闇夜の烏令嬢は今世で幸せになりたい

第34話 烏令嬢は砂を吐かない

　怒りを通り越して、半ば呆れも過ぎ去った。
　これが正しい。

　あたし、ジェシージュスタン、ベラベランジェールが抱く感情はそんなところだと思う。
　お兄ちゃんカミーユは悪い人ではない。
　いい人ではないけど、だからといって、悪い人でもない。

　前世を思い出してみると思い当たる点があった。
　もしかしたら、あの婚約破棄宣言にも何か、意味があるのではないか。
　本当にあたしのことを嫌っているのなら、転落していくあたしを見てもあんなに驚かないと思う。
　むしろ、邪魔者が消えてせいせいしたと満足した表情を浮かべる方が自然だろう。

　ではなぜ、ああいう言動を取っていたのか。
　考えても答えは出そうにない。
　もしかして、あたしを守ってくれていた？
　そんな風に考えてはいけない。
　あまりにも傲慢な考え方だから。

　でも、そう考えないとお兄ちゃんの行動は色々とおかしかったのだ。
　今もおかしいけど！

　前世よりもおかしい……。
　まるで欲望の楔から、解き放たれたとでも言わんばかりじゃないか。

(まあ。男なんて、あんなものだ。お嬢ちゃんはまだまだ、夢見るお年頃ってことさ)

　茶化すような言い方をしているけど、励ましてくれているつもりなんだろう。
　オートクレールは永い時を生きてきたと豪語する。

　その割にどうも、人との接し方が下手くそなのだ。
　あたしとのやり取りも不器用としか言いようがない。
　それでも気を遣ってくれているのは分かるので気持ちはありがたい。



　イヴイヴォンヌとお兄ちゃんの距離は妙に近くて、スキンシップという名のあからさまなボディタッチを見させられる羽目になったあたし達はどっと疲れた……。

　結局、ルアン領主の為に用意されたという屋敷に着いた頃にはお日様は沈んでいた。
　そらにはきれいな丸いお月様が顔を覗かせていて、荒みかけたあたしの心をちょっとだけ、癒してくれた気がする。

　色々と動くにしても明日からにしよう。
　掃除しないとまともに料理も作れそうにないとベラが愚痴をこぼしていた。

　使われていなかった時期がかなり、あったと思われる屋敷はあちこちに傷みがあるし、汚くはなっていたけどルテティアのバール邸よりは遥かにましだ。


　軽く生活空間の掃除を終わらせ、干し肉とお水だけという質素な夕食を済ませた。
　まずは屋敷を大掃除することからに始めよう！
　気持ちも新たに頑張ろうと決意した。
　翌朝、血管が切れそうなほどに怒りを爆発させるなんて、考えることもなく……。