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第47話 備忘録CaseV・坂の上で待つモノ
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妖の太郎はひたすら、坂を上がろうと苦労していた。
引き摺るように歩かねば、足が重い。
それにも関わらず、足は勝手に坂を上がっていく。
そんな不思議な感覚を妖の太郎は味わっていた。
始めは足だけに感じていた違和感が、徐々にそれだけではすまなくなっている。
鉛の錘を付けられたように錯覚する足など、まだ生温いものだった。
坂を上がるにつれ、全身に熱を帯びたような妙な気怠さを感じ、妖の太郎はいつしか、脂汗を垂らしていることに気付いた。
そればかりか、心臓を真綿でゆっくりと締め付けられている奇妙な感覚までもが襲ってくる。
しかし、妖の太郎は歩みを止めることが出来ない。
妖の太郎はまるで引き寄せられるが如く、丘の上にある雷邸へと一歩一歩近づいていく。
(一体、どうなっているんでござるよ? 僕の体がおかしいでござるよ)
妖の太郎はの背筋を一筋の冷や汗が伝った。
人影はまるでない。
周囲もいつの間にやら、濃い霧に覆われていることを悟った妖の太郎は愕然とした。
坂の下では照り付けるような太陽の光が眩しく、青空が広がっていたのが嘘のようである。
耳障りな擦れる金属音とともに来訪者に重苦しさという威圧感を与えていた鉄の門構えが開いていく。
妖の太郎は齢十五の若輩といえども、これまでに幾度かの修羅場を潜り抜けてきた。
取り巻く状況は決して、芳しいものであるとは言い難い。
それは妖の太郎本人が一番、よく分かっていた。
しかし、そうであるがゆえに自ら、危険に飛び込む必要があることも理解していた。
(ばあちゃんも言っていたでござる。虎穴に入らずんば虎子を得ずって)
「どうなっているのでござるか。これは……」
「ああ。うん。混乱しているよね? 参ったなあ」
目の前で眉根を下げ、濡れ羽色の髪を軽く掻きむしる長身の青年を見て、妖の太郎は言葉を失った。
記憶が飛んでいた。
黒い鉄門を潜ったところで記憶が途切れている。
気が付いたら、目の前に青年がいたことで戸惑い、ようやく絞り出すように出したのがあの程度の言葉だったことに妖の太郎本人は恥ずかしく思っていた。
「あなた……そう。そういうことだったの」
そのせいもあって、名うてのハンターである妖の太郎ともあろう者が気付くのが遅れたのだ。
鈴を転がすような声とともに青年とは対照的に不機嫌そうな表情を隠そうとしない少女が、青年の影からひょっこりと姿を現したことに……。
妖の太郎は血のように紅い紅玉の色に輝く少女の瞳を見て、坂で起きた異変の原因が彼女であることを察した。
(全く、気付かなかったでござる……)
少女の存在を全く感知が出来なかったという事実だけではなく、その身から発せられる圧倒的な威圧感を前に自然と妖の太郎は震えていた。
己が恐怖を感じているのだと初めて、知った。
そして、一族の者が皆殺しにされた惨劇の場ですら、震えることがなかった自分をここまで追い詰める少女に対する興味を抱き始めていた。
「でも、ダメよ? ダメ。レオ。もっと離れて」
「え? あ、うん。何でかな?」
「何でもかんでもないの。レオに近付いていいのはこの私だけなの」
そう言うや否や少女は、青年にもたれるように抱き着いた。
猫が親愛の情を示すように青年の体に頬ずりをした少女はなぜか、妖の太郎を方にちらっと視線を向けると舌をチラッと覗かせると口角を僅かに上げる。
(ど、どういうことでござるか!?)
少女の唇はこう紡いでいる。
「私のものだから」と……。
妖の太郎は言うことを聞かない体を大いに呪った。
この場を離れたくてはならないと頭では分かっていても思うように体が動かない。
まるで足が凍り付いているようだと妖の太郎は感じ、視線を下に向け、絶望することになる。
妖の太郎の腰から下が氷像と化している。
凍り付いているようではなく、本当に凍り付いていたのだ。
「ガルルである」
唸り声ともつかない奇妙な声を上げているのは、シルバーの毛を風にたなびかせたポメラニアンだった。
少々、ふくよかになった顔やお腹周りのせいか、精悍さとは程遠い丸っこさしか感じない見た目である。
だが、妖の太郎は感じていた。
ポメラニアンからも少女と同様に言い知れぬ威圧感が発せられていることに……。
そして、ふっと意識を手放すことに決めた。
引き摺るように歩かねば、足が重い。
それにも関わらず、足は勝手に坂を上がっていく。
そんな不思議な感覚を妖の太郎は味わっていた。
始めは足だけに感じていた違和感が、徐々にそれだけではすまなくなっている。
鉛の錘を付けられたように錯覚する足など、まだ生温いものだった。
坂を上がるにつれ、全身に熱を帯びたような妙な気怠さを感じ、妖の太郎はいつしか、脂汗を垂らしていることに気付いた。
そればかりか、心臓を真綿でゆっくりと締め付けられている奇妙な感覚までもが襲ってくる。
しかし、妖の太郎は歩みを止めることが出来ない。
妖の太郎はまるで引き寄せられるが如く、丘の上にある雷邸へと一歩一歩近づいていく。
(一体、どうなっているんでござるよ? 僕の体がおかしいでござるよ)
妖の太郎はの背筋を一筋の冷や汗が伝った。
人影はまるでない。
周囲もいつの間にやら、濃い霧に覆われていることを悟った妖の太郎は愕然とした。
坂の下では照り付けるような太陽の光が眩しく、青空が広がっていたのが嘘のようである。
耳障りな擦れる金属音とともに来訪者に重苦しさという威圧感を与えていた鉄の門構えが開いていく。
妖の太郎は齢十五の若輩といえども、これまでに幾度かの修羅場を潜り抜けてきた。
取り巻く状況は決して、芳しいものであるとは言い難い。
それは妖の太郎本人が一番、よく分かっていた。
しかし、そうであるがゆえに自ら、危険に飛び込む必要があることも理解していた。
(ばあちゃんも言っていたでござる。虎穴に入らずんば虎子を得ずって)
「どうなっているのでござるか。これは……」
「ああ。うん。混乱しているよね? 参ったなあ」
目の前で眉根を下げ、濡れ羽色の髪を軽く掻きむしる長身の青年を見て、妖の太郎は言葉を失った。
記憶が飛んでいた。
黒い鉄門を潜ったところで記憶が途切れている。
気が付いたら、目の前に青年がいたことで戸惑い、ようやく絞り出すように出したのがあの程度の言葉だったことに妖の太郎本人は恥ずかしく思っていた。
「あなた……そう。そういうことだったの」
そのせいもあって、名うてのハンターである妖の太郎ともあろう者が気付くのが遅れたのだ。
鈴を転がすような声とともに青年とは対照的に不機嫌そうな表情を隠そうとしない少女が、青年の影からひょっこりと姿を現したことに……。
妖の太郎は血のように紅い紅玉の色に輝く少女の瞳を見て、坂で起きた異変の原因が彼女であることを察した。
(全く、気付かなかったでござる……)
少女の存在を全く感知が出来なかったという事実だけではなく、その身から発せられる圧倒的な威圧感を前に自然と妖の太郎は震えていた。
己が恐怖を感じているのだと初めて、知った。
そして、一族の者が皆殺しにされた惨劇の場ですら、震えることがなかった自分をここまで追い詰める少女に対する興味を抱き始めていた。
「でも、ダメよ? ダメ。レオ。もっと離れて」
「え? あ、うん。何でかな?」
「何でもかんでもないの。レオに近付いていいのはこの私だけなの」
そう言うや否や少女は、青年にもたれるように抱き着いた。
猫が親愛の情を示すように青年の体に頬ずりをした少女はなぜか、妖の太郎を方にちらっと視線を向けると舌をチラッと覗かせると口角を僅かに上げる。
(ど、どういうことでござるか!?)
少女の唇はこう紡いでいる。
「私のものだから」と……。
妖の太郎は言うことを聞かない体を大いに呪った。
この場を離れたくてはならないと頭では分かっていても思うように体が動かない。
まるで足が凍り付いているようだと妖の太郎は感じ、視線を下に向け、絶望することになる。
妖の太郎の腰から下が氷像と化している。
凍り付いているようではなく、本当に凍り付いていたのだ。
「ガルルである」
唸り声ともつかない奇妙な声を上げているのは、シルバーの毛を風にたなびかせたポメラニアンだった。
少々、ふくよかになった顔やお腹周りのせいか、精悍さとは程遠い丸っこさしか感じない見た目である。
だが、妖の太郎は感じていた。
ポメラニアンからも少女と同様に言い知れぬ威圧感が発せられていることに……。
そして、ふっと意識を手放すことに決めた。
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