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閑話 仁義の英雄は闇に惑う

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「見つけた。君のようにどす黒い魂は中々にいないんだ。実に興味深いよ……そして、愛しいよ、君」

 銀色の髪を風になびかせた少年が路面に横たわる血塗れの少年を見下ろしていた。
 銀髪の少年の両目は黒い布で目隠しされるように覆われている。
 正確には見下ろしているように見える姿勢を取っているだけに過ぎない。
 白いローブのような装束に身を包んでおり、その髪の色といい、風貌といい目立ちそうなものの誰も気に留めている者はいないようだ。

「ねえ、君。僕は君にチャンスを上げようと思うんだ。どうかな? このままだと君はこのまま、命を失うだけだよ? どうする?」

 血塗れの少年は今にも息絶えそうな土気色の顔で静かに頷いた。
 銀髪の少年がいびつな微笑みを浮かべていたことに気づく者は誰もいない。



 目覚めて、すぐに気付いた。
 神様が可哀想な僕にチャンスを与えてくれたに違いない。

 あの時、聞こえた声はやっぱり、神様で間違いなかったんだ。

「僕は主人公だ。間違いない」

 この名前、この顔。
 僕が好きだったゲームの主人公だ。
 間違えるはずがない。

 僕はいずれ王になる男だ。
 僕自身が優れた力を持っている訳じゃない。
 だけど、僕には頼れる兄弟と仲間が何もしなくても集まってくるんだ。
 これから、始まっていくだろう輝かしい未来を想像すると緩んでくる表情を抑えきれない。

 ところがおかしいんだ。
 僕がやっていたゲームと話が違うじゃないか。
 帝国各地で起きた暴動や反乱を頼りになる二人の弟と力を合わせて、討伐しているまでは良かった。
 普通に生きているだけじゃ、あんなきれいなお姫様……ゾフィちゃんと知り合えなかった。
 勘違いじゃなく、僕に好感を持っているみたいだし、いよいよチャンスが巡って来たと思ったんだが……。

 次弟のユーリウスも三弟のフェリックも一騎当千の勇者だ。
 僕だって、二振りの剣で戦えば、そんじょそこいらの奴に負けない自信があるんだ。
 それなのにおかしいだろ。

「あいつ、一体何なんだ……」

 真っ黒けのバケツみたいなヘルムをかぶった騎兵が味方の陣を縦横無尽に切り裂いていくのを見て、鳥肌が立ってくる。

 あんな化け物をどうしろっていうんだよ。
 だいたい、おかしくないか?
 あんなのが出てくるなんて、ストーリーになかったはずだ。
 この砦の戦いで出てくるのはユウカといういわゆるモブ武将。
 ユーリウスによって、簡単に討ち取られて終わりのはずだろ?!

「僭越ながら、私があの者を討ち取って参りましょう」

 はあ!?
 ユーリウスが何か、言い出したんだがどういうことだってばよ。
 いや、待てよ。
 ユーリウスとフェリックなら、どうにかなるんだろうか?

「貴公、何者だ? どこの諸侯に属している?」

 えっと、この金ぴかの偉そうな人は誰だっけ?
 ああ、シモン・エリアスだったか。
 盟主だったよな、しょうがない。

「私の弟でユーリウスと申します」

 迷ってようやく出た言葉がそれだったけど、無難だから咎められたりはしないだろ。
 それより、ゾフィちゃんがシモンを睨んでる目が怖すぎなんだが。
 あのツンケンした態度がなければ、ゾフィちゃんは僕の嫁にしたいランキング一位なんだけどなあ。

「貴公、確か……義勇軍を率いてきた」

 そうだよ、この金ぴか兄ちゃんは本当、上から目線でムカッとくる奴だな。
 ゾフィちゃんに言われても腹が立たないんだが、こいつに言われるとやばいぞ。
 彼女に罵られると新しい性癖に目覚めてしまいそうだ。

 こいつの従弟だったか、ジャスティン・エリアスもこれに輪をかけたレベルで偉そうなんだよね。
 ああ、むかつく。
 化け物が暴れているし、僕は主人公だってのに下出に出ないといけないなんてさ。

「おお、ベーオウルフ殿だな。貴公の弟であれば、さぞや腕が立つであろうな」

 ゾフィちゃんが僕のことをかばってくれた!?
 もしかして、僕のことを好き……は飛躍しすぎか?
 少なくとも好意は持ってくれてると思うんだ。
 恋愛に進めるかは頑張り次第か。

「ほお? それでその者の身分はいかほどのものなのか?」

 こ、こいつ、イラつかせのプロかな?
 分かってる、ストーリーでもここはじっと我慢しないといけないところだ。

「エリアス公、ユーリウスは百人隊長を務めてお……」
「なんだと? 百人隊長如きであのような大言壮語を吐いたと言うのか? ええい、その者を即刻、この場から、叩きだせ!」

 こいつ! 僕が喋ってるのにかぶせてきやがった!
 あったまくるなあ。
 どうしよう? 反論したら、まずいよな。

「エリアス殿、少し落ち着いてはいかがです? 我らが味方同士で争っても意味がないでしょう。その者、単なる雑兵に見えぬほど立派に見えませぬか?ここはあえて、その者に任せる度量の広さを見せるのもよろしいのではないか? それに……たかが雑兵一人死んだところで我らは痛くも痒くもなかろう」

 迷っているうちにゾフィちゃんが代わりに言ってくれた。
 これは擁護してくれたんだよね?

 少なくとも嫌われてはないと思うんだけどさ。
 言い方が相変わらず、きっついなあ。
 そんなゾフィちゃんに見惚れている間にユーリウスは斧槍ハルバードを構えて、黒バケツへと全速力で駆けて行った。
 気合が入り過ぎていて、逆に大丈夫なのか、あいつと思ってしまう。

 黒バケツとユーリウスの一騎討ちは見ているだけで鳥肌が立って、震えてくるほど凄まじいものだ。
 あんなのに介入出来るとはとても思えない戦いぶりだよ。

 あの黒バケツ、本当に何者なんだ?
 モブじゃないだろ、アレ。
 二人が激突し、互いの武器を打ち合うのは何度目だろう。
 僕はあまりの恐怖に今にも逃げ出してしまいたくなるのを我慢していた。
 フェリックの奴は逆だったらしい。
 こいつは脳まで鍛えちゃった子だった。

「兄者! 助太刀するぜ!!」

 ちょっ待てよ、フェリック。
 それはないだろうと止める暇も与えてくれず、出ていった。

 でも、いい勝負のように見えたから、フェリックが介入すれば、勝てるんじゃないかと考えていた。
 僕の考えは甘かったんだろうか?
 気付いた時には遅かったんだ。

 フェリックは紫色に変色した右腕をかばいながら、大地をのたうち回っていた。
 一体、何が起こったんだ……?

 その時、黒バケツと目が合った気がした。
 その両目は爛々と輝いていて、まるで僕を射竦めてくるみたいだった。
 心臓を掴まれたって、こういうことを言うんだろうか。
 僕は倒れているフェリックの元にも近付けないまま、呆然と立ち尽くしていた。
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