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第28話 王命と言う名の呪い
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(三人称視点)
「カミーユ。君はいくつになった?」
「十七歳になりました。兄上……あ、いえ、王太子殿下」
「そうか。十七か」
カミーユにとって、長兄のギャスパルは尊敬ではなく、畏敬の念を抱く存在だった。
威風堂々としたギャスパルは文武に秀でた王太子の名に恥じない人物であり、憧れてはいたもののそれ以上に苦手意識が勝っていたのだ。
年が離れた兄の奥歯に物が挟まったような物言いをカミーユはまず、苦手としていた。
魔法にしか興味がない変わり者だが、気さくなところがある上の兄アロイスには「兄上」「お兄様」と呼んでも含むところはない。
王位継承で相食む関係にない以上、アロイスとカミーユのやり取りに緊張感はなかったからである。
だが、王太子であるギャスパルとはそういかない。
「君も年頃ということだ」
「は、はあ」
ギャスパルは長身にして、金髪碧眼。
眉目秀麗の容姿に加えて、やや掠れたハスキーボイスまで持つ完璧な王子様である。
カミーユの背を冷や汗が伝う。
ギャスパルのサファイアのような瞳が自分に対して鋭く向けられていることに気付いたからだ。
「そろそろ、身を固めてもいい頃だろう」
「お、いえ、私がですか?」
「他に誰もいないよ、カミーユ。これが何か、分かるかね?」
ギャスパルが手元にある一枚の書状をカミーユに渡すとその顔が見る間に血の気を失っていく。
「王命ですか」
「そうなるね。君にも分かるだろう? 事の重大さというものが」
書状の結びには国王ジョルジュ・ド・クレマンソーのサインが記されている。
内容はカミーユ・ブラーヴ・ド・クレマンソーとロザリー・ヴィオレ・ド・バールが婚約を結び、ロザリーが十八歳を迎える年に結婚するようにと命じるものだった。
「剣……ですか」
ギャスパルはカミーユの問いに無言で首肯した。
ギャスパルが持つ王権の象徴たる聖剣ジョワユーズ。
カミーユが持つ神剣デュランダル。
そして、ド・バール家に伝わる魔剣オートクレール。
ジョワユーズ以外の二振りの剣が、国外に流出することを避けたい王家の思惑が透けて見える縁談である。
しかし、王命である以上、カミーユが断ることなど出来ない。
「君はまだ、幼かったから、知らなかったのだろう。十五年前、リューリクで何が起きたのかを……」
事の仔細をギャスパルから、聞いたカミーユは自身の縁談の話と十五年前に起きた政変の真実にショックを隠し切れないでいた。
十五年前、リューリク公国で起きた政変に際し、サン・フランが援軍として義勇兵を派遣することを決定した。
しかし、この義勇兵は派兵されることなく終わってしまう。
ルアンに出現した悪竜ガルグイユに対処することで精一杯となったからだ。
これがサン・フランにとっては僥倖だった。
アーティファクトが国外に持ち出されることを防げたのだから。
自由共和国の圧倒的な兵力を前にリューリクを率いるウリツキー代表は、各国の支援を求めた。
各々の国が惜しみなく、支援の手を差し伸べたがそこにあるのは必ずしも義侠心だけではない。
打算も大いにあった。
東と西の橋頭保であるリューリクの失陥は即ち、西にとっての危機も同じなのである。
こうして、自由共和国とリューリクの戦いに多くの義勇兵が参加することになった。
それがウリツキーという男の策略とも知らずに……。
結果として、参加した義勇兵の多くが帰らぬ人となる。
アーティファクトとともに名高き英雄らが犠牲になったのである。
その中にはアンサラーやスコヴヌングのような天下に知られる名剣も含まれていた。
「カミーユ。君には期待している」
「分かりましたよ、兄上」
「ふっ」
常に腹に何かを隠したような兄の底知れなさに恐れを抱いていたカミーユだが、最後に微笑んでくれたのは決して、嘘偽りがないものだと信じることにした。
だが、あの『ロゼ』がこの縁談を快く受けるものだろうか。
考えただけでも胃が痛くなる気がするカミーユだった。
その頃、バール邸でロザリーはカミーユが想像した通りの反応を見せていたのだ。
サン・フラン王家の使者からもたらされた一通の書状に目を三角にして、怒る猫のように菫色の長い髪を逆立てていた。
「ふざけているのかしら?」
(いやいや。至極当然の動きだろうよ。お嬢ちゃん。よく考えてみな。お前さんやあの坊ちゃんの剣が他所に行ったら、どうなる?)
前世では高位貴族の令嬢として、腹芸もこなしていたロザリーである。
オートクレールの言葉に荒れ狂う大洋のようだったロザリーの心も徐々に凪いでいく。
しかし、理解はしても納得出来るものではない。
ロザリーはこれまで、前世と同じ過ちを繰り返さないように考えて動いてきたつもりだった。
それがたった一枚の『王命』という名の書状で覆されようというのだ。
腹の虫が納まるはずもない。
三年後、ロザリーが十八になった暁には正式にド・バール女侯爵となる。
カミーユは入り婿となるだけなのだ。
それでいいのかという思いが彼女の中から、消えなかった。
「カミーユ。君はいくつになった?」
「十七歳になりました。兄上……あ、いえ、王太子殿下」
「そうか。十七か」
カミーユにとって、長兄のギャスパルは尊敬ではなく、畏敬の念を抱く存在だった。
威風堂々としたギャスパルは文武に秀でた王太子の名に恥じない人物であり、憧れてはいたもののそれ以上に苦手意識が勝っていたのだ。
年が離れた兄の奥歯に物が挟まったような物言いをカミーユはまず、苦手としていた。
魔法にしか興味がない変わり者だが、気さくなところがある上の兄アロイスには「兄上」「お兄様」と呼んでも含むところはない。
王位継承で相食む関係にない以上、アロイスとカミーユのやり取りに緊張感はなかったからである。
だが、王太子であるギャスパルとはそういかない。
「君も年頃ということだ」
「は、はあ」
ギャスパルは長身にして、金髪碧眼。
眉目秀麗の容姿に加えて、やや掠れたハスキーボイスまで持つ完璧な王子様である。
カミーユの背を冷や汗が伝う。
ギャスパルのサファイアのような瞳が自分に対して鋭く向けられていることに気付いたからだ。
「そろそろ、身を固めてもいい頃だろう」
「お、いえ、私がですか?」
「他に誰もいないよ、カミーユ。これが何か、分かるかね?」
ギャスパルが手元にある一枚の書状をカミーユに渡すとその顔が見る間に血の気を失っていく。
「王命ですか」
「そうなるね。君にも分かるだろう? 事の重大さというものが」
書状の結びには国王ジョルジュ・ド・クレマンソーのサインが記されている。
内容はカミーユ・ブラーヴ・ド・クレマンソーとロザリー・ヴィオレ・ド・バールが婚約を結び、ロザリーが十八歳を迎える年に結婚するようにと命じるものだった。
「剣……ですか」
ギャスパルはカミーユの問いに無言で首肯した。
ギャスパルが持つ王権の象徴たる聖剣ジョワユーズ。
カミーユが持つ神剣デュランダル。
そして、ド・バール家に伝わる魔剣オートクレール。
ジョワユーズ以外の二振りの剣が、国外に流出することを避けたい王家の思惑が透けて見える縁談である。
しかし、王命である以上、カミーユが断ることなど出来ない。
「君はまだ、幼かったから、知らなかったのだろう。十五年前、リューリクで何が起きたのかを……」
事の仔細をギャスパルから、聞いたカミーユは自身の縁談の話と十五年前に起きた政変の真実にショックを隠し切れないでいた。
十五年前、リューリク公国で起きた政変に際し、サン・フランが援軍として義勇兵を派遣することを決定した。
しかし、この義勇兵は派兵されることなく終わってしまう。
ルアンに出現した悪竜ガルグイユに対処することで精一杯となったからだ。
これがサン・フランにとっては僥倖だった。
アーティファクトが国外に持ち出されることを防げたのだから。
自由共和国の圧倒的な兵力を前にリューリクを率いるウリツキー代表は、各国の支援を求めた。
各々の国が惜しみなく、支援の手を差し伸べたがそこにあるのは必ずしも義侠心だけではない。
打算も大いにあった。
東と西の橋頭保であるリューリクの失陥は即ち、西にとっての危機も同じなのである。
こうして、自由共和国とリューリクの戦いに多くの義勇兵が参加することになった。
それがウリツキーという男の策略とも知らずに……。
結果として、参加した義勇兵の多くが帰らぬ人となる。
アーティファクトとともに名高き英雄らが犠牲になったのである。
その中にはアンサラーやスコヴヌングのような天下に知られる名剣も含まれていた。
「カミーユ。君には期待している」
「分かりましたよ、兄上」
「ふっ」
常に腹に何かを隠したような兄の底知れなさに恐れを抱いていたカミーユだが、最後に微笑んでくれたのは決して、嘘偽りがないものだと信じることにした。
だが、あの『ロゼ』がこの縁談を快く受けるものだろうか。
考えただけでも胃が痛くなる気がするカミーユだった。
その頃、バール邸でロザリーはカミーユが想像した通りの反応を見せていたのだ。
サン・フラン王家の使者からもたらされた一通の書状に目を三角にして、怒る猫のように菫色の長い髪を逆立てていた。
「ふざけているのかしら?」
(いやいや。至極当然の動きだろうよ。お嬢ちゃん。よく考えてみな。お前さんやあの坊ちゃんの剣が他所に行ったら、どうなる?)
前世では高位貴族の令嬢として、腹芸もこなしていたロザリーである。
オートクレールの言葉に荒れ狂う大洋のようだったロザリーの心も徐々に凪いでいく。
しかし、理解はしても納得出来るものではない。
ロザリーはこれまで、前世と同じ過ちを繰り返さないように考えて動いてきたつもりだった。
それがたった一枚の『王命』という名の書状で覆されようというのだ。
腹の虫が納まるはずもない。
三年後、ロザリーが十八になった暁には正式にド・バール女侯爵となる。
カミーユは入り婿となるだけなのだ。
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