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第71話 備忘録CaseVI・神に殺されないモノ①不浄なる巨人
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陸はその時、初めて恐怖を知った。
末っ子として生まれたテラは年の離れた長子が家を既に出ていたことも影響し、両親と姉に甘やかされて育った。
持って生まれた力の強さは異常なものであり、大の大人がようやく持ち上げられる両手持ちの大きな剣をようやく歩き始めた頃に軽く持ち上げたほどである。
年を経るごとに高まる己の力に心の成長が追い付かなかったテラはいわゆる反抗期を迎えていた。
一端の悪を気取り、まずは見た目から不良の真似事をしてみたものの根元の部分では悪になり切れていない。
今回の『大迷宮』探索にしても拒否することが出来たにも関わらず、そうしなかったのはひとえに彼が坊ちゃんだからに他ならない。
そんなテラの強みは持ち前の圧倒的な膂力である。
長所を活かし、パワーファイターとして力押しの戦いが得意だったが、膂力を推進力に変換し、瞬発力と機動力を利用したトリッキーな戦いも出来る。
天性の荒ぶる戦神と言うべき存在がテラだった。
向かうところ敵はなく、地元だけではなく、引っ越した先でも名の知れた強者どもを軽くノックアウトした。
当地で既に頭のように恐れられていたテラは少々、天狗になっていたと言えるだろう。
ところが上には上がいると思い知らされることになった。
『ハウステンピョス』で麗央が無意識のうちに発した威圧感に押され、得体の知れない大男には軽く、拳を止められた。
これにいささかの自信を失ったテラだったが、元々単純で分かりやすい気質の少年である。
『大迷宮』の中に広がるサヴァナで年の近いイリスと遊んでいるうちに反省点を忘れたのだ。
「なんだってんだ! こいつはよお!」
テラはこれまでどちらかと言えば、力に頼った無駄の多い戦い方をしていた。
先日の麗央や謎の大男との邂逅は、彼を一段上のステージへと高めることになった。
有り余る力を形として固定化させることに成功したばかりか、行使することさえも可能にしたのはひとえにテラの才能の為せる業だった。
青みがかった彼の髪に似た色合いで染められた金属質の籠手と肩当てがテラの背後にゆらりと浮いていた。
その外観には反抗期にあるテラの心を表したか如く、全体に鋭い棘が生えており、攻撃的な印象を他者に強く与えるものだ。
その時、風を切る音と共に石礫が高速で飛来した。
礫とは言っても大きな物で成人男性ですら持ち上げられないような巨石である。
テラの意思に従い、音もなく動き出した蒼黒のガントレットが苦も無く、粉砕した。
しかし、テラの表情はどこまでも険しい。
「見たことのないあやかしでござるよ」
イリスはテラの叫びにも似た問いにのんびりとした普段の口調のペースを崩さず、答えた。
そればかりか、彼と同じように目の前に飛来した礫を賽の目に裁断して見せたのである。
後方宙返りをしながら、それを瞬時にいとも容易く、やってのけたイリスの技量の高さが窺い知れる。
問題があるとすれば、イリスが膝上までしか裾丈のないミニスカートを穿いているので健康的な若い男には目の毒な点だった。
この時、イリスが為した不思議な技は兄や姉と同じく、有している変質・変容させる力を利用したものだ。
己の髪と爪を強化し、自在に変化させる能力へと昇華させ、武器として、使う術を得た。
それを実戦で披露したのはこの時が初めてである。
テラとイリスの様子はユリナが配置した亡霊により、YoTubeで全世界にライブ配信されていた。
「世界初のダンジョン探索ライブ配信として、これほどいい絵はないんじゃない?」
「う、うん。そうだね」
イリスの配信チャンネルに表示されているコメント欄は目まぐるしい勢いで流れていく。
信じられない光景が広がるダンジョン内部の映像にコメント欄は一層のヒートアップを見せ、投げ銭も相当の額が投入されていた。
それを見てほくそ笑むユリナを見て、麗央はどうにも合点がいかない顔をしている。
「どうしたの? 何か、気になることでもあった?」
日傘をくるくると回しながら、小首を傾げるユリナの姿に見とれてしまい、麗央はつい尋ねるべきことを忘れてしまった。
そんな麗央に向かって、ユリナは軽い調子で「分かっているわ。不思議なのでしょ?」と蠱惑的な笑みを浮かべながら答えた。
「レオはあの子の力、どう思うかしら?」
「かなりいいモノを持ってるとは思う」
「そうよね。レオの見立ては合っていると思うわ。でも……」
「それが不思議なんだ。彼の攻撃が全く効いてないように見えるんだ」
「それも正解だわ。さすがレオね」
「どういう仕掛けになってるんだい?」
ユリナは日傘を畳むとバレエでも踊るようにくるくると回り始めた。
彼女のドレスの裾丈は長く、少しばかり回った程度で下着や足が見える心配はないのだが麗央としては気が気でない。
ユリナが麗央に対して見せる独占欲と愛は狂おしいくらいに強い。
しかし、麗央の見せるそれもまた、勝るとも劣らぬほどに強いものだった。
「だって、あれ……神に殺されないモノだもん♪」
ユリナが日傘で指した先にはテラとイリスに巨石を投げつけた張本人がいる。
身の丈は三メートルを超えていた。
上半身のフォルムは辛うじて”人の形”を留めるが、ぬめぬめとした黒い粘液を思わせる表皮に覆われており、頭部と思しき楕円形の部位の正面にはこれまた、ギョロギョロと周囲を見渡す眼球のような気味の悪いものが浮き出ている。
二本の腕以外にも軟体動物頭足類の触腕に似た器官が数本、ゆらゆらと背中から顔を覗かせていた。
下半身は”人の形”を留めているようでそうではない。
大地を捉える太い足は腕に比べると短く、しかも人のそれとは明らかに違う形をしていた。
人であれば、膝に当たる部分から下が大きな蛇と化している。
異形の巨人と呼ぶべき姿をしたギガースは明確な敵意と殺意を持って、立ちはだかっていた。
末っ子として生まれたテラは年の離れた長子が家を既に出ていたことも影響し、両親と姉に甘やかされて育った。
持って生まれた力の強さは異常なものであり、大の大人がようやく持ち上げられる両手持ちの大きな剣をようやく歩き始めた頃に軽く持ち上げたほどである。
年を経るごとに高まる己の力に心の成長が追い付かなかったテラはいわゆる反抗期を迎えていた。
一端の悪を気取り、まずは見た目から不良の真似事をしてみたものの根元の部分では悪になり切れていない。
今回の『大迷宮』探索にしても拒否することが出来たにも関わらず、そうしなかったのはひとえに彼が坊ちゃんだからに他ならない。
そんなテラの強みは持ち前の圧倒的な膂力である。
長所を活かし、パワーファイターとして力押しの戦いが得意だったが、膂力を推進力に変換し、瞬発力と機動力を利用したトリッキーな戦いも出来る。
天性の荒ぶる戦神と言うべき存在がテラだった。
向かうところ敵はなく、地元だけではなく、引っ越した先でも名の知れた強者どもを軽くノックアウトした。
当地で既に頭のように恐れられていたテラは少々、天狗になっていたと言えるだろう。
ところが上には上がいると思い知らされることになった。
『ハウステンピョス』で麗央が無意識のうちに発した威圧感に押され、得体の知れない大男には軽く、拳を止められた。
これにいささかの自信を失ったテラだったが、元々単純で分かりやすい気質の少年である。
『大迷宮』の中に広がるサヴァナで年の近いイリスと遊んでいるうちに反省点を忘れたのだ。
「なんだってんだ! こいつはよお!」
テラはこれまでどちらかと言えば、力に頼った無駄の多い戦い方をしていた。
先日の麗央や謎の大男との邂逅は、彼を一段上のステージへと高めることになった。
有り余る力を形として固定化させることに成功したばかりか、行使することさえも可能にしたのはひとえにテラの才能の為せる業だった。
青みがかった彼の髪に似た色合いで染められた金属質の籠手と肩当てがテラの背後にゆらりと浮いていた。
その外観には反抗期にあるテラの心を表したか如く、全体に鋭い棘が生えており、攻撃的な印象を他者に強く与えるものだ。
その時、風を切る音と共に石礫が高速で飛来した。
礫とは言っても大きな物で成人男性ですら持ち上げられないような巨石である。
テラの意思に従い、音もなく動き出した蒼黒のガントレットが苦も無く、粉砕した。
しかし、テラの表情はどこまでも険しい。
「見たことのないあやかしでござるよ」
イリスはテラの叫びにも似た問いにのんびりとした普段の口調のペースを崩さず、答えた。
そればかりか、彼と同じように目の前に飛来した礫を賽の目に裁断して見せたのである。
後方宙返りをしながら、それを瞬時にいとも容易く、やってのけたイリスの技量の高さが窺い知れる。
問題があるとすれば、イリスが膝上までしか裾丈のないミニスカートを穿いているので健康的な若い男には目の毒な点だった。
この時、イリスが為した不思議な技は兄や姉と同じく、有している変質・変容させる力を利用したものだ。
己の髪と爪を強化し、自在に変化させる能力へと昇華させ、武器として、使う術を得た。
それを実戦で披露したのはこの時が初めてである。
テラとイリスの様子はユリナが配置した亡霊により、YoTubeで全世界にライブ配信されていた。
「世界初のダンジョン探索ライブ配信として、これほどいい絵はないんじゃない?」
「う、うん。そうだね」
イリスの配信チャンネルに表示されているコメント欄は目まぐるしい勢いで流れていく。
信じられない光景が広がるダンジョン内部の映像にコメント欄は一層のヒートアップを見せ、投げ銭も相当の額が投入されていた。
それを見てほくそ笑むユリナを見て、麗央はどうにも合点がいかない顔をしている。
「どうしたの? 何か、気になることでもあった?」
日傘をくるくると回しながら、小首を傾げるユリナの姿に見とれてしまい、麗央はつい尋ねるべきことを忘れてしまった。
そんな麗央に向かって、ユリナは軽い調子で「分かっているわ。不思議なのでしょ?」と蠱惑的な笑みを浮かべながら答えた。
「レオはあの子の力、どう思うかしら?」
「かなりいいモノを持ってるとは思う」
「そうよね。レオの見立ては合っていると思うわ。でも……」
「それが不思議なんだ。彼の攻撃が全く効いてないように見えるんだ」
「それも正解だわ。さすがレオね」
「どういう仕掛けになってるんだい?」
ユリナは日傘を畳むとバレエでも踊るようにくるくると回り始めた。
彼女のドレスの裾丈は長く、少しばかり回った程度で下着や足が見える心配はないのだが麗央としては気が気でない。
ユリナが麗央に対して見せる独占欲と愛は狂おしいくらいに強い。
しかし、麗央の見せるそれもまた、勝るとも劣らぬほどに強いものだった。
「だって、あれ……神に殺されないモノだもん♪」
ユリナが日傘で指した先にはテラとイリスに巨石を投げつけた張本人がいる。
身の丈は三メートルを超えていた。
上半身のフォルムは辛うじて”人の形”を留めるが、ぬめぬめとした黒い粘液を思わせる表皮に覆われており、頭部と思しき楕円形の部位の正面にはこれまた、ギョロギョロと周囲を見渡す眼球のような気味の悪いものが浮き出ている。
二本の腕以外にも軟体動物頭足類の触腕に似た器官が数本、ゆらゆらと背中から顔を覗かせていた。
下半身は”人の形”を留めているようでそうではない。
大地を捉える太い足は腕に比べると短く、しかも人のそれとは明らかに違う形をしていた。
人であれば、膝に当たる部分から下が大きな蛇と化している。
異形の巨人と呼ぶべき姿をしたギガースは明確な敵意と殺意を持って、立ちはだかっていた。
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