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第22話 奸賊ド・プロットの最期
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フレデリクが手勢を率い、ヴェステンエッケを離れている間に宮中では大きな動きがあった。
朝議の席で百官をまとめるイグナーツ・オルロープ内務卿から、皇帝ゲッツが今回のモドレドゥス・ド・バルザックの挙兵による心労で己の力の無さを痛感し、帝位を宰相ダニエリック・ド・プロットに禅譲することを決意した――そう告げられたド・プロットは小躍りして、その喜びを噛み締めていた。
ゆくゆくは脅して、帝位を奪おうと決めていたものがこうも早く、自分の手に転がり落ちてくるとは思っていなかったからだ。
「陛下は宮中にて、宰相閣下をお待ちになっておられます」
普段であれば、警戒心の強いド・プロットは満面の笑みを浮かべ、そう述べるオルロープに疑いの目を向けたに違いない。
だが、オルロープとキアフレードによって、練られた謀は蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
疑われないような状況を作り出すことに成功していたのだ。
護衛の兵士を引き連れ、宮中へと参内したド・プロットだったが、その門前で首を垂れ、恭順の意を示すストハネス・コッヒェンに出鼻を挫かれる。
コッヒェンは若くして、文武の才ありと評され、各地の賊討伐でも期待に副う功績を上げた帝国きっての名将の一人である。
そして、ド・プロットと犬猿の仲であることも良く知られていた。
かつて権力を握ったばかりのド・プロットが冤罪を着せ、投獄し、殺害しようとした話は有名である。
そのコッヒェンが自分に頭を下げているのだ。
こんなに愉快なことはない。
ド・プロットは帝位に就き、万民が自分に頭を下げる世界を想像して、ほくそ笑んだ。
「宰相閣下、宮中では帯剣は許されておりません。如何な閣下でありましょうともこれは古来より定められました……」
「分かっておるわ。よい。それくらいどうということない」
門番の兵士に自らの剣を渡すド・プロットの顔に浮かぶ表情はいつものような猜疑心に満ちたものではなく、望むものにもう手が届いた者が見せる満ち足りたものだった。
『護衛の方々もここまでになります』と止められ、剣も持たず、護衛も付かないまま、宮中へと向かうド・プロットの前にオルロープが百官を率いて、現れた。
オルロープの隣に見慣れぬ少年の姿があるのを見咎めたド・プロットの顔に初めて、不信感が浮かんだ。
「オルロープ殿。その者は何者だ?」
「俺か? 俺が気になるか、逆賊さんよ」
逆賊という言葉にド・プロットは色を失い、逆上する。
「不敬なやつめ。そやつをすぐに斬れ」
「斬られるのはお前だ、たわけ」
威厳のある年老いた男の声が空気を切り裂き、その場を支配した。
ド・プロットは背後から聞こえたその声に聞き覚えがあるらしく、その顔色は血の気を失い、土気色になっていた。
「き、貴様は、デルベルク。なぜ、貴様が……なぜ、生きておるのだ!?」
「冥府から、舞い戻ったのよ。貴様のような悪を野放しには出来んからな」
「な、なんだと! ええい、オルロープ! 衛兵! 何をしておる。こやつらを早く斬らんか!」
しかし、オルロープは見る者を凍りつかせるような視線をド・プロットに向けると静かに言い放った。
「帝の詔である。逆賊ド・プロットを討て!」
「御意」
武装した兵に周囲を取り囲まれ、ド・プロットはただ、喚き散らすことしか、出来ない。
その姿は滑稽を通り越して、むしろ哀れなほどであった。
「な、な、そんな馬鹿な。このわしをたばかりおって」
「時代遅れの老兵は消えるべきなのだ、貴様もわしもな!」
ゲレオーア・フォン・デルベルクが手にしていた手槍に渾身の力を込め、投擲するとそれは狙いを違わず、ド・プロットの胸板を貫き、大地にその体を縫い付けた。
「こ、このわしがこんなとこ……」
混乱した皇宮に乗り込み、幼い皇帝を意のままに操り、権勢を欲しいままにした一代の暴君ダニエリック・ド・プロットの最期は意外にも呆気ないものであった。
その首と身体は晒されることになる。
でっぷりと太りかえった身体から、溶け出た脂肪が流れ出るほどだったので臍に芯を付け、火を灯したところ、数日間、燃え続けたという。
ド・プロットの親族も捕らえられたが、明らかに非道な行いをした者以外は身分を剥奪されるだけで許された。
この意外なほどに寛大な仕置きとなった理由は、多大な功労があった若者の直言があったからだと言われているが定かではない。
「ゲレオーアよ、お前が汚名を被る必要あったのか?」
キアフレードは目前で悠然と茶を飲む旧き友を射抜くような鋭い視線を送るが、送られた当人は全く、気にしていない。
「キア。わしはな、前途ある若者にそんな役目をさせたくなかったのだよ。いくら悪逆非道な輩で帝の詔があるとはいえ、謗られるだろうからな」
「全く、お前ってやつは。気を回しすぎで疲れんのか?」
「何、大仕事は終わったんだ。老兵はもう何もせんよ。隠居して、ゆっくりと過ごすさ」
「ほぉ、優雅でいいことだ。なあ、オルロープ?」
「全くですな。これから忙しくなりますな」
それまでどんよりと空を覆っていた黒雲が姿を消し、太陽が顔を覗かせ、青空がどこまでも広がっていた。
朝議の席で百官をまとめるイグナーツ・オルロープ内務卿から、皇帝ゲッツが今回のモドレドゥス・ド・バルザックの挙兵による心労で己の力の無さを痛感し、帝位を宰相ダニエリック・ド・プロットに禅譲することを決意した――そう告げられたド・プロットは小躍りして、その喜びを噛み締めていた。
ゆくゆくは脅して、帝位を奪おうと決めていたものがこうも早く、自分の手に転がり落ちてくるとは思っていなかったからだ。
「陛下は宮中にて、宰相閣下をお待ちになっておられます」
普段であれば、警戒心の強いド・プロットは満面の笑みを浮かべ、そう述べるオルロープに疑いの目を向けたに違いない。
だが、オルロープとキアフレードによって、練られた謀は蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
疑われないような状況を作り出すことに成功していたのだ。
護衛の兵士を引き連れ、宮中へと参内したド・プロットだったが、その門前で首を垂れ、恭順の意を示すストハネス・コッヒェンに出鼻を挫かれる。
コッヒェンは若くして、文武の才ありと評され、各地の賊討伐でも期待に副う功績を上げた帝国きっての名将の一人である。
そして、ド・プロットと犬猿の仲であることも良く知られていた。
かつて権力を握ったばかりのド・プロットが冤罪を着せ、投獄し、殺害しようとした話は有名である。
そのコッヒェンが自分に頭を下げているのだ。
こんなに愉快なことはない。
ド・プロットは帝位に就き、万民が自分に頭を下げる世界を想像して、ほくそ笑んだ。
「宰相閣下、宮中では帯剣は許されておりません。如何な閣下でありましょうともこれは古来より定められました……」
「分かっておるわ。よい。それくらいどうということない」
門番の兵士に自らの剣を渡すド・プロットの顔に浮かぶ表情はいつものような猜疑心に満ちたものではなく、望むものにもう手が届いた者が見せる満ち足りたものだった。
『護衛の方々もここまでになります』と止められ、剣も持たず、護衛も付かないまま、宮中へと向かうド・プロットの前にオルロープが百官を率いて、現れた。
オルロープの隣に見慣れぬ少年の姿があるのを見咎めたド・プロットの顔に初めて、不信感が浮かんだ。
「オルロープ殿。その者は何者だ?」
「俺か? 俺が気になるか、逆賊さんよ」
逆賊という言葉にド・プロットは色を失い、逆上する。
「不敬なやつめ。そやつをすぐに斬れ」
「斬られるのはお前だ、たわけ」
威厳のある年老いた男の声が空気を切り裂き、その場を支配した。
ド・プロットは背後から聞こえたその声に聞き覚えがあるらしく、その顔色は血の気を失い、土気色になっていた。
「き、貴様は、デルベルク。なぜ、貴様が……なぜ、生きておるのだ!?」
「冥府から、舞い戻ったのよ。貴様のような悪を野放しには出来んからな」
「な、なんだと! ええい、オルロープ! 衛兵! 何をしておる。こやつらを早く斬らんか!」
しかし、オルロープは見る者を凍りつかせるような視線をド・プロットに向けると静かに言い放った。
「帝の詔である。逆賊ド・プロットを討て!」
「御意」
武装した兵に周囲を取り囲まれ、ド・プロットはただ、喚き散らすことしか、出来ない。
その姿は滑稽を通り越して、むしろ哀れなほどであった。
「な、な、そんな馬鹿な。このわしをたばかりおって」
「時代遅れの老兵は消えるべきなのだ、貴様もわしもな!」
ゲレオーア・フォン・デルベルクが手にしていた手槍に渾身の力を込め、投擲するとそれは狙いを違わず、ド・プロットの胸板を貫き、大地にその体を縫い付けた。
「こ、このわしがこんなとこ……」
混乱した皇宮に乗り込み、幼い皇帝を意のままに操り、権勢を欲しいままにした一代の暴君ダニエリック・ド・プロットの最期は意外にも呆気ないものであった。
その首と身体は晒されることになる。
でっぷりと太りかえった身体から、溶け出た脂肪が流れ出るほどだったので臍に芯を付け、火を灯したところ、数日間、燃え続けたという。
ド・プロットの親族も捕らえられたが、明らかに非道な行いをした者以外は身分を剥奪されるだけで許された。
この意外なほどに寛大な仕置きとなった理由は、多大な功労があった若者の直言があったからだと言われているが定かではない。
「ゲレオーアよ、お前が汚名を被る必要あったのか?」
キアフレードは目前で悠然と茶を飲む旧き友を射抜くような鋭い視線を送るが、送られた当人は全く、気にしていない。
「キア。わしはな、前途ある若者にそんな役目をさせたくなかったのだよ。いくら悪逆非道な輩で帝の詔があるとはいえ、謗られるだろうからな」
「全く、お前ってやつは。気を回しすぎで疲れんのか?」
「何、大仕事は終わったんだ。老兵はもう何もせんよ。隠居して、ゆっくりと過ごすさ」
「ほぉ、優雅でいいことだ。なあ、オルロープ?」
「全くですな。これから忙しくなりますな」
それまでどんよりと空を覆っていた黒雲が姿を消し、太陽が顔を覗かせ、青空がどこまでも広がっていた。
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