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第30話 猛将と呼ばれた男の意地

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 眼下に見えるのは単騎で駆ける男の姿だ。
 こちらに飛んできて正解だったと言うべきか。

「ヴェル、あそこの単騎駆けをしている騎馬……アレに近づけるかな?」
「勿論ですとも、我が主マイ・ロード

 ヴェルが急速に進路を変更したから、物凄いGがかかってきくる。
 一瞬、意識を持っていかれそうになったが、さすがは最強の鬼神・フレデリクの肉体だ。
 どうにか持ちこたえてしまうところが化け物だな。

 あの単騎のヤツ。
 遠目でもはっきりと分かる特徴的な武器、何だったか?
 そうだ!
 青竜斧槍ブラオドラッヘクーゼという名だったか。
 ハルバードとグレイブのいいとこどりをしたような独特の形状の武器だ。

 日本の薙刀に似ている武器なんだが、青竜斧槍ブラオドラッヘクーゼはあれよりも遥かにごつい。
 常人では持つことすら困難な重量があるらしく、その重さを生かして、敵をぶった切るという恐ろしい武器でもある。
 そう、アレを持っているのは間違いない。
 ユーリウスだ。

我が主マイ・ロード、我々が行かなくても誰かがアレを止めるようです」
「なんだって?」

 ヴェルの言葉に眼下を注視した。
 確かにいるようだ。
 単騎で駆け抜けるユーリウスの前に立ち塞がるように一騎の騎馬武者が現れた。
 小柄な少女を前に乗せ、馬を操っているのは見た目だけでも人目を引く大柄な男だ。

「あいつ……フェリックじゃないか!?」

 前方を遮るフェリックの姿に気付いたユーリウスが馬を宥め、その歩みを止めるとどちらも何も話さない静かな時が流れる。
 この流れを切るような度胸は俺にはない。
 ここは上空から、静観させてもらうことにしよう。
 高みの見物ということになるが、仕方あるまい。

「兄者、どこへ行こうってんだ?」
「そういうお前こそ、急にいなくなったと思ったら、どこで何をしていた?」

 兄弟喧嘩にしては話の流れが良く分からないが、フェリックはあの怪我が原因で失踪していたってことか。
 そうなるとあの少女は誰だ?
 どこかで見たような記憶があるんだが思い出せんな。

我が主マイ・ロード、あれはダニエリックの孫娘です。エレミアがグランツトロンに赴く際、保護をしたと報告があったはず」
「ああ、あの娘がそうなのか」

 彼女も転生者だという報告だ。
 それもゲームの知識ではないものを持っている、だったか。
 死にたくないので、グランツトロンへと逃げようとしたところ、先行していたエミーが保護したんだったな。
 そして、彼女が珍しい癒しの魔法の使い手であるということも。
 俺が知る限り、癒しの魔法を使えるのはセレナ姫だけだと思っていたんだが、認識を改める必要がありそうだ。

「兄者……俺は兄者を止めてえんだ」
「それはお前の考えか? それとも、その小娘の入れ知恵か?」

 お互いの独特の形状をした得物を構えて、睨み合う兄弟の図か……。
 一触即発だね。
 どうするかな?
 二人が争わないように俺がしゃしゃり出るべきなのか。
 一石を投じたあの娘に賭けて、静観すべきなのか。
 悩むね、これは。



 ベーオウルフ率いる二千の手勢はエリアス軍の本陣へと突如、乱入したことで一時は戦場を席巻し、シモンの首を取る寸前にまで持ち込むことに成功した。
 ところが伏兵を予見し、本陣への援護に出現したデルベルクの手勢の前にその情勢が覆されようとしていた。

「放て」

 涼やかな鈴のように澄んだ声でありながら、怜悧さしか感じられないような号令の前に一斉に放たれた矢がベーオウルフ率いる騎兵に雨霰のように降り注ぐ。
 十倍以上の軍勢を相手に一方的な戦いぶりを見せた練度の高い弓兵が放つ一撃は容赦がない。
 バタバタと斃れていく兵を横目にベーオウルフは左手に巻き付く鞭の持ち主を憎々し気に睨みつける。
 目の前でグレイブを構えているリーンハルトには目もくれない。

「女! この落とし前は高くつくぞ?」

 左腕に巻き付いていたエレミアの鞭が青白い炎に包まれ、消失する。
 それを合図にベーオウルフは白馬を一気にエレミアに寄せると二振りの長剣を横薙ぎに振るう。
 エレミアは鞭が炎に包まれた瞬間、素早く手放すとともに愛用のファルシオンを抜いていたのが幸いした。
 偶然にもそれによって、胴を横薙ぎにされるのを免れたエレミアだがベーオウルフの膂力の前に顔を顰めている。

「うわぁ。これはやばいんじゃないですかね」

 エレミアは背筋を冷たい汗が流れていくのを感じ、自分が追い詰められているということに恐怖した。
 しかし、ユウカはシモンを助けに行ってしまい、助っ人のコンラッドも白い騎士と対峙して、動けない状態である。
 絶体絶命としか、言いようがない。

「あなたの相手は僕だと言ったはずです」

 リーンハルトが渾身の力を込め、上段に構えたグレイブを振り下ろし、牽制しようとするが、ベーオウルフはそれを長剣の一振りで軽く、弾き返してしまう。
 エレミアに離脱する隙を与えようと放った牽制の一撃は牽制にすら、ならなかったのだ。

「邪魔するとお前から、殺すぞ?」

 ベーオウルフの怒りが成せる業なのか、両の手に構えた二振りの剣が青白い炎に覆われている。

「どっちから、死にたい? 両方とも死ぬか?」

 いびつな笑みを浮かべながら、馬をにじり寄せてくるベーオウルフにエレミアとリーンハルトの両名はなすすべなく、諦めに似た感情が心を占めつつあった。

「せいやっ!」

 その時、突如、野太い声とともにベーオウルフの喉笛を狙って、鋭い槍の一突きが放たれた。
 あまりの鋭さに槍が風を切る音が聞こえるほどに鋭い一撃だった。

「ちっ、誰だ!?」

 エレミアへと向けていた左手の長剣を使い、危うくそれを払い除けたベーオウルフの瞳には憎悪の炎が激しく燃え上がっていた。

「おめえの相手はこの俺だ! シクステン・ブローム、参る!!」
「ふんっ、下郎がっ! 雑魚は雑魚らしく、ユーリウスに討たれておけば、よかったものを」

 ユウカに守られ、本隊へと無事に退避した主君シモンを見届けたブロームはそのまま、馬に鞭打って、単騎で駆けてきたのだ。

 単純で思慮に欠けるブロームだが、命を救われた恩義を命に替えてでも返そうとする漢気に溢れた一面があるからこそ、兵にも慕われているのだろう。
 ましてや、だまし討ちに近い形で主君を害そうとした輩が相手である。
 なおさら、闘志が燃え滾り、止まらないのだろう。
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