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第56話 錯綜する思惑①

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 歌姫リリーのチャンネル登録者数は既に日本の人口――およそ一億を超えていた。
 目まぐるしく、激しい世界情勢の中で彼女が住んでいる極東の小さな島国が比較的、平穏な時を過ごしていたことも大きく影響している。
 だが実はその裏に様々な者の思惑が絡んでいることを知る者は少ない。

 実のところ、世界は表向きではあるものの歴史上にないほどの平和な一時を過ごしていると言えるだろう。
 火薬庫を抱えていた欧州やアジアでは大きな動きがあった。

 欧州は欧州連邦共和国Federal Republic of Europe――通称FREと呼ばれる統一機構により、統治されていた。
 旧体制時代より、共同構想があった地域である。
 危急の時ともなれば、より強固な絆で結ばれると期待されたFREだが、実際には旧国家の思惑と柵が絡み合い、世界でもっとも陰謀が渦巻く混沌とした地域とも言える。

 太平洋とそれを取り巻くアジア諸地域はかつて、アメリカ合衆国と呼ばれた国を中心に環太平洋機構Pacific Rim Organization――通称PROを結成している。
 日本もこの一員に含まれているが、アメリカがこの地域を牽引しているという事実は否めず、彼の国の意思がかなりの影響を及ぼしている地域でもあった。

 一方、広大なユーラシアの大地を所有するユーラシア連邦Eurasian Federal――通称EFも結成されていた。
 これはかつて、ロシアと中国と呼ばれていた国が国家の垣根を越えて、合併した連邦国と言っても過言では無い。
 しかし、それは表向きのことだった。
 元々のイデオロギーの違いは埋めがたいものがあり、連合を謳いながらも足並みが揃っているとは言い難い。
 また、旧ロシア地域と旧中国地域では依然として、勢力を誇る集団が存在する。
 武力衝突も日常茶飯事であり、政情不安なままである。

 しかし、それらの地域はまだ国という体裁を取れているだけ、幸せであると言えよう。
 南米やアフリカではもはや国という枠組みが崩れており、表立った扮装こそ起きていないもののいつ何時、勃発するのか分からない不安定な状況下にあった。

 ではなぜ、歌姫リリーの人気が世界的な広がりを見せているのか。
 各勢力が己の利権を得る為、しのぎを削る舞台が戦争ではなくなったのがもっとも大きな理由である。
 直接的な手段を取らず、経済効果やをも期待出来る新たな手段。
 それがYoTubeである。
 世界に浸透したSNS文化の発信地であるYoTubeを利用し、人心を掌握するだけではなく、様々な恩恵も手中に収める。
 各勢力の間に密約が結ばれており、暗黙の了解の名の下に各々が動きを見せた結果が偶像の女神である歌姫リリーの存在だった。

 YotubeはPROの旧アメリカから発信された技術の集大成と言うべき代物であり、そのバックアップを受けられるリリーが圧倒的な強さを見せつけるのも致し方ない事実だった。
 しかし、もっとも大きな理由はリリーの歌がもっとも効果的かつ平和的にマナやオドといった大気中や生命体に生じる生命力エネルギーを吸収出来る手段だからである。
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