」
五十六は現在、二十四歳で記念公園に建てられた博物館の学芸員である。
中肉中背な体つきは変わりがなかったが、やや赤みがかっておりブラウンカラーに見えた髪がより一層、はっきりと分かる赤毛になっている。
お洒落とはまるで無縁と言わんばかりに洒落っ気のない黒縁のスクエアタイプの眼鏡もかけていなかった。
「イメチェンした?」
麗央もすぐに察したのか、そう声をかける。
麗央の目の良さは尋常ではなく、ユリナが一ミリ髪を切っただけでも「髪を切った?」と気付くほどである。
それが愛の奇跡が見せる技なのか、単に彼の並外れた観察眼と集中力の為せる業なのか。
真相は本人にも分からない。
「まあ。そんなところだなあ」
言われた五十六はまんざらでもないのだろう。
風で少々、乱れたカットして整えたばかりと思われるベリーショートの赤毛を指で直す。
その姿も以前とは比較にならないほど、絵になっている。
フロントとトップは短くカットされているが、サイドとバックは厚めに残し、刈り上げないスタイルが五十六によく似合っていた。
「少年。君の方こそ、どうなんだい? うん?」
五十六の急なイメージチェンジの遠因になっているのは誰あろう歌姫リリーことユリナである。
彼の中に眠っていた力を呼び起こしたのは歌姫の唄に他ならない。
それに伴い、外見的な変化が生じ、心機一転したのが真相である。
これを機に魔法使いにならず、済むかもしれない。
はっきりとはしないまでも五十六の中に自信が芽生えつつあった。
何の根拠もない自信ではあったが……。
「イソローのお陰で……あの、その。うまくいったよ」
「へ、へえ。そ、そうか。うまくいったか。そうか」
「あれ? おかしいぞ」と五十六は思った。
頬を紅色に染めて、恥ずかしそうにする麗央を見ると本当にうまくいったようにしか見えなかった。
彼はネットで得た知識の受け売りを麗央に伝えたに過ぎない。
素直な麗央は疑う心を持たないゆえ、自分が教えた通りの行動を取るに違いないと五十六は睨んでいた。
多少の罪悪感は生じていたが、「リア充爆発しろ」と邪な思いの方が勝ってしまったのだ。
「す、すごかった」
「そ、そうか。すごかったのか」
「何がだよ」とツッコミを入れたい五十六だが、麗央の表情が全てを物語っている。
アレは魔法使いになりかけている者が見たことのないものを見てきた男の顔だ。
五十六はそう感じていた。
「具体的にだな、少年。君の彼女のモノはどれくらいなんだ?」
「これくらいかな」と麗央が身振り手振りでユリナの豊かな双丘を伝えようとした。
五十六は伊達に間も無く、魔法使いになる男ではない。
稚拙な麗央のジェスチャーで全てを悟った。
「でかい。でかいだろ。メロンか。いや、スイカか」と思わず、口から出そうになり、慌てる五十六だったがそこではたと気付いた。
「なるほどなあ。それで少年よ。彼女の写真くらい見せてくれてもいいと思わんかね。俺っち、そう思うんだが」
「は、はあ。それなんだけどさ」
ここにきて麗央の歯切れが急に悪くなる。
「ははん」とここで再び、五十六の魔法使いレーダーが察知した。
麗央の彼女の体つきは最高のようだが顔に自信がないに違いないと……。
しかし、これは五十六の早計だった。
麗央の歯切れが悪かったのはユリナの写真を見せて、紹介したいのにそう出来ない已むに已まれぬ事情があったからだ。
ユリナは純血のあやかしである。
純血種は通常のカメラで撮ることが出来ない。
何しろ、彼女は鏡にも姿が映らないのだ。
ライブ配信で使われている機材やユリナが持っている特注のスマートフォンには、特殊な仕掛けが施してある。
本来は映らないはずのモノでも映る。
麗央が普段使いしているスマートフォンはそうでない以上、五十六に見せることが出来なかったのだ。
「彼女はその……写真が嫌いなんだ」
「そうか。そりゃあ、仕方ないよなあ」
この時、五十六の中で麗央の彼女のイメージが確定した。
そして、スタイルはグラビアアイドル顔負けなのに顔がいまいちで自信のない女性に違いないとプロファイリングした。
完全に外れており、掠りもしていないプロファイリングだったが五十六は自分、かなりいけていると心の中で自画自賛、拍手喝采の嵐である。
麗央が外歩きで普段、持ち歩いているスマートフォンは市販の物だ。
これは身の程を知らない愚か者による無駄な争いを避けるべく、麗央とユリナが相談して決めたことだった。
二人とも不要な争いが起きるのを望んではいないのだ。
ユリナは写真を見せないことで自分が不細工扱いされているとは露知らず、麗央も目の前でブツブツと呟く兄のような男がそんな失礼なことを考えているとは思いもしない。
もっともこの二人はお互いの評価にしか、興味を抱いていないので五十六にどう思われようとも気にしないのだが……。
「まあ。そのなんだ。少年。彼女ともっとうまくやりたくはないかね」
「そりゃ、ええ。そうだけどさ」
そして、五十六はここで妙な仏心を見せる。
彼女いないお一人様歴=年齢の男にも関わらず、可愛い弟分に助言しようと考えたのだ。
麗央と件の彼女の仲が良好なのは嫌と言うほど理解していた。
愛し合う恋人の睦み合いを聞かされると、砂糖を吐きかねないほどの苦痛を伴うことも理解していた。
だからこそ、五十六は思った。
自分がもっと、ずっと弟分の恋路を応援せねばなるまいと変な義務感を抱いてすらいたのである。
「俺っちにいい考えがあるんだが……まずは腹ごしらえをしようか、少年」
兄と慕う青年・根津五十六から連絡を受け、彼の勤務地がある公園を訪れたのだった。
いつもであれば、ユリナの忍ばせた監視の目が行き届いているところだが、今日は勝手が違う。
彼女が手を離せない状況にあるので麗央は自由に羽を伸ばしても構わないのだが、そういった意思は彼の中に微塵もない。
ユリナの愛はどこまでも重く、執着もまた然り。
それを受ける当の本人である麗央は全く、苦に感じていないのだ。
「よお。少年。今日も元気だな」
「そう言うイソローも!」
五十六は現在、二十四歳で記念公園に建てられた博物館の学芸員である。
中肉中背な体つきは変わりがなかったが、やや赤みがかっておりブラウンカラーに見えた髪がより一層、はっきりと分かる赤毛になっている。
お洒落とはまるで無縁と言わんばかりに洒落っ気のない黒縁のスクエアタイプの眼鏡もかけていなかった。
「イメチェンした?」
麗央もすぐに察したのか、そう声をかける。
麗央の目の良さは尋常ではなく、ユリナが一ミリ髪を切っただけでも「髪を切った?」と気付くほどである。
それが愛の奇跡が見せる技なのか、単に彼の並外れた観察眼と集中力の為せる業なのか。
真相は本人にも分からない。
「まあ。そんなところだなあ」
言われた五十六はまんざらでもないのだろう。
風で少々、乱れたカットして整えたばかりと思われるベリーショートの赤毛を指で直す。
その姿も以前とは比較にならないほど、絵になっている。
フロントとトップは短くカットされているが、サイドとバックは厚めに残し、刈り上げないスタイルが五十六によく似合っていた。
「少年。君の方こそ、どうなんだい? うん?」
五十六の急なイメージチェンジの遠因になっているのは誰あろう歌姫リリーことユリナである。
彼の中に眠っていた力を呼び起こしたのは歌姫の唄に他ならない。
それに伴い、外見的な変化が生じ、心機一転したのが真相である。
これを機に魔法使いにならず、済むかもしれない。
はっきりとはしないまでも五十六の中に自信が芽生えつつあった。
何の根拠もない自信ではあったが……。
「イソローのお陰で……あの、その。うまくいったよ」
「へ、へえ。そ、そうか。うまくいったか。そうか」
「あれ? おかしいぞ」と五十六は思った。
頬を紅色に染めて、恥ずかしそうにする麗央を見ると本当にうまくいったようにしか見えなかった。
彼はネットで得た知識の受け売りを麗央に伝えたに過ぎない。
素直な麗央は疑う心を持たないゆえ、自分が教えた通りの行動を取るに違いないと五十六は睨んでいた。
多少の罪悪感は生じていたが、「リア充爆発しろ」と邪な思いの方が勝ってしまったのだ。
「す、すごかった」
「そ、そうか。すごかったのか」
「何がだよ」とツッコミを入れたい五十六だが、麗央の表情が全てを物語っている。
アレは魔法使いになりかけている者が見たことのないものを見てきた男の顔だ。
五十六はそう感じていた。
「具体的にだな、少年。君の彼女のモノはどれくらいなんだ?」
「これくらいかな」と麗央が身振り手振りでユリナの豊かな双丘を伝えようとした。
五十六は伊達に間も無く、魔法使いになる男ではない。
稚拙な麗央のジェスチャーで全てを悟った。
「でかい。でかいだろ。メロンか。いや、スイカか」と思わず、口から出そうになり、慌てる五十六だったがそこではたと気付いた。
「なるほどなあ。それで少年よ。彼女の写真くらい見せてくれてもいいと思わんかね。俺っち、そう思うんだが」
「は、はあ。それなんだけどさ」
ここにきて麗央の歯切れが急に悪くなる。
「ははん」とここで再び、五十六の魔法使いレーダーが察知した。
麗央の彼女の体つきは最高のようだが顔に自信がないに違いないと……。
しかし、これは五十六の早計だった。
麗央の歯切れが悪かったのはユリナの写真を見せて、紹介したいのにそう出来ない已むに已まれぬ事情があったからだ。
ユリナは純血のあやかしである。
純血種は通常のカメラで撮ることが出来ない。
何しろ、彼女は鏡にも姿が映らないのだ。
ライブ配信で使われている機材やユリナが持っている特注のスマートフォンには、特殊な仕掛けが施してある。
本来は映らないはずのモノでも映る。
麗央が普段使いしているスマートフォンはそうでない以上、五十六に見せることが出来なかったのだ。
「彼女はその……写真が嫌いなんだ」
「そうか。そりゃあ、仕方ないよなあ」
この時、五十六の中で麗央の彼女のイメージが確定した。
そして、スタイルはグラビアアイドル顔負けなのに顔がいまいちで自信のない女性に違いないとプロファイリングした。
完全に外れており、掠りもしていないプロファイリングだったが五十六は自分、かなりいけていると心の中で自画自賛、拍手喝采の嵐である。
麗央が外歩きで普段、持ち歩いているスマートフォンは市販の物だ。
これは身の程を知らない愚か者による無駄な争いを避けるべく、麗央とユリナが相談して決めたことだった。
二人とも不要な争いが起きるのを望んではいないのだ。
ユリナは写真を見せないことで自分が不細工扱いされているとは露知らず、麗央も目の前でブツブツと呟く兄のような男がそんな失礼なことを考えているとは思いもしない。
もっともこの二人はお互いの評価にしか、興味を抱いていないので五十六にどう思われようとも気にしないのだが……。
「まあ。そのなんだ。少年。彼女ともっとうまくやりたくはないかね」
「そりゃ、ええ。そうだけどさ」
そして、五十六はここで妙な仏心を見せる。
彼女いないお一人様歴=年齢の男にも関わらず、可愛い弟分に助言しようと考えたのだ。
麗央と件の彼女の仲が良好なのは嫌と言うほど理解していた。
愛し合う恋人の睦み合いを聞かされると、砂糖を吐きかねないほどの苦痛を伴うことも理解していた。
だからこそ、五十六は思った。
自分がもっと、ずっと弟分の恋路を応援せねばなるまいと変な義務感を抱いてすらいたのである。
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