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第1話 闇夜の烏令嬢、死す

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「ロザリー・ヴィオレ・ド・バール。貴女との婚約は今、この時をもって破棄される」

 カミーユのたった一言で私のこれまではなかったことにされた。
 全てを否定されたのだ。
 瞬きをしている間の出来事で全てが!

 私の今まではなんだったのだろう?
 全てが失われた。
 私にはもう何も残っていない。

 そう。
 何一つ……。

「ロゼ。お待ちなさい。バール令嬢! それ以上は……」

 咎めるような鋭い声。
 オッシュ嬢、貴女のこと、嫌いではなかったです。
 貴女だけだったから。
 私に正面から、当たってくる人は……。

 でも、ごめんなさい。
 私はもう限界なのです。

「お待ちください、殿下」

 私を一瞥もせず、去っていくカミーユは会場を出ても歩みを止めてくれそうにない。
 何て、無慈悲なんだろう。
 何て、無情なんだろう。

「待ってよ。お兄ちゃん」

 追い縋ろうとしても追いつかない。
 息が切れそうになって、堰を切ったようについ、昔の呼び方をした。
 
 カミーユがようやく歩みを止めてくれたのは大階段の手前だった。
 そこで私は気付くべきだったんだろう。
 私には戻る場所なんて、もうない。
 私が行き着く先は……。

 無慈悲にもこちらを追い縋ろうとした。
 ただ、それだけで殺すつもりなんてなかった。

「駄目なんだ。ロザリー」

 貴方の目が私を捉えてくれた。
 忌々しいものを見たとでも言うように不快感も露わに顔を歪める。
 そんな姿すら、私には愛おしく、見えた。

 だから、私を振り払おうと払った貴方の手が避けられなかった。

「あっ!?」

 カミーユに助けを求めるように咄嗟に手を伸ばしたけど、無駄だった。
 空を切った手は所在なさげに何かを掴もうともがいて、私の体は大きく傾く。
 私にはもう足を踏ん張る力なんて、残っていなかった。

「ロゼ!?」

 驚きにあっと目を見開いたのはなぜ?
 殺す気はなかった?
 そうよ。
 貴方は悪くない。
 貴方にもう何もあげられない私が悪いのだから。
 何も残っていない私が……。

 私は今、階段を転げ落ちているんだろう。
 全身が痛い。
 体が引き裂かれたみたいに痛い。

 意識が消えていく。
 私が私でなくなる。
 暗く冷たい水の底に沈むように私は消えていく……。

『契約は満了せり』

 不思議な声が聞こえた。
 落ち着いた男の人の低い声だ。
 それを最後に私、ロザリーの人生は終わりを告げた。
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