30 / 46
第28話 王命と言う名の呪い
しおりを挟む
(三人称視点)
「カミーユ。君はいくつになった?」
「十七歳になりました。兄上……あ、いえ、王太子殿下」
「そうか。十七か」
カミーユにとって、長兄のギャスパルは尊敬ではなく、畏敬の念を抱く存在だった。
威風堂々としたギャスパルは文武に秀でた王太子の名に恥じない人物であり、憧れてはいたもののそれ以上に苦手意識が勝っていたのだ。
年が離れた兄の奥歯に物が挟まったような物言いをカミーユはまず、苦手としていた。
魔法にしか興味がない変わり者だが、気さくなところがある上の兄アロイスには「兄上」「お兄様」と呼んでも含むところはない。
王位継承で相食む関係にない以上、アロイスとカミーユのやり取りに緊張感はなかったからである。
だが、王太子であるギャスパルとはそういかない。
「君も年頃ということだ」
「は、はあ」
ギャスパルは長身にして、金髪碧眼。
眉目秀麗の容姿に加えて、やや掠れたハスキーボイスまで持つ完璧な王子様である。
カミーユの背を冷や汗が伝う。
ギャスパルのサファイアのような瞳が自分に対して鋭く向けられていることに気付いたからだ。
「そろそろ、身を固めてもいい頃だろう」
「お、いえ、私がですか?」
「他に誰もいないよ、カミーユ。これが何か、分かるかね?」
ギャスパルが手元にある一枚の書状をカミーユに渡すとその顔が見る間に血の気を失っていく。
「王命ですか」
「そうなるね。君にも分かるだろう? 事の重大さというものが」
書状の結びには国王ジョルジュ・ド・クレマンソーのサインが記されている。
内容はカミーユ・ブラーヴ・ド・クレマンソーとロザリー・ヴィオレ・ド・バールが婚約を結び、ロザリーが十八歳を迎える年に結婚するようにと命じるものだった。
「剣……ですか」
ギャスパルはカミーユの問いに無言で首肯した。
ギャスパルが持つ王権の象徴たる聖剣ジョワユーズ。
カミーユが持つ神剣デュランダル。
そして、ド・バール家に伝わる魔剣オートクレール。
ジョワユーズ以外の二振りの剣が、国外に流出することを避けたい王家の思惑が透けて見える縁談である。
しかし、王命である以上、カミーユが断ることなど出来ない。
「君はまだ、幼かったから、知らなかったのだろう。十五年前、リューリクで何が起きたのかを……」
事の仔細をギャスパルから、聞いたカミーユは自身の縁談の話と十五年前に起きた政変の真実にショックを隠し切れないでいた。
十五年前、リューリク公国で起きた政変に際し、サン・フランが援軍として義勇兵を派遣することを決定した。
しかし、この義勇兵は派兵されることなく終わってしまう。
ルアンに出現した悪竜ガルグイユに対処することで精一杯となったからだ。
これがサン・フランにとっては僥倖だった。
アーティファクトが国外に持ち出されることを防げたのだから。
自由共和国の圧倒的な兵力を前にリューリクを率いるウリツキー代表は、各国の支援を求めた。
各々の国が惜しみなく、支援の手を差し伸べたがそこにあるのは必ずしも義侠心だけではない。
打算も大いにあった。
東と西の橋頭保であるリューリクの失陥は即ち、西にとっての危機も同じなのである。
こうして、自由共和国とリューリクの戦いに多くの義勇兵が参加することになった。
それがウリツキーという男の策略とも知らずに……。
結果として、参加した義勇兵の多くが帰らぬ人となる。
アーティファクトとともに名高き英雄らが犠牲になったのである。
その中にはアンサラーやスコヴヌングのような天下に知られる名剣も含まれていた。
「カミーユ。君には期待している」
「分かりましたよ、兄上」
「ふっ」
常に腹に何かを隠したような兄の底知れなさに恐れを抱いていたカミーユだが、最後に微笑んでくれたのは決して、嘘偽りがないものだと信じることにした。
だが、あの『ロゼ』がこの縁談を快く受けるものだろうか。
考えただけでも胃が痛くなる気がするカミーユだった。
その頃、バール邸でロザリーはカミーユが想像した通りの反応を見せていたのだ。
サン・フラン王家の使者からもたらされた一通の書状に目を三角にして、怒る猫のように菫色の長い髪を逆立てていた。
「ふざけているのかしら?」
(いやいや。至極当然の動きだろうよ。お嬢ちゃん。よく考えてみな。お前さんやあの坊ちゃんの剣が他所に行ったら、どうなる?)
前世では高位貴族の令嬢として、腹芸もこなしていたロザリーである。
オートクレールの言葉に荒れ狂う大洋のようだったロザリーの心も徐々に凪いでいく。
しかし、理解はしても納得出来るものではない。
ロザリーはこれまで、前世と同じ過ちを繰り返さないように考えて動いてきたつもりだった。
それがたった一枚の『王命』という名の書状で覆されようというのだ。
腹の虫が納まるはずもない。
三年後、ロザリーが十八になった暁には正式にド・バール女侯爵となる。
カミーユは入り婿となるだけなのだ。
それでいいのかという思いが彼女の中から、消えなかった。
「カミーユ。君はいくつになった?」
「十七歳になりました。兄上……あ、いえ、王太子殿下」
「そうか。十七か」
カミーユにとって、長兄のギャスパルは尊敬ではなく、畏敬の念を抱く存在だった。
威風堂々としたギャスパルは文武に秀でた王太子の名に恥じない人物であり、憧れてはいたもののそれ以上に苦手意識が勝っていたのだ。
年が離れた兄の奥歯に物が挟まったような物言いをカミーユはまず、苦手としていた。
魔法にしか興味がない変わり者だが、気さくなところがある上の兄アロイスには「兄上」「お兄様」と呼んでも含むところはない。
王位継承で相食む関係にない以上、アロイスとカミーユのやり取りに緊張感はなかったからである。
だが、王太子であるギャスパルとはそういかない。
「君も年頃ということだ」
「は、はあ」
ギャスパルは長身にして、金髪碧眼。
眉目秀麗の容姿に加えて、やや掠れたハスキーボイスまで持つ完璧な王子様である。
カミーユの背を冷や汗が伝う。
ギャスパルのサファイアのような瞳が自分に対して鋭く向けられていることに気付いたからだ。
「そろそろ、身を固めてもいい頃だろう」
「お、いえ、私がですか?」
「他に誰もいないよ、カミーユ。これが何か、分かるかね?」
ギャスパルが手元にある一枚の書状をカミーユに渡すとその顔が見る間に血の気を失っていく。
「王命ですか」
「そうなるね。君にも分かるだろう? 事の重大さというものが」
書状の結びには国王ジョルジュ・ド・クレマンソーのサインが記されている。
内容はカミーユ・ブラーヴ・ド・クレマンソーとロザリー・ヴィオレ・ド・バールが婚約を結び、ロザリーが十八歳を迎える年に結婚するようにと命じるものだった。
「剣……ですか」
ギャスパルはカミーユの問いに無言で首肯した。
ギャスパルが持つ王権の象徴たる聖剣ジョワユーズ。
カミーユが持つ神剣デュランダル。
そして、ド・バール家に伝わる魔剣オートクレール。
ジョワユーズ以外の二振りの剣が、国外に流出することを避けたい王家の思惑が透けて見える縁談である。
しかし、王命である以上、カミーユが断ることなど出来ない。
「君はまだ、幼かったから、知らなかったのだろう。十五年前、リューリクで何が起きたのかを……」
事の仔細をギャスパルから、聞いたカミーユは自身の縁談の話と十五年前に起きた政変の真実にショックを隠し切れないでいた。
十五年前、リューリク公国で起きた政変に際し、サン・フランが援軍として義勇兵を派遣することを決定した。
しかし、この義勇兵は派兵されることなく終わってしまう。
ルアンに出現した悪竜ガルグイユに対処することで精一杯となったからだ。
これがサン・フランにとっては僥倖だった。
アーティファクトが国外に持ち出されることを防げたのだから。
自由共和国の圧倒的な兵力を前にリューリクを率いるウリツキー代表は、各国の支援を求めた。
各々の国が惜しみなく、支援の手を差し伸べたがそこにあるのは必ずしも義侠心だけではない。
打算も大いにあった。
東と西の橋頭保であるリューリクの失陥は即ち、西にとっての危機も同じなのである。
こうして、自由共和国とリューリクの戦いに多くの義勇兵が参加することになった。
それがウリツキーという男の策略とも知らずに……。
結果として、参加した義勇兵の多くが帰らぬ人となる。
アーティファクトとともに名高き英雄らが犠牲になったのである。
その中にはアンサラーやスコヴヌングのような天下に知られる名剣も含まれていた。
「カミーユ。君には期待している」
「分かりましたよ、兄上」
「ふっ」
常に腹に何かを隠したような兄の底知れなさに恐れを抱いていたカミーユだが、最後に微笑んでくれたのは決して、嘘偽りがないものだと信じることにした。
だが、あの『ロゼ』がこの縁談を快く受けるものだろうか。
考えただけでも胃が痛くなる気がするカミーユだった。
その頃、バール邸でロザリーはカミーユが想像した通りの反応を見せていたのだ。
サン・フラン王家の使者からもたらされた一通の書状に目を三角にして、怒る猫のように菫色の長い髪を逆立てていた。
「ふざけているのかしら?」
(いやいや。至極当然の動きだろうよ。お嬢ちゃん。よく考えてみな。お前さんやあの坊ちゃんの剣が他所に行ったら、どうなる?)
前世では高位貴族の令嬢として、腹芸もこなしていたロザリーである。
オートクレールの言葉に荒れ狂う大洋のようだったロザリーの心も徐々に凪いでいく。
しかし、理解はしても納得出来るものではない。
ロザリーはこれまで、前世と同じ過ちを繰り返さないように考えて動いてきたつもりだった。
それがたった一枚の『王命』という名の書状で覆されようというのだ。
腹の虫が納まるはずもない。
三年後、ロザリーが十八になった暁には正式にド・バール女侯爵となる。
カミーユは入り婿となるだけなのだ。
それでいいのかという思いが彼女の中から、消えなかった。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
トリスタン
下菊みこと
恋愛
やべぇお話、ガチの閲覧注意。登場人物やべぇの揃ってます。なんでも許してくださる方だけどうぞ…。
彼は妻に別れを告げる決意をする。愛する人のお腹に、新しい命が宿っているから。一方妻は覚悟を決める。愛する我が子を取り戻す覚悟を。
小説家になろう様でも投稿しています。
虐げられた黒髪令嬢は国を滅ぼすことに決めましたとさ
くわっと
恋愛
黒く長い髪が特徴のフォルテシア=マーテルロ。
彼女は今日も兄妹・父母に虐げられています。
それは時に暴力で、
時に言葉で、
時にーー
その世界には一般的ではない『黒い髪』を理由に彼女は迫害され続ける。
黒髪を除けば、可愛らしい外見、勤勉な性格、良家の血筋と、本来は逆の立場にいたはずの令嬢。
だけれど、彼女の髪は黒かった。
常闇のように、
悪魔のように、
魔女のように。
これは、ひとりの少女の物語。
革命と反逆と恋心のお話。
ーー
R2 0517完結 今までありがとうございました。
ヤンデレ王太子と、それに振り回される優しい婚約者のお話
下菊みこと
恋愛
この世界の女神に悪役令嬢の役に選ばれたはずが、ヤンデレ王太子のせいで悪役令嬢になれなかった優しすぎる女の子のお話。あと女神様配役ミスってると思う。
転生者は乙女ゲームの世界に転生したと思ってるヒロインのみ。主人公の悪役令嬢は普通に現地主人公。
実は乙女ゲームの世界に似せて作られた別物の世界で、勘違いヒロインルシアをなんとか救おうとする主人公リュシーの奮闘を見て行ってください。
小説家になろう様でも投稿しています。
恋心を埋めた
下菊みこと
恋愛
双方ともにヤンデレ。
ヒーローは紛うことなきヤンデレにつきご注意下さい。ヒロインは少しだけ病んじゃってる程度のヤンデレです。
巻き込まれた人が一番可哀想。
ヤンデレお好きな方はちらっと読んでいってくださると嬉しいです。
小説家になろう様でも投稿しています。
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる