32 / 159
第32話 抱かれたい歌姫
しおりを挟む
そして、その日の夜のことである。
男に悲劇が訪れる……。
ユリナと麗央は就寝前にある程度の余裕をもって、入浴を済ませている。
二人揃ってお風呂に入るという選択肢が選ばれることはあまりない。
麗央もさすがに生き地獄を味わうだけと思い知っているからだ。
その為、一緒にお風呂へ入る場合、なぜか水着の着用が義務付けられていた。
その状態でも麗央にとって、常に理性と戦わねばならない過酷な時間であるのは変わらない。
水着を着ているとはいえ、事あるごとに体を密着させユリナが甘えてくる。
無自覚で迫って来る相手ほど、恐ろしいものはなかった。
ユリナを相手に自制しているだけで無駄に疲れると麗央は身をもって学習したのである。
そして、麗央が一番風呂に入るのが暗黙の了解である。
理由を聞かれたユリナは「妻は三歩後ろを歩く方がいいんだって。夫を立てるいい奥さんぽいでしょ?」と慌てて、誤魔化す。
麗央は何となく、察していた。
長い付き合いである。
ユリナが極度の猫舌なのを知らない麗央ではない。
麗央が温いと感じるお茶であっても氷を入れて、ふぅふぅとよく冷ましてからでないと飲めないほどに酷い。
肌の方も弱いらしく、麗央が温いと感じる温度でさえ、彼女にとって苦痛なものらしい。
麗央に入ってもらうことで少しでも温度が下がり、入りやすくなったお風呂にゆっくりと浸かりたい。
それがユリナの魂胆であることを……。
ただ、麗央は知らない。
麗央が浸かっていたお湯でユリナが「あぁん。麗央に包まれているみたいで幸せぇ♪」とだらしない顔で長風呂をしているとは……。
この日も入浴を先に済ませた麗央はこれまた、就寝前のルーチンワークと言うべき、適量のミネラルウォーターを飲みながら、ぼんやりとテレビを見ていた。
偶然、『歌姫』リリーのことが取り上げられている。
若い世代を中心に多大な影響を及ぼし、世界進出も夢物語ではないリリーについて、パネラーが議論するバラエティー番組だった。
新たな希望となりうる存在が日本から、発信してくれることを好意的に受け止めようとする肯定派と因果関係については不明とされている意識不明者事件との関連性や歌に含まれたメッセージの危険性を指摘する否定派が、白熱した議論を繰り広げている。
(こんなに意見が食い違っていても話し合いが出来るのは人間のいいところだよなぁ)
人間は面白い生き物だと麗央は改めて、感じている。
麗央の母親は普通の人間だったので彼は半人半妖とも半神とも言うべき、不安定な存在だった。
それでも善き師と親に恵まれたこともあり曲がることなく、弱き人々を守ろうとする正しい心を持って育った。
そんな麗央も体が成熟してくるに従い、過酷な決断を迫られることになる。
今後、人として生きるのか、それともあやかしとして生きるのか。
一度、選択してしまえば、二度と後戻りは出来ない究極の選択だったが、彼は迷わずあやかしであることを選んだ。
人間が好きでこの世界を愛している麗央だったが、人として生きることを選ばなかった。
純血のあやかしであるユリナとともに同じ世界を見て、同じ時を刻むことを望んだのである。
だから、否定派のパネラーが、ユリナをあしざまに悪く言うのを見ると怒りよりも彼女の心が理解されていない悲しみの方が強かった。
(みんな、リーナのことを知らないから、しようがないよなぁ。でも、彼女がみんなに見られるのも嫌だしなぁ)
男女の機微に疎く、心はいつまでも少年のようだった麗央も唯一、その世界の『歌姫』を独占出来る立場にあることで独占欲らしきものが遅まきながら芽生えたらしい。
誰も知らないユリナの顔を知っている。
「そう丁度、そんな顔をしていて」と麗央は他人事のように思った。
お風呂上がりのユリナが丁度、出てきたので偶然、見つめ合うように視線が交錯したのだ。
まだ、水分の抜けきれていないプラチナ色の髪が瑞々しい肌に張り付き、ほんのりと上気した肌と相まって、何とも艶めかしい。
髪を下ろしていることもあり、普段の少女らしさが抜けているせいか、幾分大人びて見えた。
「ねぇねぇ。今夜から、抱いて欲しいんだけど」
無造作にバスタオルを巻いただけというしどけない姿でユリナが放った衝撃的な一言に「ぶはっ」と危うく、口に含んでいたミネラルウォーターを吐き出しそうになり、盛大に咽る麗央だった。
男に悲劇が訪れる……。
ユリナと麗央は就寝前にある程度の余裕をもって、入浴を済ませている。
二人揃ってお風呂に入るという選択肢が選ばれることはあまりない。
麗央もさすがに生き地獄を味わうだけと思い知っているからだ。
その為、一緒にお風呂へ入る場合、なぜか水着の着用が義務付けられていた。
その状態でも麗央にとって、常に理性と戦わねばならない過酷な時間であるのは変わらない。
水着を着ているとはいえ、事あるごとに体を密着させユリナが甘えてくる。
無自覚で迫って来る相手ほど、恐ろしいものはなかった。
ユリナを相手に自制しているだけで無駄に疲れると麗央は身をもって学習したのである。
そして、麗央が一番風呂に入るのが暗黙の了解である。
理由を聞かれたユリナは「妻は三歩後ろを歩く方がいいんだって。夫を立てるいい奥さんぽいでしょ?」と慌てて、誤魔化す。
麗央は何となく、察していた。
長い付き合いである。
ユリナが極度の猫舌なのを知らない麗央ではない。
麗央が温いと感じるお茶であっても氷を入れて、ふぅふぅとよく冷ましてからでないと飲めないほどに酷い。
肌の方も弱いらしく、麗央が温いと感じる温度でさえ、彼女にとって苦痛なものらしい。
麗央に入ってもらうことで少しでも温度が下がり、入りやすくなったお風呂にゆっくりと浸かりたい。
それがユリナの魂胆であることを……。
ただ、麗央は知らない。
麗央が浸かっていたお湯でユリナが「あぁん。麗央に包まれているみたいで幸せぇ♪」とだらしない顔で長風呂をしているとは……。
この日も入浴を先に済ませた麗央はこれまた、就寝前のルーチンワークと言うべき、適量のミネラルウォーターを飲みながら、ぼんやりとテレビを見ていた。
偶然、『歌姫』リリーのことが取り上げられている。
若い世代を中心に多大な影響を及ぼし、世界進出も夢物語ではないリリーについて、パネラーが議論するバラエティー番組だった。
新たな希望となりうる存在が日本から、発信してくれることを好意的に受け止めようとする肯定派と因果関係については不明とされている意識不明者事件との関連性や歌に含まれたメッセージの危険性を指摘する否定派が、白熱した議論を繰り広げている。
(こんなに意見が食い違っていても話し合いが出来るのは人間のいいところだよなぁ)
人間は面白い生き物だと麗央は改めて、感じている。
麗央の母親は普通の人間だったので彼は半人半妖とも半神とも言うべき、不安定な存在だった。
それでも善き師と親に恵まれたこともあり曲がることなく、弱き人々を守ろうとする正しい心を持って育った。
そんな麗央も体が成熟してくるに従い、過酷な決断を迫られることになる。
今後、人として生きるのか、それともあやかしとして生きるのか。
一度、選択してしまえば、二度と後戻りは出来ない究極の選択だったが、彼は迷わずあやかしであることを選んだ。
人間が好きでこの世界を愛している麗央だったが、人として生きることを選ばなかった。
純血のあやかしであるユリナとともに同じ世界を見て、同じ時を刻むことを望んだのである。
だから、否定派のパネラーが、ユリナをあしざまに悪く言うのを見ると怒りよりも彼女の心が理解されていない悲しみの方が強かった。
(みんな、リーナのことを知らないから、しようがないよなぁ。でも、彼女がみんなに見られるのも嫌だしなぁ)
男女の機微に疎く、心はいつまでも少年のようだった麗央も唯一、その世界の『歌姫』を独占出来る立場にあることで独占欲らしきものが遅まきながら芽生えたらしい。
誰も知らないユリナの顔を知っている。
「そう丁度、そんな顔をしていて」と麗央は他人事のように思った。
お風呂上がりのユリナが丁度、出てきたので偶然、見つめ合うように視線が交錯したのだ。
まだ、水分の抜けきれていないプラチナ色の髪が瑞々しい肌に張り付き、ほんのりと上気した肌と相まって、何とも艶めかしい。
髪を下ろしていることもあり、普段の少女らしさが抜けているせいか、幾分大人びて見えた。
「ねぇねぇ。今夜から、抱いて欲しいんだけど」
無造作にバスタオルを巻いただけというしどけない姿でユリナが放った衝撃的な一言に「ぶはっ」と危うく、口に含んでいたミネラルウォーターを吐き出しそうになり、盛大に咽る麗央だった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる