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閑話 諸侯連合は恩讐の彼方に
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悪宰相ド・プロットにより、遷都が決行され、振り上げた拳のやりどころに困った諸侯連合は果たして、どうなったのだろうか?
皇女ゾフィーア
足並みが揃わず、廃墟と化した旧都グランツトロンで足踏み状態となった諸侯連合を見限り、砦から撤退したド・プロット軍を追撃に出たゾフィーアだったが、表向きには伏兵による大打撃を受け、敗走したと思われていた。
実際、それは遠からず当たっている。
だが、受けた被害より、新たな力となる者との出会いに彼女は希望の光を見出していた。
本拠地であるオステン・ヘルツシュテレに帰還したゾフィーアはまず、軍の再編を行った。
信頼する従兄であるジークマー、コンラウス兄弟。
同じく、従兄であるトビアス・カペルマン、エルマー兄弟ら四名を再編した四軍の将に任命したのだ。
また、新たに登用したテオ・リーツとシュテファン・ガイガーという人材が俊才であったことも大きい。
学問好きで魔法の才にも長けたテオ。
小柄な体格ながらも他を圧倒する高い瞬発力という優れた身体能力を有するシュテファン。
この二人をおのが配下と出来たことに満足するゾフィーアだったが、それでもまだ、足りない何かを感じ、苛立っていた。
「智だ。智が足りぬのだ」
四人の従弟や新たに配下に加わった者たちは武の才が高く、戦場で頼りになる男たちであることは確かだ。
しかし、それだけでは足りないとゾフィーアは感じていた。
私に大きな視野を授けてくれる方はおらぬものか、と嘆息するゾフィーアの声を天が聞き届けたのだろうか。
寝室でまどろんでいたゾフィーアに入った急報は彼女の目を覚ますのに十分すぎるものだった。
「何? なぜ、それを早く、私に知らせなかったのだ。すぐにお会いする」
苛立ち、爪を噛むゾフィーアだが、部下に八つ当たりすることも出来ない。
寝室にいる時、無暗に起こすなと言明しているのが、他ならぬ自分だったからだ。
「イングリット様。お待たせして、申し訳ございません」
着の身着のまま、寝衣に軽く、上着を羽織って慌てて出てきたことがすぐ分かる姿のゾフィーアを見て、そのエルフは薄っすらと微笑みを浮かべた。
堕ちた英雄ベーオウルフ
謎の黒い甲冑の男により、戦場をかき乱された挙句、三弟が利き腕である右腕に致命的な怪我を負ったベーオウルフはまるで魂でも抜け落ちたかのように酷い有様で本拠地ヘルボンに戻っていた。
希望を胸に参加した諸侯連合は思わぬ形で解散し、何より現実というものを直視してしまい、怖くなったのだ。
そんな兄でも見捨てず、常に寄り添うように立っているのは次弟であるユーリウスのみだ。
三弟のフェリックの姿はない。
フェリックは利き腕が紫色に変色し、使い物にならなくなったことを知ると絶望のあまり、姿を消したのだ。
そんな弟を心配し、必死に探すユーリウスとは対照的にベーオウルフは無関心だった。
「戦えないあいつにもう価値はないよ……」
そして、僕ももう価値がないんだ、と心の中で泣くベーオウルフの心のうちを知る者はいない。
「じゃじゃーん。そんな君に朗報だよ?」
「あ、あなたは神さま!?」
ベーオウルフは何の前触れも無しに現れた白装束の少年に恐れ慄き、逃げることも叶わず、ただ、震えるだけだ。
少年はゆっくりと足音も無く近づいてくると、ベーオウルフの手に真っ赤な液体が入った薬瓶を二つ握らせた。
「それを飲めば、君はもう何も恐れるものがなくなるんだ。誰にも邪魔されない。君の思うがままだよ。どうだい? 飲みたいだろ」
それは悪魔の囁き。
どこまでも甘く、心を惑わせる悪魔の囁きだ。
「もう一本は君の弟にあげるんだ。それを飲ませれば、治るんだよ。そうすれば、何も問題はないよ。君の思う通りだ」
薬瓶の蓋を開けようとするベーオウルフを見る少年の顔には醜く、歪な笑みが浮かんでいるが、悪魔の甘言に乗った彼がそれに気づくことはなかった。
公爵シモン・エリアス
グランツトロンに入ったシモンだが、廃墟と化した都の姿に心を痛めるとともに財宝を始めとする金品を奪い去っていったド・プロットに対する激しい怒りを感じずにはいられなかった。
シモンという男、貴族主義の象徴とされるだけあって、プライドは山のように高く、決断力は絶望的に無い。
だが、その一方で弱きものが虐げられていれば、手を差し伸ばすノブレス・オブリージュの精神にも富んでいるのだ。
惨状に心を痛め、自軍の糧食を家を失った民に分け与えたシモンだったが、それだけで解決する問題でないのは明らかだった。
追撃に出たゾフィーアが返り討ちに遭い、敗走したという報せが入るとともにそれまで辛うじて、保たれていた諸侯連合の絆が完全に断ち切られたのだ。
猛将として知られるケネシュ・ソリアノが本拠地に帰ると言い出したのを皮切りに崩壊は止まらなかった。
シモンの『民を助けるべきではないのか』という真摯な訴えを聞く者など誰一人いない。
本拠地へと帰還したシモンは何も出来なかった自分に意気消沈し、屋敷に籠ってしまう。
最愛の妹であるシュゼットが訪ねてきても部屋から出ないシモンだったが、軍使による急報に怒髪天を衝く勢いで部屋を飛び出した。
『白蛇将軍動く』
白蛇将軍とはシモンと同じく、北東に領地を有する伯爵サロモン・コベールのことである。
白蛇の由来は彼が帝国でも珍しい、白蛇の獣人だからに他ならない。
人と同じく、二本の足で直立するその頭部は人と大きく異なり、大きくなった蛇そのものなのだ。
本来であれば、獣人である彼が爵位を有し、諸侯連合に名を連ねることもないのだが類稀な軍才と獣人であることが大きく、作用していた。
差別階級にある獣人がサロモンを支持し、その力となったからだ。
「おのれ、サロモンめ。帝国が乱れているこの時に兵を動かすとは許せん。ガブリエルソンとブロームをすぐに招集したまえ。サロモンに正義の鉄槌を下すのだ!」
伯爵ソリアノ家
瓦解した諸侯連合と運命を共にするべきではないと判断したケネシュ・ソリアノは真っ先に脱退を表明し、本拠地への撤退を急いでいた。
ソリアノ家の本拠地は大陸の南東にある。
温暖な気候と少々、喧嘩っ早いものの闊達で明るい人柄で知られる民。
辺境の地と呼ばれながらもそれらの宝に恵まれたことを誇りとし、良き領主たらんと生きてきたケネシュ。
諸侯連合に加わったのも政治が乱れれば、辺境の地に少なからぬ影響が出るのは否めない為、少ない手勢を率い、上京したのだ。
その結果が互いの足を引っ張り、何の益もない不毛な戦いの連続である。
これ以上、この地に留まる必要はあるまいと判断したケネシュは全軍をまとめ、引き上げることにした。
盟主であるシモン・エリアスはプライドが高い彼にしては珍しく、自らケネシュを引き留めようとしたのだが、決心を覆すには至らなかったのだ。
故郷であり、愛すべき地である領地まで残り百キロメートルの地点に近づいたソリアノ軍だったがそこで事件が起こる。
かねてより、諍いの絶えなかった侯爵家の伏兵による急襲を受けたのだ。
領地をソリアノ家と接する侯爵ヒエロニムスは皇族に連なる皇室の一員だが諸侯連合に加入せず、領地に引き籠っていた。
理由はただ一つ。
自分に恥をかかせたケネシュに痛い目を見せる、それだけである。
その絶好の機会が訪れたのだ。
雨のように降り注ぐ矢の前に斃れていくソリアノ軍の兵。
そして、最悪なことに当主であるケネシュもまた、流れ矢により、致命傷を受けていた。
「泣くな、サウルよ。これより、お前がソリアノ家の当主だ。お前なら……俺よりきっと……」
「ちちうえー!」
この時、まだ十五になったばかりであったケネシュの嫡男サウル・ソレアノは少年とは思えないほどにしっかりした指揮を見せ、散り散りになった敗軍をまとめ、領地へと帰還するのだった。
皇女ゾフィーア
足並みが揃わず、廃墟と化した旧都グランツトロンで足踏み状態となった諸侯連合を見限り、砦から撤退したド・プロット軍を追撃に出たゾフィーアだったが、表向きには伏兵による大打撃を受け、敗走したと思われていた。
実際、それは遠からず当たっている。
だが、受けた被害より、新たな力となる者との出会いに彼女は希望の光を見出していた。
本拠地であるオステン・ヘルツシュテレに帰還したゾフィーアはまず、軍の再編を行った。
信頼する従兄であるジークマー、コンラウス兄弟。
同じく、従兄であるトビアス・カペルマン、エルマー兄弟ら四名を再編した四軍の将に任命したのだ。
また、新たに登用したテオ・リーツとシュテファン・ガイガーという人材が俊才であったことも大きい。
学問好きで魔法の才にも長けたテオ。
小柄な体格ながらも他を圧倒する高い瞬発力という優れた身体能力を有するシュテファン。
この二人をおのが配下と出来たことに満足するゾフィーアだったが、それでもまだ、足りない何かを感じ、苛立っていた。
「智だ。智が足りぬのだ」
四人の従弟や新たに配下に加わった者たちは武の才が高く、戦場で頼りになる男たちであることは確かだ。
しかし、それだけでは足りないとゾフィーアは感じていた。
私に大きな視野を授けてくれる方はおらぬものか、と嘆息するゾフィーアの声を天が聞き届けたのだろうか。
寝室でまどろんでいたゾフィーアに入った急報は彼女の目を覚ますのに十分すぎるものだった。
「何? なぜ、それを早く、私に知らせなかったのだ。すぐにお会いする」
苛立ち、爪を噛むゾフィーアだが、部下に八つ当たりすることも出来ない。
寝室にいる時、無暗に起こすなと言明しているのが、他ならぬ自分だったからだ。
「イングリット様。お待たせして、申し訳ございません」
着の身着のまま、寝衣に軽く、上着を羽織って慌てて出てきたことがすぐ分かる姿のゾフィーアを見て、そのエルフは薄っすらと微笑みを浮かべた。
堕ちた英雄ベーオウルフ
謎の黒い甲冑の男により、戦場をかき乱された挙句、三弟が利き腕である右腕に致命的な怪我を負ったベーオウルフはまるで魂でも抜け落ちたかのように酷い有様で本拠地ヘルボンに戻っていた。
希望を胸に参加した諸侯連合は思わぬ形で解散し、何より現実というものを直視してしまい、怖くなったのだ。
そんな兄でも見捨てず、常に寄り添うように立っているのは次弟であるユーリウスのみだ。
三弟のフェリックの姿はない。
フェリックは利き腕が紫色に変色し、使い物にならなくなったことを知ると絶望のあまり、姿を消したのだ。
そんな弟を心配し、必死に探すユーリウスとは対照的にベーオウルフは無関心だった。
「戦えないあいつにもう価値はないよ……」
そして、僕ももう価値がないんだ、と心の中で泣くベーオウルフの心のうちを知る者はいない。
「じゃじゃーん。そんな君に朗報だよ?」
「あ、あなたは神さま!?」
ベーオウルフは何の前触れも無しに現れた白装束の少年に恐れ慄き、逃げることも叶わず、ただ、震えるだけだ。
少年はゆっくりと足音も無く近づいてくると、ベーオウルフの手に真っ赤な液体が入った薬瓶を二つ握らせた。
「それを飲めば、君はもう何も恐れるものがなくなるんだ。誰にも邪魔されない。君の思うがままだよ。どうだい? 飲みたいだろ」
それは悪魔の囁き。
どこまでも甘く、心を惑わせる悪魔の囁きだ。
「もう一本は君の弟にあげるんだ。それを飲ませれば、治るんだよ。そうすれば、何も問題はないよ。君の思う通りだ」
薬瓶の蓋を開けようとするベーオウルフを見る少年の顔には醜く、歪な笑みが浮かんでいるが、悪魔の甘言に乗った彼がそれに気づくことはなかった。
公爵シモン・エリアス
グランツトロンに入ったシモンだが、廃墟と化した都の姿に心を痛めるとともに財宝を始めとする金品を奪い去っていったド・プロットに対する激しい怒りを感じずにはいられなかった。
シモンという男、貴族主義の象徴とされるだけあって、プライドは山のように高く、決断力は絶望的に無い。
だが、その一方で弱きものが虐げられていれば、手を差し伸ばすノブレス・オブリージュの精神にも富んでいるのだ。
惨状に心を痛め、自軍の糧食を家を失った民に分け与えたシモンだったが、それだけで解決する問題でないのは明らかだった。
追撃に出たゾフィーアが返り討ちに遭い、敗走したという報せが入るとともにそれまで辛うじて、保たれていた諸侯連合の絆が完全に断ち切られたのだ。
猛将として知られるケネシュ・ソリアノが本拠地に帰ると言い出したのを皮切りに崩壊は止まらなかった。
シモンの『民を助けるべきではないのか』という真摯な訴えを聞く者など誰一人いない。
本拠地へと帰還したシモンは何も出来なかった自分に意気消沈し、屋敷に籠ってしまう。
最愛の妹であるシュゼットが訪ねてきても部屋から出ないシモンだったが、軍使による急報に怒髪天を衝く勢いで部屋を飛び出した。
『白蛇将軍動く』
白蛇将軍とはシモンと同じく、北東に領地を有する伯爵サロモン・コベールのことである。
白蛇の由来は彼が帝国でも珍しい、白蛇の獣人だからに他ならない。
人と同じく、二本の足で直立するその頭部は人と大きく異なり、大きくなった蛇そのものなのだ。
本来であれば、獣人である彼が爵位を有し、諸侯連合に名を連ねることもないのだが類稀な軍才と獣人であることが大きく、作用していた。
差別階級にある獣人がサロモンを支持し、その力となったからだ。
「おのれ、サロモンめ。帝国が乱れているこの時に兵を動かすとは許せん。ガブリエルソンとブロームをすぐに招集したまえ。サロモンに正義の鉄槌を下すのだ!」
伯爵ソリアノ家
瓦解した諸侯連合と運命を共にするべきではないと判断したケネシュ・ソリアノは真っ先に脱退を表明し、本拠地への撤退を急いでいた。
ソリアノ家の本拠地は大陸の南東にある。
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辺境の地と呼ばれながらもそれらの宝に恵まれたことを誇りとし、良き領主たらんと生きてきたケネシュ。
諸侯連合に加わったのも政治が乱れれば、辺境の地に少なからぬ影響が出るのは否めない為、少ない手勢を率い、上京したのだ。
その結果が互いの足を引っ張り、何の益もない不毛な戦いの連続である。
これ以上、この地に留まる必要はあるまいと判断したケネシュは全軍をまとめ、引き上げることにした。
盟主であるシモン・エリアスはプライドが高い彼にしては珍しく、自らケネシュを引き留めようとしたのだが、決心を覆すには至らなかったのだ。
故郷であり、愛すべき地である領地まで残り百キロメートルの地点に近づいたソリアノ軍だったがそこで事件が起こる。
かねてより、諍いの絶えなかった侯爵家の伏兵による急襲を受けたのだ。
領地をソリアノ家と接する侯爵ヒエロニムスは皇族に連なる皇室の一員だが諸侯連合に加入せず、領地に引き籠っていた。
理由はただ一つ。
自分に恥をかかせたケネシュに痛い目を見せる、それだけである。
その絶好の機会が訪れたのだ。
雨のように降り注ぐ矢の前に斃れていくソリアノ軍の兵。
そして、最悪なことに当主であるケネシュもまた、流れ矢により、致命傷を受けていた。
「泣くな、サウルよ。これより、お前がソリアノ家の当主だ。お前なら……俺よりきっと……」
「ちちうえー!」
この時、まだ十五になったばかりであったケネシュの嫡男サウル・ソレアノは少年とは思えないほどにしっかりした指揮を見せ、散り散りになった敗軍をまとめ、領地へと帰還するのだった。
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