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第49話 備忘録CaseV・カキツバタ
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妖の太郎はこれまでずっと、人里離れた山奥や深い森の中で暮らしてきた。
天涯孤独の身の上である。
半分あやかしの血を引いている自分が、人の住む都市に住むべきではないとも考えた。
ところがよりにもよって、ハンターとして乗り込んだ先に自分の兄と姉を名乗る人物がいた。
死んだ祖母から、己の父親がこの世の存在ではない異形の者であるとは耳が痛くなるほどに聞かされていた妖の太郎である。
いざ自分と半分血の繋がりのある者が本当に神話や伝承に出てくるような存在であると面と向かって、突きつけられると勝手が違うことに面食らった。
彼らと半分血が繋がっている原因となった件の父親は、妖の太郎にとって何の感慨も抱かない存在である。
妖の太郎には父母の思い出など、一つもない。
家族として関りがあったのは祖母だけだった。
だが、彼らは明らかに違った。
件の父親に対する明確な叛意を隠そうとしなかった。
銀色の毛をしたポメラニアンは銀色の毛を逆立てながら妖の太郎に言った。
「吾輩は倒すのである」
「なぜですか?」
そう問いかける妖の太郎にフェンリルは自信たっぷりに答えて見せる。
「簡単である。山がそこにあるから登るのである。吾輩はそこにあいつがいるから、倒すのである」
「は、はあ」
妖の太郎には何が何やら、ちんぷんかんぷんで狐に化かされた気分になっていた。
異母兄よりも厄介だったのがより積極的に関わってくる異母姉の存在だった。
「ちゃっちゃっとやっちゃって」
「え? ち、ちょっと待ってくださいよ!」
妖の太郎の是非など問わない。
その道に詳しい亡霊をけしかけるとその改造計画に予定通り入ったのである。
「前髪もばっさりとやっちゃってね♪」
「そ、それだけは堪忍してつかぁさ……あっれぇ」
そんな妖の太郎の悲痛な叫びは、聞かなかったかのように見事なまでに無視された。
小一時間もしないうちに身ぎれいにされた妖の太郎だった者が出来上がった。
ざんばら髪の如く、無造作にされていた髪はシャギーカットが施され、小顔に見えるきれいなショートボブになっている。
右目を覆い隠すように伸ばされていた前髪もカットされ、黄金の色に輝く右の瞳が露わになった。
薄っすらとメイクアップされた顔は自然な美しさを引き出す為にナチュラルメイクが基本となっていた。
奇しくもそれは異母姉と同じ仕上げ方だった。
スラブ系民族の血を色濃く、継いでいるユリナが陶器人形を思わせる美しさと形容されるのに対し、母親が日本人の妖の太郎はどこか日本人形のような愛らしさを有している。
それを活かすべく、服装も和をテイストしたものでコーディネートされていた。
大正ロマンを感じさせる着物と洋装を融合させた独特のファッションだった。
トップスは矢羽をデザインした矢絣の着物でボトムスは袴をスカート風にアレンジしたものである。
「だから、言ったでしょ。私を信じて、任せれば全て、上手くいくの」
「確かに似合っているね」
上機嫌で満足そうに頷くユリナと何か、しっくりとは来ないものがあるのか、納得出来ない表情をしている麗央を前に抗議の声を上げることも出来ず、羞恥心から来る茹蛸のような顔をしている妖の太郎がいた。
(すーすーして、風通しが良くて気持ち悪い……)
普段、パンツルックしか着こなすことのない妖の太郎にとって、穿き慣れないスカートほど気味悪く感じられるものはない。
「そうね。どうせなら、名前も変えるべきだわ☆」
「あ? え? は? 名前?」
妖の太郎はユリナの言葉に戸惑いよりも困惑せざるを得ない。
呪われた自分には名さえ、与えられなかった。
そんな自分が名を名乗ってはいけないのではないかという思いが妖の太郎の中に確固として、あったのだ。
「そうね……イリス。イリスがいいんじゃない?」
相変わらず、頬を朱に染めた表情のまま固まっている妖の太郎を意にも介さず、ユリナはあっけらかんとした表情で言った。
「私はリリアナ。リリーって、呼ばれているのくらいはあなたも知っているでしょう? リリーは百合の花……」
ユリナは腕を組み、人差し指を唇に当てた。
やや演技がかった動きをしているように見えるが、妖の太郎はそこに何の意味も見出していない。
会ったばかりの姉がどういう考えで自分を名付けてくれたのかとそればかりを考えていた。
「イリスにはカキツバタの意味があるの。お揃いみたいでいいでしょう? それにカキツバタに込められた花言葉は……」
ユリナはわざとそこで口を止めた。
麗央も敢えて、口を挟まない。
ユリナが『私を信じて』と言った以上、彼女の思うがままにさせようというのが彼のスタンスである。
その場にいる誰もが固唾を飲んで見守るしかない。
「『幸せは必ず来る』なのよ? あなたにぴったりでしょ」
「あびがどうござりまず」
妖の太郎――イリスは頬を伝う熱い物が、自らの流す涙であることをその日、初めて知った。
祖母と一族が殺された時すら、涙を流すことはなかった。
感情を殺したように生きてきた彼女にとって、初めて吐露した感情らしい感情だった。
天涯孤独の身の上である。
半分あやかしの血を引いている自分が、人の住む都市に住むべきではないとも考えた。
ところがよりにもよって、ハンターとして乗り込んだ先に自分の兄と姉を名乗る人物がいた。
死んだ祖母から、己の父親がこの世の存在ではない異形の者であるとは耳が痛くなるほどに聞かされていた妖の太郎である。
いざ自分と半分血の繋がりのある者が本当に神話や伝承に出てくるような存在であると面と向かって、突きつけられると勝手が違うことに面食らった。
彼らと半分血が繋がっている原因となった件の父親は、妖の太郎にとって何の感慨も抱かない存在である。
妖の太郎には父母の思い出など、一つもない。
家族として関りがあったのは祖母だけだった。
だが、彼らは明らかに違った。
件の父親に対する明確な叛意を隠そうとしなかった。
銀色の毛をしたポメラニアンは銀色の毛を逆立てながら妖の太郎に言った。
「吾輩は倒すのである」
「なぜですか?」
そう問いかける妖の太郎にフェンリルは自信たっぷりに答えて見せる。
「簡単である。山がそこにあるから登るのである。吾輩はそこにあいつがいるから、倒すのである」
「は、はあ」
妖の太郎には何が何やら、ちんぷんかんぷんで狐に化かされた気分になっていた。
異母兄よりも厄介だったのがより積極的に関わってくる異母姉の存在だった。
「ちゃっちゃっとやっちゃって」
「え? ち、ちょっと待ってくださいよ!」
妖の太郎の是非など問わない。
その道に詳しい亡霊をけしかけるとその改造計画に予定通り入ったのである。
「前髪もばっさりとやっちゃってね♪」
「そ、それだけは堪忍してつかぁさ……あっれぇ」
そんな妖の太郎の悲痛な叫びは、聞かなかったかのように見事なまでに無視された。
小一時間もしないうちに身ぎれいにされた妖の太郎だった者が出来上がった。
ざんばら髪の如く、無造作にされていた髪はシャギーカットが施され、小顔に見えるきれいなショートボブになっている。
右目を覆い隠すように伸ばされていた前髪もカットされ、黄金の色に輝く右の瞳が露わになった。
薄っすらとメイクアップされた顔は自然な美しさを引き出す為にナチュラルメイクが基本となっていた。
奇しくもそれは異母姉と同じ仕上げ方だった。
スラブ系民族の血を色濃く、継いでいるユリナが陶器人形を思わせる美しさと形容されるのに対し、母親が日本人の妖の太郎はどこか日本人形のような愛らしさを有している。
それを活かすべく、服装も和をテイストしたものでコーディネートされていた。
大正ロマンを感じさせる着物と洋装を融合させた独特のファッションだった。
トップスは矢羽をデザインした矢絣の着物でボトムスは袴をスカート風にアレンジしたものである。
「だから、言ったでしょ。私を信じて、任せれば全て、上手くいくの」
「確かに似合っているね」
上機嫌で満足そうに頷くユリナと何か、しっくりとは来ないものがあるのか、納得出来ない表情をしている麗央を前に抗議の声を上げることも出来ず、羞恥心から来る茹蛸のような顔をしている妖の太郎がいた。
(すーすーして、風通しが良くて気持ち悪い……)
普段、パンツルックしか着こなすことのない妖の太郎にとって、穿き慣れないスカートほど気味悪く感じられるものはない。
「そうね。どうせなら、名前も変えるべきだわ☆」
「あ? え? は? 名前?」
妖の太郎はユリナの言葉に戸惑いよりも困惑せざるを得ない。
呪われた自分には名さえ、与えられなかった。
そんな自分が名を名乗ってはいけないのではないかという思いが妖の太郎の中に確固として、あったのだ。
「そうね……イリス。イリスがいいんじゃない?」
相変わらず、頬を朱に染めた表情のまま固まっている妖の太郎を意にも介さず、ユリナはあっけらかんとした表情で言った。
「私はリリアナ。リリーって、呼ばれているのくらいはあなたも知っているでしょう? リリーは百合の花……」
ユリナは腕を組み、人差し指を唇に当てた。
やや演技がかった動きをしているように見えるが、妖の太郎はそこに何の意味も見出していない。
会ったばかりの姉がどういう考えで自分を名付けてくれたのかとそればかりを考えていた。
「イリスにはカキツバタの意味があるの。お揃いみたいでいいでしょう? それにカキツバタに込められた花言葉は……」
ユリナはわざとそこで口を止めた。
麗央も敢えて、口を挟まない。
ユリナが『私を信じて』と言った以上、彼女の思うがままにさせようというのが彼のスタンスである。
その場にいる誰もが固唾を飲んで見守るしかない。
「『幸せは必ず来る』なのよ? あなたにぴったりでしょ」
「あびがどうござりまず」
妖の太郎――イリスは頬を伝う熱い物が、自らの流す涙であることをその日、初めて知った。
祖母と一族が殺された時すら、涙を流すことはなかった。
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